HeroMakers第二期を終えて
経済産業省の「未来の教室」実証事業であるHero Makersに参加した。第一期(2018年)から第二期(2019年)の活動と変化をまとめる。
1.教育改革は難しい(第一期の取り組み)
Hero Makers第一期を終えての感想を一言でまとめるならば、「教育改革は難しい」だ。
一期を終えて、生徒の学びに対する姿勢は良くなった。10人以上の生徒がプロジェクトチームとして活動し、理想の学びについてディスカッションを行ってきた。活動は校外にも広がった。学校を超えて高校生同士がつながり、主体的に活動するようになった。これまでの私の経験で見られない生徒の姿だった。
では、学校はどうか。一期の最終発表のあと、「よし。生徒が自分たちで学びを求めるようになったぞ。この動きを学校に広めていくぞ」と思っていた。そこで学校に様々提案をしてみた。「生徒が『こういう授業を受けたい』って言っています。実現しましょう」「外部と連携しながら新しい取り組みをやりましょう。まずは生徒、教員、企業を交えてのミニ勉強会やりませんか」と提案したが、それらは通らなかった。私がイメージした教育の形は、校内で何一つ実現しなかった。
だから、「教育改革は難しい」。
なぜ私が失敗したか、考えてみた。
一番の原因は、組織は急に変われないことを理解していなかったことだ。私は、よいアイデアや取り組みは、学校に取り入れてもらえ、すぐに変わるものだと勘違いをしていた。しかし、現実は違った。学校には、管理職、教員、生徒、保護者、企業、NPO、OB・OG、行政など、多様な人が関わっている。ステークホルダーが多いため、新しいことをやろうと思っても、実行に至るまで時間がかかる。議論を重ねないまま、何かをやろうとすると、当然反発が起きる。なかなか、学校は変わらない。
メンタリストDaiGoが「組織におけるイノベーション」についての考察を述べている。以下にまとめる。
イノベーションは、一気にやるのと、じわじわやるのとでは、どちらの方が組織にとってよいか、ということを調べた研究(“Racing and Back-Pedalling into the Future: New Product Introduction and Organizational Mortality in the US Bicycle Industry, 1880-1918”)によると、四年くらい時間をかけて、古いやり方を残しながら、徐々に新しい方に移行していった方が業績もよかった上に、変化のあと飛躍が起きた。一方、あまりにも変化を求めすぎた会社はつぶれやすいということが分かった。また、変化を嫌い過ぎても、つぶれやすいことが分かった。古いのと新しいのを両方混在させて残した状態を四年間キープして徐々に古いルールを減らしていって、新しいものを入れていけば、変化しやすいし、業績もよくなった。
組織が変わるには、四年くらいの時間がかかる。研究結果からも、私の失敗体験からも、組織を変えるには時間がかかることを改めて実感した。
2.できることを小さく始めよう(第二期の取り組み)
一期での失敗を活かし、二期で意識したことがある。
まずは、「学校改革には時間がかかることを覚悟する」こと。
次に、「ゆっくりと時間をかけながら、議論を重ねる」こと。
最後に、「できることを小さく始める」こと。
第二期での取り組みを以下に書く。
(1)学校
2019年度に入り、新教育課程編成委員会という教員チームが作られた。令和四年度の教育課程を編成する集まりだ。私もそのメンバーになった。
通常の学校であれば、この委員会は、各教科で必要な単位を出してもらい、卒業に必要な単位を埋める、という流れだ。委員長を筆頭に、「単位の取り合いではつまらないから、新しい取り組みをしよう。どうすれば新しい学校づくりができるだろう」と議論をしてきた。
それから、様々な教員研修が始まった。「これからの生徒に身につけさせたい力は何か」を話し合った。教育ドキュメンタリー映画「Most likely to succeed」を視聴した。ゲストを呼んでカリキュラムマネジメントについて講義してもらった。先進校視察として、30人以上の教員が全国の学校へ視察に行った。管理職を含めた全教員がチームに分かれ、理想の教育課程を編成し、プレゼンした。これらの研修により、全職員が学校づくりに関わることができた。学校全体に、「学校を変えよう」という雰囲気が徐々に醸成されていた。
(2)生徒
第一期で実現しなかったが、第二期で実現したものがある。それは、生徒が学校づくりに参画することだ。去年は提案しても通らなかった。今年、再度提案した結果、会議を通過した。
9月、チラシを各クラスに掲示してもらうと、18名の生徒が申込みをしてきた。以来、「不動岡魅力化プロジェクト」として始動した。
プロジェクトメンバーは、課題意識が重なるメンバー同士でチームを組み、全校生徒にアンケートをとったり、インタビューを行ったりするなど、活動を進めた。12月、メンバーは、「大学や企業経営者は、理想の学びをどう考えるのか」を知るために、アイデアソンを行った。大学教授、経営者、教育関係者という多様なメンバーとディスカッションをすることで、課題の深掘りができた。1月、Hero Makers第二期の最終発表で本校生徒が登壇した。半年間の取り組みや変化を英語で堂々とプレゼンした。さらに生徒は、管理職や職員とも意見交換を行い、活動を進めている。2月に全校生徒、教員に、「理想の学び」「魅力的な学校」についてプレゼンする予定だ。
徐々に学校に変化が見られてきている。教員同士、生徒同士、教員と生徒、生徒と企業人など、「どうすれば教育がよくなるか」をテーマに、議論をする場がたくさんあった。だからこそ、アイデアで終わらず、できることを小さく始めることができた。
Hero Makers第二期最終発表で、主催者である白川寧々さん(以下、寧々さん)が紹介していたスライド「変えることのできるものを変える勇気を与えてください。そして、変えることのできるものとできないものを見分ける賢さを与えてください」(「ニーバーの祈り」)に納得した。何でも変えようとしては駄目なのだ。変えられるものは、時間がかかっても、壁があっても、変える。そのようなマインドが学校改革には必須だ。
最終発表を終えたあと、もう一人の主催者である瀬戸昌宣さん(以下まささん)から、「最初の問いに戻る」とコメントをいただいた。
一つの小さな成果が出る。そしてまた、最初の問いを自分や周りに問いかける。「何がやりたいのか?」「なぜやりたいのか?」を何度も考え、議論しながら、徐々に変わっていくのが学校現場だ。
3.嫌なら動いて自分が変えればいい
Adobeの調査によると日本のZ世代(12~18歳)は、自分のことを創造的だと思う生徒は、わずか8%。(”https://www.adobe.com/jp/news-room/news/201706/20170629-japan-gen-z.html”)
生徒が、自分のことを創造的だと思えないのは、創造した経験がないからだ。立場の違う人に、本音で、本気で、自分の考えを主張したことがないからだ。
もう一つ、驚きの調査結果がある。生徒のことを創造的だと回答した教師は、わずか2%しかいない。教師が生徒のことを創造的だと考えない限り、生徒がクリエイティブになるはずがない。教師が生徒を創造的だと思えないのは、価値を創造させた経験がないからだ。
プロジェクトに参加した生徒は、どの生徒も創造的になった。課題解決に前向きに取り組んだ。以下、生徒の感想を載せる。
「このプロジェクトに参加する前にふと、「中学生のころにあれだけ憧れて入った不動岡なのに気づけば毎日学校のここが嫌だとか愚痴とか言ってるのはなんでなんだろう?」とか思ったことがありました。その時の自分が考えて出た答えは「人間は所詮そんな生き物だ。」でした。(中略)だけど、このプロジェクトに参加して「嫌なら動いて自分が変えればいい」っていう考え方に出会いました。それはすごく大変だけどなんかキラキラしてて、自分は周りと少し違うんだぞって思えて楽しかったし、今も楽しいです。」 (高2女子)
「私は本当の今の今まで人の意見に流されてばかりでした。(中略)高一の時は中学と違い周りに頭がいい人が多すぎて萎縮して自分を主張することができませんでした。でもそんな生活に嫌気が差したし、2年生になってクラスの友達に恵まれて自分を主張することが難しくなくなりました。今まで諦めていたことに手を伸ばそうと思えるようになりました。だから今回できている経験に今まで無かった充実感があります。これからも前に出ることを恐れずに行きたいです。」(高2女子)
最初から行動的だったわけではない。最初から主張することが得意だったわけではない。しかし、自らが行動をし変化を起こすことの楽しさを知った生徒もいれば、意見を主張することで充実感を得ている生徒もいる。
リーダーメンバーの一人が、プロジェクトの企画書に次のように書いた。
「生徒たちよ、今が変革のときだ。生徒と教師が共に同じ方向を向くことで、学校はより良くなるものだ。「やりたい」と思えば、それを「やる」場はあるのだ。学校を変えるのは、教師かもしれない。しかし、学校が変わるには誰が必要であるか。そう、「生徒」だ。声を上げよ、生徒共。より良い学校を求めるなら、自信を持って不満をぶつけろ。君たちの意識が変われば、先生の意識も変わり、学校も必ず変わる筈なのだから。」(高2男子)
彼らの感想や変容の姿を見て、アラン・ケイの言葉” The best way to predict the future is to invent it.”が頭に浮かぶ。「未来は予想するものではなく、創るもの」だ。
「未来の教室」を実現するためには、生徒にゼロからイチを創る経験を山ほど積ませなければいけない。学びの主役である彼らが、熱中し、主体的に課題解決できるように環境を整えることが、教師の役割なのではないか。これからの教育には、世界最先端の教育メソッドがあればよいのではない。ICTが整えば、優れた教室が完成するわけではない。もちろんそれが必要であることとは言うまでもないが、それ以上に重要なのは、教師と生徒のマインドセットが変わることである。自分の人生をどう幸せに生きたいのか、どのような世界を実現したいかを当事者意識をもって行動することである。
4.理想的な学びを実現するために
Hero Makersは、寧々さんとまささんが講師の教員プログラムである。二人から、具体的な手法を習ったものはない。それでも、全国の先生がワクワクしながら、教育改革に挑んでいた。生徒も自らの環境を変えようと、行動していた。生徒も私も、好きなことを自由にやって、結果として多くを学んだ。教わっていないのに、学んだ。
ふと、「寧々さんや、まささんが担任だったら、Hero Makersのような授業をするのでは?」と考えた。
最初はたっぷり、「なぜ?」「何のために?」「何がしたい?」を考えさせる。本人の自由に探究。教員は、どんどん手を放してしまう。あとは、途中経過を見ながら、成果物を出させる。この1サイクルが終われば、また「最初の問い」に戻る。たぶん、これが最強の学習だ。
なぜこのような学びが可能か。理想的な学びを実現するための条件を四つ考えてみた。
(1)本物の課題
(2)ロールモデル⇒ゲストスピーカー、教師
(3)伴走(ペースメーカー)⇒教師
(4)仲間⇒クラスメイト
Hero Makersには、二人の講師のほかに、大島恵子さんという女性がメンタリングを行ってくれている。本校生徒の中に、大島さんのメンタリングを2回受けただけで、進路イベントを実現させてしまった生徒がいるくらい、プロジェクトを進める上ではかけがえのない存在である。「こっちで頑張ればきっとうまくいくよ」「こういうアイデアもあるのでは」と方向性を示してくれている。寧々さんやまささんが、ロールモデルならば、大島さんはペースメーカーである。こういう環境だからこそ、生徒や私はプロジェクトを継続することができている。
学びにも、同じことが言える。
教室であれば、教師はロールモデルとして、あるいはペースメーカーとして、生徒と接する。クラスメイトがプロジェクトに取り組む仲間だ。そのような環境下で、学習者は安心して失敗できる。挑戦し、創造できる。
これから学校は、知識を得る場から、価値創造の場へと変わる。教師は、教える人から、伴走者へと変わる。
Hero Makers第二期を終えた今、誰でも理想の学びを追究できる場を、学校内にも学校外にも、創っていく。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?