ガンバ大阪の魅力〜時代と共に変化する西の雄〜

おかえりなさい。

今日は僕の好きなサッカーチーム・ガンバ大阪について話したいと思います。歴史から僕が考える魅力を話します。

ガンバ大阪は1991年創設されて松下電器サッカークラブからプロ化しました。Jリーグの創設から参入し、当初は「Jのお荷物クラブ」と揶揄されるくらい成績が良くなかった。

パトリック・エムボマが加入した1998年は一時期優勝争いに加わるも得点源の彼がセリエAのカリアリに移籍すると元の順位に落ち着いてしまった。

転機は2002年に西野朗氏が監督就任してからだ。

当時のガンバのスタイルは長身FWのマグロンにロングボールを預けてから攻めるものだった。ただ、そのマグロンが負傷してしまうがどうしても苦しくなると彼がいた時の様にロングボールを蹴ってしまっていた。

西野氏はメンバーを見て足元でパスを繋ぐパスサッカーに転向した。当時のメンバーには後に日本代表に選ばれる遠藤保仁・橋本英郎・二川孝弘・宮本恒靖・大黒将志と若いが技術の高い選手が揃っていた。

そのパスサッカーが実ったのは2005年以降だ。清水エスパルスで鳴かず飛ばずのアラウージョが加入し、それが当たった。34試合33得点(PKを除く)の大活躍でクラブ初のリーグ優勝と手に入れた。

その年のJリーグは最終戦まで6チームに優勝の可能性がある史上稀に見る大混戦だった。ガンバ大阪は途中まで首位を独走していたが終盤で失速。ライバルクラブのセレッソ大阪が首位を明け渡したが最終戦でガンバ大阪が川崎フロンターレに勝利し、セレッソ大阪が終了間際に失点を許して引き分けて奇跡の優勝を果たした。

それからガンバ大坂は強豪としての道を歩む。

2006年シーズンは日本代表の加地亮・明神智和、大分で活躍していたマグノアウベスが加入し、連覇を狙ったが最終戦の浦和レッズとの直接対決で破れ優勝を逃した。

2007年シーズンは甲府で活躍していたバレーとレンタルで中澤聡太が加入し、昨年の活躍したマグノアウベスが途中で移籍するもヤマザキナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を制した。クラブ生え抜きの安田理大がニューヒーロー賞を受賞するなど若手の活躍も目立った。

2008年シーズンにはFC東京で活躍していたルーカスが加入し、年間60試合(リーグ戦・ナビスコカップ・スルガ銀行チャンピオンシップ・天皇杯・AFCチャンピオンズリーグ)をこなす超ハードスケジュールの日程の中、AFCアジアチャンピオンズリーグを制し、クラブワールドカップで当時クリスティアーノ・ロナウド擁するマンチェスターユナイテッドと3-5と撃ち合いを演じた。リーグ戦ではACLとの並行により思う様な結果が出ず、8位で終了。司令塔の遠藤と播戸が病気による離脱が響いていた。リーグではACL出場権を獲得できず、来季もACL出場を狙うため天皇杯を狙いに行くがシーズンの試合数の影響で選手は疲弊していた。決勝も延長戦までもつれ込み播戸竜二が決勝ゴールを決め優勝と同時にACLの出場権を獲得した。

2009年シーズンはACL連覇とリーグ優勝を目指し大型補強を慣行。神戸で活躍していたレアンドロ元韓国代表FWチョジェジンや韓国代表DFのパクドンヒョク、日本代表の高木和道が加入し、レアンドロは前半戦でゴールを量産するも夏に移籍、パクドンヒョクもチームにフィットせず移籍。それでも安定した力を発揮していた。リーグ優勝は逃すも天皇杯は連覇を達成した。

2010年シーズンはブラジルからぜカルロスが加入するが、期待していた活躍を見せず退団するもクラブ生え抜きの宇佐美貴史や平井将生の二人の若手アタッカーが躍動した。2006年以来の無冠でシーズンを終えた。

2011年シーズンはセレッソ大阪で活躍したアドリアーノを禁断の移籍ながら獲得し、序盤戦は圧倒的な決定力で活躍するも途中で移籍。クラブ生え抜きの宇佐美貴史もドイツの強豪・バイエルンミュンヘンに移籍し、序盤の攻撃の形を失う。しかし、2010年の途中から加入した韓国代表FWのイグノとアドリアーノと入れ替えで補強したラフィーニャのコンピがマッチし、2人のスピードを活かしたショートカウンターで後半戦も躍動する。最終戦まで優勝の可能性を残すも3位でシーズンを終えた。この年で10年間指揮を取った西野氏が退任し、15得点10アシストのイグノも韓国の兵役で退団し、チームは改革を余儀なくされた。

2012年シーズンは呂比須ワグナー氏を招聘するも監督ライセンスの問題で指揮が取れず、ブラジルからセホーン氏を招き、二頭体制でシーズンをスタートしたが、序盤で5連敗で両氏を解任し、ミスターガンバの松波氏にシフトチェンジしたが、序盤の歯車が戻ることが無く、シーズン最多得点(65点)ながらクラブ史上初の2部降格をしてしまった。

この年は日本代表DF今野泰幸や甲府からパウリーニョが加入していたが、長年支えたDFリーダーの山口智、橋本英郎の移籍と右サイドバックを務めていた加地亮の負傷が響いた。大半の選手が移籍が予想される中、司令塔の遠藤保仁が最終戦のインタビューで「この現実を受け止めて、次に進めないといけない。」と目に涙を浮かべながら残留宣言をしたことで多くの選手を残留した。夏は日本代表経験のある岩下敬輔と家長昭博、2009年シーズン前半戦で活躍していたレアンドロを獲得し、シーズン途中とは思えない大型補強をした。

2013年シーズンは長谷川健太氏を監督として招聘し、降格の大きな要因である守備の再建をしながらの1部昇格という大きなミッションに立ち向かった。補強は毎年外国人FWをしていたが、韓国U-22代表でロンドン五輪に選ばれていたオジェソクと大学から岡崎健哉の加入、ユースの昇格と留まったが、日本代表の遠藤保仁と今野泰幸、家長昭博やレアンドロと2部とは思えない豪華なメンバーで望んだ。

夏には家長昭博とレアンドロが移籍したものの、ドイツから宇佐美貴史、ブラジル人FWロチャを獲得。宇佐美貴史が18試合19得点と驚異のペースで得点を量産しチームを牽引。チームも2部優勝と1部昇格と当初のミッションを達成した。この年ではユース出身のMF大森晃太郎、DF西野貴治、センターバックからボランチにコンバートした内田達也など若手が日本代表に行っていた遠藤と今野の穴を埋めた。(J2は日本代表期間でも試合が行われるため。)

2014年シーズンは千葉から米倉恒貴と新潟から日本代表選出経験のあるGK東口順昭、ブラジルからFWリンスが加入し、前年シーズンからのメンバーも変わらずのスタートとなった。エースの宇佐美の活躍が期待されたが開幕戦前に怪我をしてしまい、彼が復帰するまでチームは得点不足に悩まされた。また守備陣も先制するまでに耐えきれず失点したり、耐えていても得点出来ずと歯車が噛み合っていなかった。

W杯中断前には16位と2012年シーズンをよぎったが期間中に川崎や甲府にいたブラジル人FWパトリックを獲得した。再開後は5連勝と7連勝と序盤戦と手のひらを返す様な成績を残し、ナビスコカップも若手が躍動し、2007年以来の優勝を達成。天皇杯も勝ち進んだ。夏には首位とは14差あったが33節の神戸戦で首位に立った。最終戦は引き分けに終わったが浦和と鹿島が敗戦し2005年以来の2度目のリーグ優勝を達成した。天皇杯も優勝し、鹿島以来、昇格チームとしては初の三冠を達成した。

2015年シーズンは、仙台から赤嶺と横浜から小椋、磐田から2013年以来の復帰となった藤ヶ谷が加入し、2012年以来のACLとリーグ連覇を狙う過酷なシーズンとなった。序盤は宇佐美貴史が6試合連続ゴールなどチームを牽引したが、藤春・倉田・米倉・丹羽・東口・宇佐美と6名が代表に召集されるなど代表日程と合わないチームスケジュールに苦しんだ。

2ステージ制となったリーグではチャンピオンシップ決勝まで行くも惜しくも広島に破れ、連覇を逃した。ルヴァンカップの決勝まで進むも鹿島に完敗した。これは明らかな過密スケジュールによる疲弊だった。ACLもベスト4に進むも中国のビッククラブ・広州恒大に力負けした。最後の天皇杯は浦和レッズを破り、2008年・2009年以来の連覇を達成した。

2016年シーズンは、横浜からアデミウソンと藤本淳吾を獲得。ホームスタジアムを万博競技場から市立吹田スタジアムに移転し、セカンドチームが発足した。

リーグ戦ではACLとの過密日程の中で勝ち点を取りこぼした試合が多く1stステージでは6位に低迷した。夏には宇佐美がドイツに再挑戦し、トップ昇格からずっとガンバに所属した二川も東京Vに期限付き移籍した。2ndシーズンも圧倒的な結果が残せず4位と留まり年間総合でも4位でチャンピオンシップに届かなかった。ルヴァンカップは3年連続決勝に行くもPK戦もつれるも決勝戦で破れた。天皇杯もベスト8で敗退し、無冠でシーズンを終えた。

この年にチームを支えた岩下敬輔、阿部浩之、内田達也、西野貴治が移籍した。

2017年シーズンは、千葉から井出遥也、大宮から泉澤仁、名古屋から森勇人、横浜からファビオ、清水から三浦弦太を補強した。開幕直後には鹿島から赤崎秀平を獲得し、昨シーズンの負傷により登録抹消していたパトリックが再登録された。

ACLでは三浦弦太や堂安律、初瀬亮など若手を起用したが、最下位で敗退した。夏にはチーム序盤で売り出していた堂安律がオランダに移籍し、パトリックと丹羽が広島に移籍した。

また9月には、5年間チームを率いた長谷川健太が退任を発表された。発表後はチームもフワフワした状況になっておりクラブワーストの13試合未勝利でシーズンを終えた。

2018年シーズンは、レビィークルピ氏を招聘し、浦和から矢嶋慎也、山形から菅沼俊哉、三菱養和ユースから中村敬斗を獲得した。

リーグではけが人が続出したこともあり3連敗を喫し単独最下位に転落した。天皇杯でも大学生に敗退し、リーグでも最下位は脱したが一向に調子が上向かずW杯中断期間で監督を解任し、セカンドチームで監督をしていた宮本恒泰を昇格させた。

監督交代後は山口から小野瀬康介、神戸から渡邉千真を補強したが、長沢がトレードする形で神戸に移籍した。リーグ戦では序盤は苦しんだが、4戦目のFC東京戦で初勝利を収めた。9月以降は調子が上向き、クラブタイ記録の9連勝を記録し、最終的に9位でフィニッシュした。

シーズン後にはファビオ、初瀬亮、二川孝弘、長沢駿が移籍した。

2019年シーズンは、宮本監督初のフルシーズン戦う年となった。広州恒大からキムヨングォン、ブリーラムから青山直晃、熊本から田中達也、開幕直後にはスペインからダビドコンチャを獲得した。

リーグ前半戦はなかなかチームとして安定した戦いが出来ず13位に終えると夏にドイツから宇佐美貴史が2年ぶり、イングランドから井手口陽介1年半ぶりに復帰した。またスペインからマルケルスサエタを獲得した。一方で、得点を量産していたファンウィジョ、今野泰幸が磐田、藤本淳吾が京都、オジェソクがFC東京、中村敬斗がトゥエンテ、食野亮太郎がマンチェスターシティ、米倉恒貴が千葉に移籍しチームの再構築を余儀なくされた。

リーグ後半戦は9月まではなかなか調子が上がらず、最終的7位にフィニッシュした。


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