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「さみしさのけんきゅう」(月波与生編短詩集1『さみしい夜の句会』を読む)



「さみしさ」とは一体何だろう?

拾ってきた仔猫を動物嫌いの父に捨てられた時、あの日母親に帰ってくるなと言われた時、「あの子と遊んじゃダメよ」と言われた時、はじめて友を殴った時、一人寝の部屋でビールを呷る時、何も言わず女に出ていかれた時、ある日突然歯が欠けた時、何がさみしいかわからないのに声を殺して泣いた時、、、ぼくはとてもさみしかったと思う。さみしさは人それぞれ違うけれど、その根源にはあるはずのものが欠けていて、求めても得られない時に感じる「欠落感」が源にあるのではないだろうか。ご存知のようにこの星の多くの生物は多くの余分なコストを掛けてまで遺伝子多様性を担保する有性生殖を行って繁殖している。「さみしさ」とはぼくらの祖先が雌雄に分かれる選択をした時に生まれた感情なのではないかと思っている。古い歌にもあるように男と女の間にある深くて暗い河こそがぼくらの「さみしさ」のふるさとなのだ。

以前からTwitter上で柳人月波与生さんが主催され、さみしいときにいつでも誰でも参加できる句会『さみしい夜の句会』の存在は知っていたが「さみしい夜」というメランコリックな一語に怯んでしまい、踏み入れる事をして来なかった。しかしこの六月、月波与生編短詩集1『さみしい夜の句会』として一冊のアンソロジーが出版される事となった。驚いたことに月波さんは時を同じくして出版レーベル「満点の星」を立ち上げ、川柳を中心としたさまざまな出版活動を行うと言うので応援も込めて早速注文したのだった。参加メンバーを見れば見知った顔が多い。さて彼らはどんな色をしているのだろう。


目が覚めるたび枕辺にある芒     蔭一郎
鳥籠のどれほど広い夫の背      千春
ウレタンのぼくが歩いてくる僕だ   岡村知昭
痛くない愛され方がわからない    東こころ
撫ぜるたびひかりに傷をつける指   西脇祥貴
狩るならば誓いをひとつ置いてゆけ  紺野水辺
寒蝉や手よりドクターヘリ落ちる   菊池洋勝
ふるさとを燃やすマッチを買いましょう徳道かづみ
椿まで一メートルの墓でした    いなだ豆乃助
花びらに沈むわたしの着地音     城水めぐみ
前世の名で呼ばれたい雪の朝     砂狐
午前二時半 猫を肴に        木之下惠美
本棚に挟まったまま亡父の指     石川聡
どうしても言葉にしなきゃだめですか 海月漂
天高く詩神の声が聞こえない     月硝子
すぐ冷める湯船を漕いで無月まで   鷺沼くぬぎ
骨の音はほめられた         石原とつき
梅にほふ男が弱音吐く時は      伽羅
おっぱいを浮かべたときは泣くでしょう 西沢葉火
左向きの肺が凍みつく黄昏      天やん
にんげんの消費期限の夕茜      涼閑
火照るまま君の故郷の桃喰らふ    花野玖
蛙鳴く夜汽車の怒号の下にゐて    高瀬ニ音
布団から手をだし川に触れている   湊圭伍
お使ひの子の白息を濃く戻る     hyuutoppa
婦人科の角で向日葵焦げてをり    小沢史
発狂をしていない句に詠むこぶ茶   川合大祐
えっちな詩を書いていますとご挨拶  木野清瀬
もう父は月の薄さに気づかない    月波与生


みんなさまざまなさみしい形をしていたがその一句一句の訳を問うことは無い。彼らは不自由な翼を使い欠けた半身を探し続け、見つからないと嘆き、泣き叫んでいる。しかし彼らのさみしいはここに一冊のモニュメントとなったのだ。これは特筆すべきことではないか。月波さんは過去自殺予防の電話相談員をなさっていたそうだ。自らの身を削り、心を削り相談者の希死念慮を呑み込むうちに疲れてしまったのだという。ネットが広がった現在、孤独と孤独を繋ぐツールとしてのTwitter上で句会を持つ意味を彼は誰よりも分かっている。 この一冊は思うより重く乾いていた。

里俳句会・塵風・屍派 叶裕

※この本は「満天の星」(https://mantennohosi.official.ec/items/63434778)より購入できます。宜しかったら手に取ってお読みください。また、Twitterで「#さみしい夜の句会」のタグを付けて書き込めばいつでも好きな時に投稿できます。興味のある方はTwitterで「さみしい夜の句会(@lonelygathering)」を検索してみることをお勧めする。


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