もうこの世には無い場所で、少女とトイレで過ごしたあの日とあの日々の話。

ちょっと、危ないタイトルになってしまった。

だが、この話はハートフルなお話であり、決して危なくない。
だから、安心してお読みください。


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前回、
【もうこの世には無い場所で、少年たちと過ごしたあの日々の話】

https://note.com/yuukikimoto/n/ne049b3b67d27

いう記事を書いた。
今から書くのは、その記事のアナザーストーリーである。



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今から15年ほど前、わたしは近所にある1階がパチンコ屋さんの映画館でアルバイトをしていた。


夜になると「パチンコ」と光るネオンが、いつも「パ」だけ消えていて、卑猥な言葉になったまま、ピカピカ光らせているところだった。


その映画館には、パチンコ屋に通う親の子供がよく遊びにきていた。


いや、遊ぶ、という可愛い感じではなく
「俺たちはこの界隈の荒くれ者だぜ!」と言わんばかりの小学生の少年たちの溜まり場でもあった。
わたしは彼らを心の中で、(ゲンコツしたくなる程のやんちゃボーイ、略してゲンコツボーイ)と呼んでいた。

ゲンコツボーイたちの親玉、坊主だったから「坊主ボーイ」の後ろには、いつも女の子が1人一緒にいた。


見るからに小さく、おそらく幼稚園生くらいだろう。
坊主ボーイの妹である少女は、男の子たちに混ざっているからか、
男勝りで、生意気で、
それでいていつも、ピンクの洋服を着ていた。


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ある日のこと。
その少女は、1人で映画館へとやってきた。

「あれ?1人?」
と聞くと、生意気な顔で
「そうだけど。」
と、ぶっきらぼうに言い放つ。


聞くと少女は5歳だと言う。そんな小さな子が1人で、映画を観に来たというのだ。


「1人で大丈夫?」
と聞いても、
「当たり前じゃん、何言ってんの?」
と、なんとまあ生意気な態度。


「今から映画みるんだ!あー楽しみっ!!!」
急に大きな声でそう言うと、背筋をしゃんと伸ばし、チケットをもぎってもらいスクリーン2に入っていった。


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30分くらいたっただろうか。


スクリーン2の扉がゆっくりとあいた。


小さな体、小さな歩幅で、ヒヨコのようにゆっくりとこちらへ向かって少女は歩いてきた。


「どうしたの?」
とわたしが聞くと、
少女は突然、わっと泣き出した。

⭐︎


わたしが5歳の頃、1人で映画に行けただろうか?


大きなスクリーン。大きな音。そして、知ってる人が誰もいない、広く真っ暗な部屋。
そんな場所に、5歳という年齢でたった1人で入っていった少女。
なんだか胸が痛んだ。


そんな事を思いながら背中をさすってあげていると、ポツリ、と少女がつぶやいた。


「おしっこ、もれた。」


おしっこね、うんうん。


もれた、そっか、もれた、、、


・・・もれた?


もれた!?!?
だと!?!?





実はわたしは小学生の頃、学校の帰り道におもらしをしたことがある。
この世の終わりかと思う程に、恥ずかしかった。
恥ずかしいというか、絶望。


そう、地獄先生ぬ〜べ〜が流行っていたあの時、地獄が1番嫌だと思っていたけど、今この状態よりも、地獄の方がマシだと思ったあの時。


あの時は絶対に、ぜっっっっっったいに誰にも知られたくなくて、これは一生の秘密にしようと思っていたのに


34歳になったわたしは、不特定多数の人が見るであろうこの場所に晒している。

あの頃のわたしへ
大丈夫。34歳にもなれば、おもらしなんて大した事ないよ。そして地獄の方がよっぽど恐ろしいけど1番恐ろしいのは、人間。
今現在のわたしより




どうでもいい話を挟んでしまったが、
要するにこの子もめちゃくちゃ恥ずかしいのではないか!?と察し、


「お姉ちゃん、おトイレ行きたいんだけど一緒にいく?」
と聞いてみた。


小さな少女は、
「え、じゃあ行こうかな。」
と生意気な顔で言った。




女の子特有の、一緒にトイレに行くやつ、だ。


⭐︎


こんな小さい子と触れ合うことがあまりなかったわたしは、戸惑いながらも2人で1つの個室に入った。



「・・・わたしもさー、昔やっちゃってさー、これ最悪だよねー・・・」
と伺うように話しかけてみた。


すると少女は、俯いていた顔をぱっと上げ
「うん、そうだよねー、最悪!」
と、ニカっと笑った。


「これ脱いじゃう?スカート濡れてないからさ、パンツだけ、洗っちゃおうよ!」
「そうだねー!それがいいかもね!」

ちょっとだけ上から目線な彼女は、またニカっと笑った。


それから2人でパンツを洗い、わたしのロッカーにこっそりと干した。


⭐︎



その日を境目に、
わたしと彼女の距離はグッと縮まった。


週に4、5日ほど、遅い時は夜11時くらいまで、ただただ映画館にいる彼女と、
ほぼ毎日アルバイトをしているわたし。


日に日にわたしの真似をしだす彼女が、とても可愛くて、わたしはアルバイトに行くのが楽しみになった。

彼女はいつの日からか、
暴れまわっているげんこつボーイたちを
「男子ってほんと子供よねえ〜」と言わんばかりに冷ややかに見つめてみたり

わたしと彼らが定期的に行っていた
こらーーーっ!!!と、サザエさんとカツオ状態で追いかけ回すという戦いに、こちら側にて参戦していた。



アルバイトが終わってからも、わたし等は一緒に時間を過ごした。


ある日は、折り紙をして、
謎の生き物や、わたしの知らないキャラクターを教えてもらった。
下手だなあ、と言われるけど、彼女だって下手だったから、2人で笑った。

ある日は、ガチャガチャで出てくるロッキーチョコ(石の形のチョコレート)を一つずつ名前をつけながら食べた。
彼女は、名前をつけたら可愛いと言ってたわりに、食べる時は容赦なかった。


ある日は、お絵かきをした。
絶対わたしの方が上手いのに、何故かわたしが彼女に教えてもらう役をやらされた。


来る日も来る日も、飽きずに2人で遊んて、
そしてたくさん、笑った。







わたしは1つ、決めていたことがあった。


19歳になってお金が貯まったら、
東京に行く。夢を叶えるために。


通帳の残高は、目標金額を達成していた。
携帯電話も解約して、誰にも知らせず、すべてを捨てる覚悟で、東京に出ていくことにした。


たった1人を除いて。


⭐︎


映画館には、長くて赤いベルベットの絨毯が敷いてある階段があった。


わたしと彼女は、よくその階段を2人で掃除した。
わたしが箒で彼女がちりとりのときがあれば、掃除機をわたしがかけ、コードさばきを彼女がやってくれた。


閉店間際はその階段に座り、恋バナをした。


あまりにもいう事を聞かなくて、喧嘩したこともあった。





その長い階段で、
わたし達は、最後の会話をした。


⭐︎


「わたしさ、夢があって。女優になりたいんだ。女優って知ってる?」
「知ってるよ、テレビに出てる人でしょ」
「そうそう、映画にも出てるよ」
「ああ!あれね!ポスターとかもあるよね」
「そう、ああゆう、ポスターとかでたり、映画に出たり、テレビにでたりしたいんだ」
「へーそうなんだ!わたしも、プリキュアになりたいなー」
「いーじゃん!ピンク?」
「ピンクとかじゃないんだよー!知らないの?」
「ごめんごめん、あんま知らなくて!」
「それで?何か言いたいことあるんでしょ。」
「うん。それでね、わたし、東京に行く」
「....東京って知らないけど、多分遠い?」
「うん、少しね」
「名古屋駅より遠い?」
「そうだね」
「ナガシマスパーランドより?」
「そうだね」
「....そっか。わかった。」

泣くかな?と思ってたけど、彼女はとても冷静に話を聞き、冷静に理解した。

わたしは、
わたしが、
涙が止まらなくなってしまった。


今でもあのときの感情を言葉にするのは難しい。
ただ、ただ、泣けてきた。


すると、彼女も涙を目にいっぱいに溜めて、

「泣いちゃダメだよ!チャレンジするんでしょ?」
「わたしも、小学生になるから、1年生になるから、1年生が何かよくわかってないんだけど!」
「わたしもチャレンジするから。」
「だから、東京、がんばれ!」



生意気な彼女は、ちょっとだけ上から目線でそう言った。
2人して、泣きながら笑った。
足下に伸びる階段が、とても、とても長く感じた。








それ以来、彼女には会っていない。
連絡先も交換しなかったし、名前も忘れてしまった。


彼女は今、20歳くらいか。
何をしていて、どんな女の子になったのだろう。
いつか、また、どこかで出会えたら、わたしのことを覚えているだろうか。


あの映画館も、長い階段も、もうなくなってしまったけど、あの時の約束を

わたしは、今も、追いかけている。








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