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人生3度目の留学先はソウルだった。

明けましておめでとうございます。

昨年に引き続き、韓国のソウルで年越しし、年末年始ムードの終わった日本に帰ってきて、今は久しぶりの自宅でnoteを書いている。今年のソウルでの年越しは特に意味深いものとなった。

韓国語語学留学の1週間コースに参加し、寝不足になるぐらい毎日勉強することができたからだ。(泣)

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11月初旬、去年からなんとなくチャレンジしてみたいと思っていたソウルでの韓国語留学について調べていた。留学なんて、少なくとも3ヶ月はしないと意味ないし。1週間しかないんだからとにかく楽しければ良い‼︎とその時は思っていた。そのためたくさん調べた結果、とにかく一番楽しそうだったRolling Koreaで今回お世話になることにしたのだった。

思えば、この留学は私の人生で3度目の留学だった。1度目は大学1年生の春休み、メキシコでスペイン語留学1ヶ月。2度目は大学3回生の時アメリカで1年間。そして3度目が今回の韓国ソウルだ。

留学先で充実した生活を送り、いかにレベルアップした自分になって帰国するか。これは留学生にとって永遠の課題である。私も過去2度の留学で試行錯誤してきた。

ただ、今回の留学は期間が短かったにせよ一番有意義なものにできた自信がある。過去の留学での反省を元に2点軌道修正したのだ。

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語学学習にプライドはいらない。積極的に間違えよう。

私は韓国語を確かに1年間勉強しているが、旅行中の会話もしんどいことがある程度の実力である。初めから全然できないことを自分でも理解していたし、それが自分だった。だから授業中はもちろん授業外での会話でも友達との会話でも、とにかく発言しとにかくたくさん間違った。そして修正してもらって、日常生活や会話ですぐに使ってみた。すると、他の人は私に「ユウカは韓国語が上手だね。たくさん話せる。」と言った。

そのたびに私はこう思っていた。
私は、韓国語が話せるのではない、話している、話そうとしているだけだ。

メキシコでスペイン語を学んだ時は、今の韓国語よりもゼロベースだったくせに、間違うことが恥ずかしくて授業中でも、ホームステイ先でもほとんど発言できなかった。いや、しなかった。
アメリカに留学していた時には、今度は英語が得意だ(そんなことない)というプライドが邪魔をして、綺麗に整った文章を頭の中で組み立てて話そうとし、結果口数が少なく聞き手役に回ることが多かった。

そう、この2度の留学での反省があったからこそ、今回の留学ではどうせ韓国語をできないんだからとプライドも恥も全て捨てて全力で話して全力で間違った。そして分からないことは分からないと伝えた。当たり前のことなのに過去の私にはできなかった。自分が思っているよりも他の人の間違いって誰も気にしていないのに。そして、間違って得られるものの方が失うものより遥かに多いのに。

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日本の留学生との出会いは大切に、でもほどほどに。

今回の語学学校にも同じ日本からの留学生がたくさんいらっしゃった。初心者の人はもちろん、一番上のクラスにもたくさん日本の方がいた。初級に毛が生えたレベルだった私にとっては、たくさん単語を知っていて色々な種類の言い回しができるその方々がとても大切な存在になった。言いたいことを言えない時に何度も助けてもらい、毎日山のように出る宿題を夜中まで励まし合いながらカフェで一緒に取り組み、わからないところは教えてもらった。色々なバックグラウンドで留学に来ている人達と出会うことができ、今後の目標やキャリアについて考えさせられた。

これも過去の留学の反省点から来ている。メキシコでの留学は大学のプログラムだったことから同じ大学の学生10人程度のグループで授業が行われたため、授業はもちろんホームステイ先でもそれ以外でも全ての時間をその友人とだけ過ごした。語学力は伸びただろうか。結果はご想像の通りである。その反省点を生かし、アメリカ留学中は、ほぼ全く日本人の友人は作らず英語だけ話す環境を整えようとした。もちろん語学という意味では飛躍的に伸びたが、同時に失ったものもかなり多かった。日本人の留学生を通じた他の学生や現地の学生との出会いも、様々なイベントや体験も逃すことになってしまい、それはそれで非常に勿体無いことをしてしまったのだ。語学とは違う何かを得られたはずだったのに。

もちろん、だからと言ってずっと日本語ばかりで話していると本末転倒なので、関係を大切にしながらほどほどに。

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1週間語学留学の一発目の記事で、かなり持論を展開してしまったが…笑 これら2つについて意識しただけで充実した素晴らしい留学生活となったことは間違いない。それはこれまで2回の留学と比較してもだ。これからしばらくは、留学中に感じた些細なことを記録としてnoteで残していこうと思っている。

そう、私にとって人生3度目の留学先はソウルだった。

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