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ARIA The CREPUSCOLO

※ネタバレ、および一部辛い感想を含めて書いています。閲覧注意。またうp主はアニメヲタク業界の慣習はよくわからない一般人なのでご容赦願います。


ARIA

『ARIA』は天野こずえさんの漫画で、2000年代に連載・単行本化された作品です。2008年に最終巻12巻が発刊されて物語の幕をおろした後、2015年にアニメシリーズ10周年として映画「ARIA The AVVENIRE」が上映。

そして2021年春、アニメシリーズ15周年とのことで今作の映画「ARIA The CREPUSCOLO」が公開されたので劇場にいって観てきました。

出会えて本当によかった作品

私にARIAを教えてくれたのは同じ講義をとっていた同級生。「ロッカーに置いていくから読まない?1話完結で読みやすいし」という貸し借りの流れで半ばまたがし的に私の手元にやってきた。ARIA第3巻だった。本当に偶然、この時ARIAの存在を知った。

火星に構築されたネオ・ヴェネツィアという魅力的な世界、一人前のウンディーネ(ゴンドラを漕いで観光案内したりする)を目指す主人公の少女たちのひたむきな生活と、そこにこめられたメッセージ………いやー。

もしも学生時代の偶然がなかったらARIAを知らずに生きることになってたんだなー…と考えるとゾッとしてしまう。ARIAに出会えた人生でよかったって思うくらい、素晴らしい作品です。

2015年の映画の時点で主人公3人の新しい後輩ちゃん世代が登場していました。今作CREPUSCOLOのポスターを見ても既知の子たちが登場するみたいだったので、予習もせずに観に行きました。

実はアニメシリーズが好きになれなかった

私がアニメシリーズのARIAを見たのはAVVENIRE鑑賞後、Huluでだった。でもそれに漫画のような好感を持つことがどうしてもできなかった。完全に個人的な感想だが、ARIA特有ののんびりした空気をアニメで再現すると、セリフがゆっくりだったり間が妙にあったりと時間的な部分にその要素が集約されて、観ていてムズムズした。

そして致命的なことに、アニメの作画が好きになれなかった。ARIAの場合は特に背景。せっかくのカラーのアニメなのに、ヴェネツィアのスケール感やせっかく味のある景色が再現しきれていない。それなら白黒の線の世界であっても天野先生の描写のほうがずっと迫力があって、水の都の美しさが伝わってくる、と思っていた。

それが本作「ARIA The CREPUSCOLO」を観て覆ることになる。同時に、映画作品はやはりアニメシリーズとは違う!と思い知ることにもなった。

※もともと好きなアニメの美少女戦士セーラームーンも、アニメシリーズはどうしても作画崩壊している回をあまり観る気になれず、劇場版を何回も観るタイプだったりする。

映画「ARIA The CREPUSCOLO」の感想

今回の映画は新作ストーリーで、書き下ろしの漫画がパンフレットに掲載された。それは完全新作である一方で、天野先生がARIAで伝えようとしているメッセージは一貫している。

ウンディーネを目指して同じ目標に向かう仲間と過ごす日々に終わりがちらつく。半人前から一人前になった喜びと同時に、仕事が忙しくなり、大好きな友人に会う時間が取れなくなる。当たり前の毎日に終わりが見える。
この誰もが経験したことがあり、誰もがこれからも経験していくその事象に、ARIAはいつでも同じ言葉をかけてくれる。

「変わっていく日々を大切に。あの頃は楽しかったけど、あの頃『も』楽しかったって言えるくらい、今を楽しみましょう」

このメッセージは、エピソード「オレンジな日々」(単行本6巻)で先輩ウンディーネのアリシア、晃、アテナの3人によって語られてから一切ぶれていない。言葉選びとしてもほぼほぼ同じなのに、はっとするほど新鮮な気づきがあった。


アニメでも映画でも漫画でも、世の中にはどんどん新しい作品が出てくる。そのたびに人々は新しい刺激と世界を求める。少しでも似ているところがあれば「パクリだ」と安易に批難されることもしばしば。

でもARIAは、ずーっと同じ1つのことを見る者に伝えようとしている。それは生きている限り恒久的に変わらない一つの大きな答えとして、ARIAという世界の中心に存在する源泉なのだと思いました。CREPUSCOLOが優れていると思った1番の点はそこでした。


メッセージの核は変わらないとはいえ、新作エピソードなのでもちろん新しいメッセージもある。アリスに対するアテナの想いは、才能を持つもの故の苦悩と共感が満ちている。

そして、二人のカンツォーネによって、ARIAが静止画でなく音声付きの動画で制作されることの魅力を実感できた。何より劇場で二人が一緒に歌うシーンは、思い出のシーンともリンクしていてとても素晴らしかった。

当然ながらコミックでは歌は伝わらない。アテナが歌手として独立するほどの美声であり、アリスはカンツォーネに苦手意識を持っていることも読者は知っているが、その実力がいかがなものかは紙面ではわからない。

だからこそ、今作の映画をみて尚更、ARIAが映画になってよかった!と実感した。(※2015年にもアテナの歌が物語の重要なキーになる展開があったが、演出がやや過剰で意図せず面白い感じになってしまっててそっちに気がとられてしまった節があった)

また、映画内とパンフレットの書き下ろし漫画とで、このシーンの描写をあえて対照的にしている点もおもしろかった。CREPUSCOLOの上映条件を巧みに使った試みだと思った。どちらの描写も好きです。


先日の告知では、今冬にはまた「ARIA The BENEDIZIONE」(映画シリーズ 蒼のカーテンコール最終章)が公開予定になっているとのことで熱い。晃のクローバーの話、大好きなんです。キービジュアルも美しい限り。アニメシリーズもそれまでに見直してみようかな。

5月には劇場版少女歌劇☆レヴュースタァライトがいよいよ上映されるし、今年は大好きな劇場版アニメが多くて楽しみです。



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