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場が定まると、おのずから整う #変化を常に#まなびの人生設計図

子どもから大人になる。
生まれ育った家という空間と文化から社会にでていく。

私は昭和56年に生まれた。私が生まれ育った家は、小さな段ボールの紙器工場を家族だけでしていた。祖父、祖母、父、母、家のすぐ隣に工場があったので、朝昼晩といっしょにご飯を食べ、じいちゃんは5時くらいには相撲をテレビでみるので、5時半くらいにはご飯がはじまる。相撲をみて、野球をみて、時代劇をみてと、昭和だな~という家で育った。学校の友達の親はみんなサラリーマンばかりだったと思うので、まぁ「うちはうち」というよく言われていた気がする。一方で、日曜日は、父母兄弟とおでかけする日となっていて、友達と遊んだ記憶より、家族ででかけていた記憶のほうが多い。

一番近い公立高校と一番近い国立大学に進学したので、未成年のうちは基本家がベースだったけれども、大きくなるにつれて外へ出ていくことが多くなった。

巣立つ

慣れ親しんだ場所から、新しい場所へ、ずっと元々生まれ育った場所に暮らしていても、慣れ親しんだ関係性から、新しい関係性へ

足元がぐらぐらと揺れる経験をしていく時期、不安定な感覚に不安を覚える時期でもあるかもしれない。

そして、今、自分は旭地区にいる。2010年移住してから丸12年たった。2003年に、大学在学中に起業した株式会社M-easyももうすぐ20年。当時から20年いっしょにいる嫁さんと結婚して12年。長男がうまれ、長女がうまれ、次男がうまれ、次女がうまれ。地域のかかわり、仲間たちがふえ、たくさんの人たちにお世話になりかかわってもらい40歳。だからこそ、今、ここに自分がいることを実感する。

場が定まると、おのずから整う。

それは、住んでいる場所かもしれないし、人かもしれないし、役割かもしれない。定まることでまわりだす。

定まりながらかわっていく。

定まるは、「定める」ではないような気がしている。40年の人生の中で定めたといえることは、嫁さんと結婚したことだけかな。

「定まる」には、どういうありかたが大切なのだろうか。どう思いますか?

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