もうこの世には無い場所で、少女とトイレで過ごしたあの日とあの日々の話。
ちょっと、危ないタイトルになってしまった。
だが、この話はハートフルなお話であり、決して危なくない。
だから、安心してお読みください。
⭐︎
前回、
【もうこの世には無い場所で、少年たちと過ごしたあの日々の話】
https://note.com/yuukikimoto/n/ne049b3b67d27
いう記事を書いた。
今から書くのは、その記事のアナザーストーリーである。
⭐︎
今から15年ほど前、わたしは近所にある1階がパチンコ屋さんの映画館でアルバイトをしていた。
夜になると「パチンコ」と光るネオンが、いつも「パ」だけ消えていて、卑猥な言葉になったまま、ピカピカ光らせているところだった。
その映画館には、パチンコ屋に通う親の子供がよく遊びにきていた。
いや、遊ぶ、という可愛い感じではなく
「俺たちはこの界隈の荒くれ者だぜ!」と言わんばかりの小学生の少年たちの溜まり場でもあった。
わたしは彼らを心の中で、(ゲンコツしたくなる程のやんちゃボーイ、略してゲンコツボーイ)と呼んでいた。
ゲンコツボーイたちの親玉、坊主だったから「坊主ボーイ」の後ろには、いつも女の子が1人一緒にいた。
見るからに小さく、おそらく幼稚園生くらいだろう。
坊主ボーイの妹である少女は、男の子たちに混ざっているからか、
男勝りで、生意気で、
それでいていつも、ピンクの洋服を着ていた。
⭐︎
ある日のこと。
その少女は、1人で映画館へとやってきた。
「あれ?1人?」
と聞くと、生意気な顔で
「そうだけど。」
と、ぶっきらぼうに言い放つ。
聞くと少女は5歳だと言う。そんな小さな子が1人で、映画を観に来たというのだ。
「1人で大丈夫?」
と聞いても、
「当たり前じゃん、何言ってんの?」
と、なんとまあ生意気な態度。
「今から映画みるんだ!あー楽しみっ!!!」
急に大きな声でそう言うと、背筋をしゃんと伸ばし、チケットをもぎってもらいスクリーン2に入っていった。
⭐︎
30分くらいたっただろうか。
スクリーン2の扉がゆっくりとあいた。
小さな体、小さな歩幅で、ヒヨコのようにゆっくりとこちらへ向かって少女は歩いてきた。
「どうしたの?」
とわたしが聞くと、
少女は突然、わっと泣き出した。
⭐︎
わたしが5歳の頃、1人で映画に行けただろうか?
大きなスクリーン。大きな音。そして、知ってる人が誰もいない、広く真っ暗な部屋。
そんな場所に、5歳という年齢でたった1人で入っていった少女。
なんだか胸が痛んだ。
そんな事を思いながら背中をさすってあげていると、ポツリ、と少女がつぶやいた。
「おしっこ、もれた。」
おしっこね、うんうん。
もれた、そっか、もれた、、、
・・・もれた?
もれた!?!?
だと!?!?
☆
実はわたしは小学生の頃、学校の帰り道におもらしをしたことがある。
この世の終わりかと思う程に、恥ずかしかった。
恥ずかしいというか、絶望。
そう、地獄先生ぬ〜べ〜が流行っていたあの時、地獄が1番嫌だと思っていたけど、今この状態よりも、地獄の方がマシだと思ったあの時。
あの時は絶対に、ぜっっっっっったいに誰にも知られたくなくて、これは一生の秘密にしようと思っていたのに
34歳になったわたしは、不特定多数の人が見るであろうこの場所に晒している。
あの頃のわたしへ
大丈夫。34歳にもなれば、おもらしなんて大した事ないよ。そして地獄の方がよっぽど恐ろしいけど1番恐ろしいのは、人間。
今現在のわたしより
☆
どうでもいい話を挟んでしまったが、
要するにこの子もめちゃくちゃ恥ずかしいのではないか!?と察し、
「お姉ちゃん、おトイレ行きたいんだけど一緒にいく?」
と聞いてみた。
小さな少女は、
「え、じゃあ行こうかな。」
と生意気な顔で言った。
女の子特有の、一緒にトイレに行くやつ、だ。
⭐︎
こんな小さい子と触れ合うことがあまりなかったわたしは、戸惑いながらも2人で1つの個室に入った。
「・・・わたしもさー、昔やっちゃってさー、これ最悪だよねー・・・」
と伺うように話しかけてみた。
すると少女は、俯いていた顔をぱっと上げ
「うん、そうだよねー、最悪!」
と、ニカっと笑った。
「これ脱いじゃう?スカート濡れてないからさ、パンツだけ、洗っちゃおうよ!」
「そうだねー!それがいいかもね!」
ちょっとだけ上から目線な彼女は、またニカっと笑った。
それから2人でパンツを洗い、わたしのロッカーにこっそりと干した。
⭐︎
その日を境目に、
わたしと彼女の距離はグッと縮まった。
週に4、5日ほど、遅い時は夜11時くらいまで、ただただ映画館にいる彼女と、
ほぼ毎日アルバイトをしているわたし。
日に日にわたしの真似をしだす彼女が、とても可愛くて、わたしはアルバイトに行くのが楽しみになった。
彼女はいつの日からか、
暴れまわっているげんこつボーイたちを
「男子ってほんと子供よねえ〜」と言わんばかりに冷ややかに見つめてみたり
わたしと彼らが定期的に行っていた
こらーーーっ!!!と、サザエさんとカツオ状態で追いかけ回すという戦いに、こちら側にて参戦していた。
☆
アルバイトが終わってからも、わたし等は一緒に時間を過ごした。
ある日は、折り紙をして、
謎の生き物や、わたしの知らないキャラクターを教えてもらった。
下手だなあ、と言われるけど、彼女だって下手だったから、2人で笑った。
ある日は、ガチャガチャで出てくるロッキーチョコ(石の形のチョコレート)を一つずつ名前をつけながら食べた。
彼女は、名前をつけたら可愛いと言ってたわりに、食べる時は容赦なかった。
ある日は、お絵かきをした。
絶対わたしの方が上手いのに、何故かわたしが彼女に教えてもらう役をやらされた。
来る日も来る日も、飽きずに2人で遊んて、
そしてたくさん、笑った。
☆
☆
☆
わたしは1つ、決めていたことがあった。
19歳になってお金が貯まったら、
東京に行く。夢を叶えるために。
通帳の残高は、目標金額を達成していた。
携帯電話も解約して、誰にも知らせず、すべてを捨てる覚悟で、東京に出ていくことにした。
たった1人を除いて。
⭐︎
映画館には、長くて赤いベルベットの絨毯が敷いてある階段があった。
わたしと彼女は、よくその階段を2人で掃除した。
わたしが箒で彼女がちりとりのときがあれば、掃除機をわたしがかけ、コードさばきを彼女がやってくれた。
閉店間際はその階段に座り、恋バナをした。
あまりにもいう事を聞かなくて、喧嘩したこともあった。
その長い階段で、
わたし達は、最後の会話をした。
⭐︎
「わたしさ、夢があって。女優になりたいんだ。女優って知ってる?」
「知ってるよ、テレビに出てる人でしょ」
「そうそう、映画にも出てるよ」
「ああ!あれね!ポスターとかもあるよね」
「そう、ああゆう、ポスターとかでたり、映画に出たり、テレビにでたりしたいんだ」
「へーそうなんだ!わたしも、プリキュアになりたいなー」
「いーじゃん!ピンク?」
「ピンクとかじゃないんだよー!知らないの?」
「ごめんごめん、あんま知らなくて!」
「それで?何か言いたいことあるんでしょ。」
「うん。それでね、わたし、東京に行く」
「....東京って知らないけど、多分遠い?」
「うん、少しね」
「名古屋駅より遠い?」
「そうだね」
「ナガシマスパーランドより?」
「そうだね」
「....そっか。わかった。」
泣くかな?と思ってたけど、彼女はとても冷静に話を聞き、冷静に理解した。
わたしは、
わたしが、
涙が止まらなくなってしまった。
今でもあのときの感情を言葉にするのは難しい。
ただ、ただ、泣けてきた。
すると、彼女も涙を目にいっぱいに溜めて、
「泣いちゃダメだよ!チャレンジするんでしょ?」
「わたしも、小学生になるから、1年生になるから、1年生が何かよくわかってないんだけど!」
「わたしもチャレンジするから。」
「だから、東京、がんばれ!」
生意気な彼女は、ちょっとだけ上から目線でそう言った。
2人して、泣きながら笑った。
足下に伸びる階段が、とても、とても長く感じた。
☆
☆
☆
それ以来、彼女には会っていない。
連絡先も交換しなかったし、名前も忘れてしまった。
彼女は今、20歳くらいか。
何をしていて、どんな女の子になったのだろう。
いつか、また、どこかで出会えたら、わたしのことを覚えているだろうか。
あの映画館も、長い階段も、もうなくなってしまったけど、あの時の約束を
わたしは、今も、追いかけている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?