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#2-3 クロックスしか履けない人

 ──2022年3月6日、その日私は蒲田にいた。JR蒲田駅の西口は広場や商店街があり地元の人々で賑わっている。商店街の入り口には「月曜から夜ふかし」のスタッフが2名カメラを携えて出演者をハンティングしていた。私も広場の隅で行き交う人々に目を遣りおじいちゃんのファッションハントを行ふ。夜ふかしスタッフの存在が証明するように、蒲田は小汚いおっちゃんや大声でチャリを漕ぐおっちゃんなど珍景には事欠かない。奇しくもそういった場所は私にとっても好都合──、カオスな街の空気が人々の感覚を麻痺させ都心よりも他人への意識が鈍感になった結果、ファッションも自分の生活を曝け出したものが多い。
 カメラを下げていたので、テレビ局員に間違えられて声をかけられたり、写真好きのおじいちゃんに話しかけられつい長話をした。普段カメラをぶら下げていて声をかけられることは都内ではほとんどないのだが、こういったところも人間臭さ漂う蒲田の魅力なのかもしれない。
 そうこうしているうちに1時間ほどが過ぎた。今日はどうもこれ!という人がいない。場所を変えて東口に行こうとしたその時、全身真っ黒のヨウジヤマモト風スタイルに白髪が映えるおじいちゃんが腰を重たそうに広場を歩いていた。これは!と思い近づき声を掛ける。

YT「あの〜すみません、私カメラマンしてまして年配の方のファッションをテーマに写真撮ってるんですけれど、すごいかっこいいファッションされてるなと思いまして……。一枚写真撮らしていただけないですか?」
OJ「……いいですよ。」

 鋭く私の目を見ながらおじいさんは静かに了承してくれた。良く見ると顔色がよろしくない気がした。

YT「ありがとうございます!このセーターもかっこいいですね!これはどこで買われたんですか?」
OJ「これはね……」

 この絶妙な配色のセーターの歴史とともにおじいさんは自身の人生をゆっくりと語ってくれた。
 おじいさんは現在75歳。5年前に直腸癌を患い手術をしたらしい。このセーターはその時の入院のために買った物だという。手術は成功したものの、引き続き病院には通い続けねばならず病院の近い蒲田に引っ越したとのことだ。今日も病院に行く道すがらだったという。表情からも疲れというか病気の心労がうかがい知れた。

YT「そうだったんですね……。お大事になさってください。このジャケットも入院の時に買われたんですか?」

 ジャケットの襟の汚れから年季の入ったものだとうかがえる。これも入院を共にしたアイテムなのだろうか。

OJ「そう……これもあの時に買ったものかな。」

 やはり。
ところどころ中綿が潰れてぺったんこになっていたり、光沢が摩耗しツヤが消えてもなお着続けるそのジャケットとは、おじいさんにとってはもしかしたら大腸癌という大病と一緒に戦った歴戦の盟友のような絆があるのかもしれない。

 最後に気になる点が一点あった。この日は春も近づく季節とはいえ寒かったのを覚えている。確か僕はヌプシを着ていた。そんな中おじいちゃんはクロックスを履いていたのだ。僕の経験ではこのおじいちゃんのように病気や足腰が弱かったりする年配の人はランニングシューズを履いている場合が多い。そうではなくこの温度でクロックスとは……

YT「てかクロックス寒くないですか?」
OJ「これしか今は履けないの。病気で足が浮腫んでいて。」

 んーなるほど。そういったクロックスの選び方もあるのか。確かに中学生の時に足骨折同級生がギプスの上からだと履ける靴がないのでクロックスを履いてきたことを覚えている。ただこのおじいちゃんのクロックスにはもっと、何か、強いものを感じる。
 中学生の骨折には回復へと向かうポジティブなエネルギーを感じる。中学生にとっては重大な怪我であるが、いずれそのギプスは外れるしなんなら骨折後初日登校日はクラスの人気者になれたりもする。中学生の生命力&骨折という非日常の高揚感が中学生骨折クロックスにはあり、そこからは未来への希望や回復といったポジティブな何かを感じるのだ。
 一方このおじいちゃんのクロックスにはそのようなポジティブさは感じられない。もはや中学生ではないおじいちゃんにとってその足の浮腫みが近い将来完治し、またお気に入りの靴を履ける日が来るのだろうか?それは私にもおじいちゃんにも分からない。ただ、だからこそ、もしかしたらこのおじいちゃんは今後一生クロックスしか履けないかもしれないからこそ、中学生骨折クロックスにはない強さが宿るのだろうか。それは強さなのだろうか?それとも弱さなのだろうか──? 

 この日僕は、このおじちゃんのスタイリングがかっこよく見えてしまう自分がちょっと嫌になった──


クロックスしか履けない人


盟友セーター&盟友ジャケット


それしか履けないクロックス

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