苑実について

学苑祭実行委員会、通称苑実。
高校時代に僕が所属していたコミュニティであり、かつて僕の大切な青春の思い出だった。
この苑実の友人たちは僕にとって一番特別な存在だった。
放課後、意味もなく部室に集まり、ただ喋る。
会話の中身なんかなくても、彼らといるその時間が輝いていた。
春に新入生にあだ名をつけ、夏に学苑祭の準備と称して休みの日も集まり、秋の学苑祭が終わっても毎日来年のことを話し、冬に備え付けのポットでラーメンをすする。
授業を抜けて部室に隠れようとすると、何故か誰かいる。
文化祭の実行委員会なのに、何故か合宿がある。
喧嘩もした。恋もした。
毎日あの部室は美しかった。

高校卒業後、僕は引きこもりになった。
苑実のみんなとは一切連絡を取らなかった。
恥ずかしかったし、悔しかったから。
ずっと隣で並んで立てると思っていた人たちと、違う立場になってしまったことが恥ずかしかった。
悔しかったから、大学に入って胸を張ってみんなに会いに行こう。そう思ってた。
大学に行けず、そんな日は来なかった。
部屋にこもりながら、毎日高校の楽しかった日々を思い返していた。
自分を慰めていた。

引きこもりの日々の中、連絡をくれる苑実の友人がいた。Kだった。
高2の4月、僕とKは同じクラスになり、「なんかやりたくね?」と意気投合して苑実に共に飛び込んでいった。
そんなKが今も気にしていてくれたことが嬉しくて、僕は数年ぶりに苑実の集まりに顔を出すことにした。
みんな、少し大人になっていた。
髪を染め、化粧をした女の子たち。
男連中は外見的変化は少なかったが、それでも活気と人生を謳歌している顔をしていた。
みんな彼女とかできてセックスしたんだろうな。
童貞で青白い引きこもりの僕は、惨めな気持ちになった。
そこには、僕が高校時代に好きだったOもいた。
Oも大学生らしい洒落た格好をしていた。
相変わらず綺麗だった。

数年の後、僕はOと付き合うことになった。
Oには才覚があり、個人事業主としてバリバリ成長をしていった。
僕は精神障害の障害者雇用枠で非正規雇用で働かせてもらっていた。
Oには感謝している。正直僕と彼女とでは釣り合わなかったのに、ずっと一緒にいてくれた。
だが、僕はOやKと差や壁を感じるようになっていった。
Oはよく、「正社員じゃなければ社会人経験があるなんて言えない」と言っていた。
実際、世間的にはそうなのだろう。
それでも僕は、「よく頑張ってるね」と褒めてほしかった。
僕はGOMESSというラッパーの曲が好きだ。
KにGOMESSの「LIFE」という曲を聞かせた。俺はこの歌詞の気持ちがよくわかるんだ、と言って。
Kは、「あんま自分に酔いすぎるなよ?」と忠告をした。
僕は自分に酔っていたのだろうか。
「お前も苦しかったんだな」と共感が欲しかった。

Kは公務員となり、苑実の人と結婚をした。
僕は初めて友人の結婚式に出席した。苑実のみんなとも、また再会した。
みんな、より年を取っていた。僕のことを覚えていない人もいた。
その日、僕は苑実のみんなと昔のようにやっているんじゃないか、と思えた。それくらいみんなと打ち解けた気がした。
結婚式も二次会三次会も終わった次の日、ある苑実の人からLINEが来た。
「俺に頼ってくるんじゃねえ」みたいな内容だった。
混乱した。
ずっと苑実の人には頼らずに生きてきたつもりだったから。
やはり、昔と今は違うんだなと思った。

数年後、僕はOと結婚した。
引っ越したその街にはK夫婦も住んでいた、
K婦人は言った。
「宮、久しぶり。いつぶりだっけ?みんなでOの商品見に行ったとき以来?」
その出来事はKたちの結婚式の前だ。
K婦人は、僕を招待したことを忘れていた。

いつだったか、僕はこんなことをOに話した。
「Kが主人公のアニメが12話会ったとすると、俺は4話くらいまで出てるのかな?」
Oは言った。
「そんなわけ無いじゃん。高校からの人生のほうが長いんだから、宮は2話くらいに出てくるモブだよ」
あぁ、そういうことだったのか。
僕にとって高校時代は、苑実は人生の半分くらいを占める大事な出来事だったけど、みんなにとっては2話くらいで終わるエピソードだったんだ。
僕は恥ずかしくなった。悲しくなった。
あれだけ思い焦がれていた風景は、他の人たちにとってはありきたりな沢山の思い出の一つに過ぎないんだ。

僕とOは離婚した。
詳細は書かない。
最後の別れ際、僕は「立派になって迎えに行くよ」と言った。
Oは、「全く期待しないで待ってるよ」と言った。
あのときのOの顔が、僕は今も忘れることができない。



なんでこんなことを書いたのか。
僕は苑実のみんなに知ってほしかった。
僕はみんなが思っている以上にみんなに会いたかったんだと。
引きこもっていたとき、自殺しそうになったとき慰めになったのはあの頃の思い出だったと。
みんなに会うといつも自分が惨めに感じられると。
けどもう僕らは対等じゃない。
みんなは説教する側、僕は説教される側だ。
殴られて殴り返せない。
Kは公務員、僕は無職。
GOMESSの曲で共感してほしかった。

今は、苑実のことを考えると悲しみが襲ってくる。
もう高校に帰属意識を持ちたくない。
ただ知ってほしかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?