探究は常に犠牲がつきもの

ひとしきり、今ある自由に使って良いものの中から最低限の種類は試し終えた。とは言っても、流れ作業で主に被験者との相性を確かめただけではある。

次々と使えそうなものは送られてくる。しかし、玉石混交の中で全部を試すわけにはいかない。

彼方此方に飛ぶ与太話に釣られ作業も次第に早くなり、次から次へと応酬が続いた。かと思いきや、時折り落ちる沈黙は、誰かが見ていたら呆れるほど長い。

その間はどちらも決して目を合わそうとはしない。

その作業を繰り返し、いつしか響く音は書写しの作業を示すそれだけとなる。最後に勢いよく横線を引き終えた研究者は、ペンを置く。


「…よし、此れで少しは傾向がまとめられる、と思う。」

「おーい…あんだけやらせといて、思うは余計だ思うは。」


掛けられた覇気のない声に、ビクリと背中が跳ねる。
被験者の顔色は、目を向けなくったって悪いと分かる。
寝台に横たえさせてから、だいぶ経った…はずではある。

研究者自身の体の方を使った試験済みの品を並べてみても、数に然程の違いはない。

此処まで回復力に差が出るものなのか…訝しむが、今の段階では考えるだけ無駄だ。

数日間の積み重ねだけで判断は出来ない。

データが無い負荷が読めない前例がない。加えて、表情が消えたと思った次の瞬間に倒れ込み、続いて笑い始めるようなのが相手なのだ。

試験を始める前の問答を持ち出したところで、バチは当たるまい。聞こえないとシラを切れない距離まで近づくと、寝台を見上げる。


「身体が保たなくなる前に言えって、約束したよね。」

「…お前その考えは、生体相手には向いてないぞ。オレは別に良いけど。」


口に出来るヤツばっかだと思うなよ。


殊更に弱々しい、言葉になってない様な声。空気を震わせるかどうかのそれだって、届く相手に投げれば、罪悪感を煽る武器になる。

理解はしているが、無視していい道理にはならない。
何分、自分と相手に立場の違いがあるのは事実で、耐久性の差だって理解不十分のまま始めた作業だ。

たとえ謝罪の言葉を口にした途端、冗談だと明るく笑い飛ばす様な性格だとしたって、張り合うのは道にもとる。

予定調和の言葉を口にして、予想通りの返事を受け取る。

当て外れが無かったのは、そこまでだった。


「久々に、話し相手がいたから調子に乗った。楽しいな、やっぱ。」


罪悪感を積み上げたいのであれば、天才級の一言。受け手を絶句させるには充分で、かつ不用意に触れられない予防線まで張られた気分になる。

淀んだ瞳と視線を交わす。居心地の悪さは、検分されているからではない。

逸らそうか迷っているうちに、男はうつ伏せの体を重そうに動かすと、ポンと頭に手を置いた。


「そんな顔すんなって。こんなんで滅入ってたら先が思いやられるぞ。」

「…アナタに言われたくはない。」


ほぼ勢いで、飛び込んではみたが、このヒトはどーも苦手だ。

だからって今更、放り出しはしないけど。

うまくやってくって、ムズカシイなぁ…早く結果を出せば負担も減るのに。


ぐるぐると回り始めた彼女の悩みを、やはり男は軽く吹き飛ばす一言を投げかける。

耳に届き脳が処理した瞬間に、苦手意識が一層強まったのは、言うまでもない。

彼女が最も嫌うのは、データで割り切れない言葉の重みを理解せずに振るう行為なのだから。






「まったくだ。オレお前のそーゆーとこ好きだわ。」








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