「働く」の定義

今回は、自分が今葛藤している事を書きます。

なぜか、就活に対してずっと上手く進めていない。
進めていないというのは、選考に進むという意味ではなく、
「就活」だったり、「働く」と言うことに対して上手く向き合えてないという感覚。

以前スポーツクラブでアルバイトをしていたときに、社員の方に言われた事があって、
「俺は大学生の頃、早く社会人になりたいと思ってた。」と仰っていて、驚いたのを覚えてる。

・早く社会人になりたい
・社会人になりたく無い

という2軸があったとするならば、自分はずっと後者なのだが、
「社会人として働くのが面倒くさい」
という理由で、社会人になりたく無い訳では無い。

まぁ、色々端折って書くと、
自分がなぜ、「働く」と言うことに対して葛藤しているか。
それは、働くと言うことに対する「定義」が、多分他の人とは大きく違っているからだと思う。

自分にとって、働くというのは、
「仕事を通じて自分自身の価値を高めたい」という、「成長の手段」という意味合いが大きい。
だから、世の中に無数にある仕事の中から、どの仕事を選べば自分が一番成長出来るのか?という複雑な思考になってしまうから、いつまで経っても就活に対して上手く向き合えない。

去年の夏も、インターンシップに40社ほど参加したけど、
本来インターンは、自分の適性を探すために参加するべきものだと思うのだが、
自分は、「成長するため」にインターンに参加していた。
だから、そもそもが違っていたのかなって今は思ってる。

でも、世の中には、
お金を稼ぐために働くという、
「生きる為の手段」として捉えている人もいれば、

仕事を楽しくやりたいという、
「趣味としての手段」
として仕事を捉えている人もいると思う。

仕事=生きる為の手段
と捉える人は、早く社会人になりたい派の人なのかなって思う。

自分の中で、「働くって何だ?」という事が明確になったときに、就活だったり、
「働く」ということに対して、上手く向き合えるようになるのかなって思う。

余談だけど、メジャーリーガーとか、海外サッカーのスタープレイヤーの選手は、
幼少期に貧困を経験している人が多いという。
要は、「明日生きているかすら分からない」という状況にいたからこそ、ハングリー精神が強くなり、成り上がろうと思ったのではないかと思ってる。

仕事=「辛くても良いから、とにかく稼ぐ」
という価値観を持っている人は、そういう苦しい状況を経験した人なのかなって思う。

何にせよ、仕事に対する価値観というのは、その人が生きてきた過程によって形成されていくのかなと。


「仕事を通じて自分自身の価値を高め、
その高めた価値を、誰かに価値提供したい。」
この考え方は、ここ1年くらいずっと変わってないから、それを一番近い形で実現出来る仕事に就けたら良いな。


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