結局自分は何が欲しかったのか①

「自分は、何が欲しくて、どう成りたかったのだろう。」

大学に入学した4年前の事を思い返す度に、
この考え方に辿り着く。

高校生までは、部活とか勉強とか、ただただ目の前の事に必死で、
将来の事を考えたり、「自分が何を欲しいか?」なんで思考になったことなんてなかった気がする。

でも大学生になって、どういう経緯かは忘れてしまったけど、将来の事を沢山考えるようになって、
高校の時にはそこまで考えていなかった、
「自分は、大学生活を通じて、こうなっていきたい」というような欲求が生まれた。

大学生活では、ほとんど1人で沢山の葛藤をしながら進んできたけど、
今落ち着いて考えてみても、何のために自分はここまで頑張ってきたのだろう?って思う。

4年前、大学に入学して間もなく新入生歓迎期間みたいなのが1週間あって、その期間にサークルのご飯会に行くと奢ってもらえると聞いて3つくらいのサークルの飲み会に顔を出した。

でも、その飲み会をいまいち自分は楽しみきれなかった。確かに楽しかったんだけど、
「俺は、ここにいて良いのか?」という思いと、「ここで楽しいと思ってしまったら終わるな」という考えをした事は覚えてる。

でも、その思考の先に、自分は何が欲しかったんだろう。どんな大学生活が欲しかったんだろう。
楽しい事を蹴った先に、どんな自分になれると思っていたんだろう。

自分の事なのに、自分の事が分からない。

去年、就活で自己分析というものをやってみたけど、いまいち本音で自己分析が出来ていない感覚があった。

自分の人生なのに、自分と本音で向き合えない。

自分は大学生活で何が欲しくて、どう成りたかったのだろうか。


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