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今日から自問自答ファッション3年生!

8月14日
旅の行程をすべて終えて、帰りの飛行機に乗っている。

2年前の今日、私は、自問自答ファッション講座を受けていた。2年後、制服1セットで行きたかった場所に行くことを想像していたかと言われれば、まったく想像はしていなかった。

2年前、自問自答ファッション講座を受けて1年目の私は、“自問自答をして自分の制服を自分でつくること”を本当には理解していなかった。何度も書いているけど、自問自答ファッション講座を受けたら、あきやさんが魔法をかけてくれて、翌日から素敵な私に生まれ変われるのだと思っていた。講座を受けた数日後にはレポートが送られてくるので、あきやさんが考えたコーディネートのアイテムを集めることが自分の役割だと思っていた。

だけど、それではうまくいかない。講座を受けたあとも私は私のままだったし、服を買うときも今ほど真剣には考えてなかったから失敗もした。だから、講座を受けたら自分が変わると思ってたのに、変わらなくてつらかった。それでもつらいなりに足掻いた部分もある。パーソナルデザイン診断やスギサキさんのカラー診断を受けて、自分に“似合う”ものについてはだんだんとわかってきた。3年日記はつづかなかったけど、インスタグラムに全身写真を載せて、服よりも髪型に問題があるのかも?ということに気づき、髪をばっさり切った。ムーンプランナーさんのパーソナルサービスを受けて、少しだけ先の未来のことを考えられるようになった。その結果、バンジージャンプを飛び、なんかもやもやが吹っ切れた。2024年の夏にクリムトを見に行く、と決められたのはムーンプランナーがあったからだと思う。#自問自答ムンプラ の第3回があったから、いろんな自問自答ガールズと知り合うことができた。

そして、ほとんど1年後の去年の8月20日、自問自答ファッション教室を受けた。制服づくりはなにも進んでいなかったけど、2年前の講座を受けたときとは違い、自分のことを少しだけ認められていた。このときのnoteを見返すと、“自分のことを好きになれた”と書いていたんだけど、いま思うと“好きになれた”というより“良くも悪くも受け入れた”というのが正しい表現な気がする。そこから私は自分の“好き”をていねいに拾った。自分の中にあった“こうならなくてはいけない”という大人の女性像を捨てて、本当の私が好きなものをひとつひとつ手に入れて行った。それは、私の想像している30代女性のイメージからは程遠かったけれど、ひとつひとつ買っていくうちに癒されていったのだと思う。

そして、教室で出た課題「ゆとりさまはゆとり会を開きましょう」を経て、自分の制服は自分で決めることを本当に理解した。制服だけじゃない、自分の人生は自分で決めて行動することでしか進まないことを知った。また、ゆとり会を経て、自分の得意なこと苦手なこともはっきりとわかった。このときのnoteを振り返ると、自分で企画したり発信したりすることが苦手、だと言っていたが、ここに関しては“恥ずかしいは気持ちいい”が染み付いたのか、なんの抵抗もなくなった。ゆとり会のお知らせをしたときはバンジージャンプを飛び降りるときくらいの勇気が必要だったけど、今じゃ平地を歩いてるくらいの気持ちで発信している。

側から見たら、私の状況はこの2年なにも変わっていないだろう。相変わらず実家暮らしだし、会社のことは嫌だけど転職もせず同じ会社で働いてる。
だけど、私はこの2年間でとても変わったと思う。悲しくなることも不安になることも怒りたくなることも減った。私が選び抜いた最高にかわいいものに囲まれて生きている。素敵な私に生まれ変わってはないけれど、過去の私から地続きに自分の足で歩いてきたことが自信になっている。

では、3年目の私はどこに向かうのか と考えると、“なりたい”と真剣に向き合うときなのではないかなと思う。先日の7月の幻冬舎大学のあきやさん講演会にあった“「制服化」達成度チェックリスト”で、第一ステージの“なりたい「キーワード」が見つかっている”は達成しているけど、“なりたい「コンセプト」を持っている”は未達だからだ。“ なりたい”を考えると、暗い気持ちになり、うじうじした私が出てくるから放置していた。

だけど5月の講演会で、“なりたい”は哲学、骨に刻む言葉、という話があり、私の骨に刻む言葉は“ライフ・イズ・ライク・クルージング!!”だと決めた。言葉自体はYUKIの『プレゼント』からの引用なんだけど、人生は航海のようだ、つまり、追い風いっぱいでスイスイ進むときもあれば、嵐の中船が転覆しないようにするのに精いっぱいのときもある。だけど必ず目的地に辿り着ける。そういう意味だと思っている。じゃあ目的地はどこなんだろう?と考えると、目的地には死ぬまで辿り着くことはできないのだと思う。だけど、自分は必ず目的地に辿り着くと自分を信じることが航海なんだと解釈している。私は日常が苦手だ。繰り返しも苦手である。だから、凪のようなおだやかな毎日は心の底ではたぶん望んではいない。(そういう日もあるのはもちろん大歓迎!)私は航海をしていこうと思う。骨に刻む言葉は決まったけれど、コンセプトは見つからなかった。私の解釈では、骨に刻む言葉は“ありたい”に近い。“なりたい”はなんとなくもやもやしていた。

だけど、今回旅の道中、自問自答をして見つかった、というか何度もXやnoteで言及をしていたことが“なりたい”なんだと気づいた。

それは、この世にひとりしかいない職業になる、ということだ。自問自答ファッションという哲学をつくっているあきやさん、月の満ち欠けを元に手帳をつくってるムーンプランナーさん。LIGHT HOUSEの若林さんと星野さんもそう。この世にひとりしかいないオリジナルな職業のひととして生まれて初めて知ったのは水族館プロデューサーの中村元さんだったと思う。

ずっとなりたいと思っていたけど、見つからないから諦めたふりをしていた。だけど、やっぱり見つけたい。見つかると信じて、行動をしつづけたい。それが、私にとってのライフ・イズ・ライク・クルージング!!だと思う。

ここまでは何度も考えついて、だけど諦めて、の繰り返しをしていた部分だ。だけど、この旅の道中の自問自答で気づいたことがある。それは、私は今まで、この世にひとりしかいない私の職業の名前をつける→行動をする、の流れだと思ってたけど、興味のあるいろんなやりたいことをやる→良い呼び名が見つかる、なんだと思う。少なくとも私にとってはそっちのほうが向いている。なんなら職業名はつかなくても、私という名前でもいいじゃんと思う。(ここはさすがにゆとりではなく、本名で。私は自分のフルネームの音をめちゃくちゃ気に入ってる。漢字は別!笑)

どうしてこれが“なりたい”なの?と聞かれると、うまく言えないけどうまく言えないから自信がなくなることもないし、自己否定の気持ちは一切ないし(例えば普通な私だからオンリーワンに憧れてる とか)、そうなる気がするから!としか言えない。笑

遠い昔、上に挙げた中村さんのような仕事をしたくて、だけどただ水族館で働くしか思い浮かばなくて、中村さんの存在を知って、羨ましかった。羨ましかったと同時にもうしてる人がいるなら…と拗ねて諦めたことがある。ほかにも、誰かがやってると拗ねてやめたくなっちゃうことがたくさんあった。

だけど、最近読んだ『初めて恋をした日に読む話』という漫画があって(そもそもデビュー時から持田あきさんが大好きだったことを漫画を読んでる途中で思い出した)その中のセリフに「自分がやらねば誰かがやる。私が諦めたことは別の誰かが叶えてしまう」というセリフがあって、当時の私とは正反対の考え方で、そっか!そうだよな!私がやらねば!と思った。

だから、3年目は“なりたい”を極めていきたい。それは、ファッションにおいてはどういうことなのか、と考えるとコーディネートを考えてからアイテムを探す、ということなんじゃないかな?と思う。
私はここまで、ゆとり会とこの旅の制服と2セットつくったけど、メインとなるアイテムがあって、それに合わせるようにつくってきたから、全体像は出来上がってから見えたんだよね。だけど、先にコンセプトのひとはこんなひとでは?という計画(仮説)を立てて、試着に行きたい。たぶんいままでの制服づくりより時間がかかるから、試着の計画もしっかり立てないといけないね。

この1年、想像していないような素敵な出来事がたくさんあった。だから、また1年、想像していないような楽しいことがたくさんあるだろう。また来年の夏、振り返るのを楽しみにしたい。

いろいろたくさん書きましたが、伝えたいのはただひとつ。
あきやさん、ファッション楽しい〜🥳

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