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岸田首相NPTスピーチを聞いて「日本の意志は何か、もう一度確認を」

現在開催中のNPT(核不拡散条約)再検討会議の1日目、「一般討論演説」において、岸田文雄首相がスピーチを行いました。議場で生でその訴えを聞いた者(若い世代)として、発言の受け止めをまとめました。

岸田首相の発言全文と要旨

日本語版 英語版

冒頭、ウクライナ侵攻によって核兵器のない世界への道のりがさらに険しくなったが、広島出身の首相として、あきらめることはないと表明しました。その上で、「核兵器のない世界」という「理想」と「厳しい安全保障環境」という「現実」を結びつけるための現実的なロードマップの一歩として、「ヒロシマ・アクション・プラン(広島行動計画)」を発表しました。柱は次の5つです。
1 核の不使用の継続。ロシアの核使用の威嚇を非難。
2 透明性の向上。核分裂物質の生産について、FMCTの交渉開始の機運を高める。
3 核削減の傾向の継続。米ロ・米中の二国間対話を促す。CTBTの首脳級フレンズ会合を開催予定。
4 不拡散と平和利用。北朝鮮を批判し、原子力安全性を高めるために国際社会と連携。
5 広島、長崎訪問を通じた核の実相の理解促進。国連に基金(1000万ドル)を拠出し、若者の軍縮教育促進を図る。

また、国際賢人会議を11月23日に広島で開催予定であること、来年のG7を核の惨禍を繰り返さないコミットメントの場にすることなどを表明しました。最後に、持参した赤い折り鶴を掲げ、佐々木禎子さんのエピソードを紹介しました。

文雄が鶴を出したとき、なんだあれ、という顔をする高橋

出席したことは評価できる
岸田首相のNPT再検討会議における演説は日本の総理大臣としては初でした。もともと外務大臣など担当相クラスの会合なので、首相参加は異例です。それは、首相の思いの表れとして、評価できるでしょう。軍縮教育のための資金拠出ということも価値があります。

その上で、3点、岸田首相のスピーチにおいて不十分なことを指摘したいと思います。

非人道性への言及
第一に、せっかくニューヨークに来たのですから、自らの口で、核の非人道性に言及してほしかったと思っています。岸田さんは、核兵器が何をもたらすか、よく知る国の被爆地から選出されているのです。スピーチの中に「非人道性」というワードは出てきませんでした。被爆者と言及し、被爆体験を紹介することもできました。実際にフィジーやマーシャル諸島は自国の核被害者の体験をスピーチの中で紹介していました。
また、岸田さんの3ヶ国後に発言したデンマークのJeppe Kofod首相は、ジェンダー平等の重要性について言及しました。ジェンダーや気候変動が、核兵器の問題を考える上で必須の視点であることを、そろそろ日本も言及すべきだと思っています。
近年、「非人道性」が、「核兵器禁止条約」とほぼイコールになり、禁止条約への関連を避けるためだと考えられます。しかし、「非人道性への言及」は粘ってほしい、最も強く主張すべきポイントだったと思います。その意味で、核兵器禁止条約に言及しなかったことも残念です。

スピーチを聞く高橋

「橋渡し」について
第二に、非保有国と保有国の「橋渡し」を意味するような表現がほとんどでてきませんでした。「橋渡し」については(現状、日本政府が行っていることが決して十分ではないと私は考えていますが)、それでも様々な背景を持つ国々とコミュニケーションするという意味で重要です。
今回も、核兵器禁止条約締約国会議にも参加していない、などの理由から批判を招くことを懸念して、言わなかったのかもしれません。しかしこれまでの主張を丸めて、ひっこめるのではなく、主張をし続けるために何をすべきか考えるべきだと思います。具体的には日本の自己矛盾と向き合うということです。

結果として、公式見解を繰り返した印象でした。ウクライナ侵攻などで緊張感は高まり、核保有国は内向的になり、「橋渡し」は非常に難しくなっていたと思います。そして核兵器禁止条約締約国会議に参加しなかったことで、非核保有国を中心に失望を招きました。今回のスピーチはその失望や残された期待を取り戻すチャンスでした。

もともと岸田さんは首相就任以来、「橋渡し」という表現をほとんど使っていません(ほとんど、というのはすべてのスピーチを調べているわけではないからです)。代わりに「核兵器禁止条約は出口として重要だ」と、前政権よりも前向きな表現をしています。

核兵器そのもの(核抑止)を否定できるかどうか
第三に、メインの問題を直視していない、ということです。
CTBTも、FMCTも、軍縮教育も、いずれも大変重要です。しかし、「今じゃないよね」と感じます。つまりそれらはサイドの問題なのです。核となる「メイン」の問題は、核兵器そのものを否定することです。
そしてそれは、核抑止と正面から向き合うことでもあり、核兵器のない世界と、一方で核抑止に依存すること、その矛盾を正直に認めて、でも「双方の考えを聞くためにこうことをしていく」と訴えればよかったのではないかと思っています。

残念ながら、スピーチは表面的なもので、世界の国々に連帯のメッセージが届いたとは思えない、というのが現場にいた私の感覚です。それは連帯を促すものではなく、「主張を繰り返すもの」にとどまったからです。「何を述べたか、実現のために保有国に軍縮を迫り、非保有国と連帯し、汗を流す」という行動が重要なのだと思います。

私たちは日本政府に、奇抜なアイディアを求めているわけでもなく、一夜にして大変革を望んでいるわけでもありません。曲がりなりにも日本の意志を貫けるかどうか、それを見ているのです。その意志はどこに根差しているのか、遂行のために何を進めていくのか、市民社会の立場から、要請し続けたいと思います。


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