ボーカロイドの城塞
「ボーカロイドが好きかどうか?」という問いは音楽の本質を損なっているのではないのか。
と疑問に思ったことがあります。
私がtwitterでボーカロイド界隈の人たち、ボカロPやら所謂聴き専という人たちと繋がりを持ってみて驚いたのはほとんどボカロしか聴かないという人が相当量いるんだということです。
そしてその逆も然りで、私の友人には「ボーカロイドは聴かない。」という人も結構います。
音楽についてボーカロイドかそうでないかでの区分けはジャンル以上に高い壁でもって行われているように感じます。
今、ネット音楽の時代においてボーカロイドというコンテンツは非常に閉鎖的で独立した城塞のようにネット上で構成されているように見えます。
それがボーカロイド繁栄の要因であり、衰退の原因でもあると私は考えます。
ボカロファンの人たちにはその閉鎖的な状態がとても心地いいのだと思います。ラブライブやAKB、ジャニーズなども同様にファンでコミュニティーを形成していて、SNSが普及している今その繋がりはとても広がりやすく、結束も強まりやすくなっています。
逆にアンチボカロの人たちはそんな閉じたコミュニティーに対して一種の気持ち悪さを感じているように見えます。
別にボカロが好きな人がボカロしか聴かない。ボカロが嫌いな人がボカロを聴かない。それに関してはなにも問題はないと思います。
ただ純粋に音楽としてボーカロイドの楽曲もそうでない楽曲も楽しみたい中間層がいるということ。また本当はそこに属する予備軍が多分にいるだろうということに関して、ボカロとボカロでないものの壁を取り払った大きな場所があればいいのになといった風には感じました。
私の友達に「別にボカロが嫌いってわけじゃないけど、そんな好きな曲はないかな。」という人がいました。かつての私もそうだったのですが、ボカロ=ランキング上位曲というイメージがとても強くできています。外から表面的に見るとランキングしか見えず、そこで合わないと思って引き返してしまう人がたくさんいるのです。しょっぱなからアンビエントのボーカロイド曲を聴く人はそうそういないでしょう。
ボカロというコンテンツは本当はいろいろな料理を提供できるのに看板に「うどん」と書いてあるレストランのようなものだと思います。うどんを食べたい人たちがどんどん中に入って行って、結局ランキング上位はうどんが占める。ほんとはラーメン、パスタから原住民の食べるようなものまでなんでも揃っているのに。
この現状は一音楽ファンとして非常にもったいないと感じます。
そう感じるぐらいおもしろいボカロPがたくさんいて、おもしろい曲が転がっています。
ボーカロイドが複合コンテンツとして分離した状態も面白いし、いいところもいっぱいあると思います。
ただボーカロイドとか抜きにして音楽がジャンル分けされた場所もあったら絶対面白いのにな。
いろんなごちゃごちゃを取り払って、純粋に音楽が楽しめる場所もあったらいいのにな。
そう思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?