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【小説】彦星のレッド・バード

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> 001 - 織姫のマリッジブルー

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

・2014年7月4日(金)

bar Altairは、商店街の奥まった場所にある小さなスタンディングバーだ。
今日はマスターは留守で、女性バーテンダーの歌乃さんが一人でカウンターに立っている。

7月7日にプロポーズする。
その覚悟を決めるためにここに来た。


歌乃さんはカウンターの向こう側での話をいつも笑顔で聞いていて、たまにぽつりと漏らした言葉で勇気づけてくれる。

最近娘さんが生まれたとか、実は売れっ子イラストレーターと兼業だとか、実は元アイドルだったとか、お店のファンの間では色々なウワサに事欠かないが、自分のことを多くは語らないので細かいところは不明である。

「赤星さん、いらっしゃい。外は暑かったでしょ?」
「ホント、ヒドイ湿気でしたよ。
 ・・・ここはクーラー効いてて涼しいや」

ランプシェードに、濃淡の揺れる明かりが浮かぶ。
薄暗い店内、三段になった棚に並ぶシングル・モルトの瓶。
数えきれない、いろとりどりのリキュール。

先客がいた。
若い男女の二人組。

女性のほうは俺と同い年くらいに見える。
ずいぶんと酔っ払っているようで、傍らの男性にもたれかかりながら小さく船を漕いでいる。
男性のほうはもう少し若いだろうか。
端正な顔立ちにちょっと困ったような、嬉しいような表情を浮かべ、いとおしげに女性を見ている。

「横、失礼しますね」
「あ、どうぞどうぞ」

男性のほうに声をかけると、彼は人好きのする顔ですこし笑い、カウンターにスペースをあけてくれた。

「そちらの方、だいぶ飲まれてるみたいですけど大丈夫ですか?」

ちょっとおせっかいかな、とも思ったけれど。

「ありがとうございます。
 …このひといつもこうなんですよ。
 そんなに強くないクセにね」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で「だからほっとけない」とつぶやく。
表情はまんざらでもない、もとい、とても幸せそうだ。
微笑ましい。

「歌乃さん、なんかこの蒸し暑さを吹き飛ばせるようなカクテルもらえません?」
「そうですね…。
 赤星さんはハードリカーお好きでしたよね。ウォッカ、いきます?」
「いけます、気つけになりそうなヤツを一杯ください」

オーダーを受けた歌乃さんは、ピアノを奏でるような手つきでグラスを取り出した。
バースプーンと氷の揺れる音、淀みなく回る赤い液体はトマトジュースだろうか。
目を閉じると真っ暗闇のなかで風鈴が揺れているような錯覚に陥る。
BGMはラプソディ・イン・ブルー。
赤い、真っ赤な風鈴がゆらゆら揺れている。

「はい、おまたせしました。レッド・バードです」
「レッド・バード?」
「トマトジュースをウォッカで割ったカクテル、ブラッディメアリに、黒ビールを加えてステアしてます」

トールグラスに注がれた赤い鮮血のような液体は、見た目に違わず、口の中に突き刺さるような苦味と刺があった。

「っ!キツいっすねコレ。赤い、血まみれの鳥ですか?」
「カクテル名の由来は鳥ではない、とのことでした。
 でも、私は太陽を裂いて翔ぶ鳥をイメージして作ってます」

にっこり笑顔を浮かべる歌乃さん。
太陽、赤い果実、トマトを引き裂いて翔ぶ鳥か。苦いなぁ。
なにかの暗示だろうか?

「赤星さん、これから決闘にでも行かれるような顔をしてたから」
「…あー。えー。うん、決闘というか。。。」

バレてるなぁ、これは。
このひとには、絶対勝てない気がする。
そうして、俺は歌乃さんに打ち明け話をはじめた。

15歳で彼女、姫川伊織に告白したこと。
ほんとうは大学卒業したらすぐに結婚しようと思っていたこと。

でも『七夕の夜、星空の下で織姫と彦星が出会ったら、結婚してください』という、今思い出しても赤面して憤死しそうになる言葉。そして、天候に祟られていることが原因で、なかなかプロポーズが出来ず、とうとう5年目に突入してしまったこと。

「…あの告白が、呪いになっちまってるんです…って、なんで笑ってんですか」

歌乃さんは、口元に細い指を当て、片目をつぶって笑いをこらえる表情になっている。

「赤星さんて、ずいぶんカワイイひとだったんですねぇ」
「んなっ!?」

同時に、横でぶっ!と吹き出す音が聞こえた。
どうやら、男性のほうが、同じく笑いに耐え切れずに吹き出した模様で。

「す、すいません、盗み聞きのつもりはなかったんですが」

まぁ、こんな狭いスペースでナイショ話もなにもないんだけどさ。

「…やっぱ、こんなことで悩んでるのってカッコ悪いですよね」
『いやいやいやいや』

情けない気分でため息をつく俺に、歌乃さんと男性の二人が揃って否定する。
そして、何故か横に座っている女性の目が座っているように見える。

「カッコ悪いなんて全然思ってないですよ。
 僕なんか、このひとに告白するときずいぶんと『ルール違反』をしちゃったクチなんで」
「ルール違反?」
「ええ、バレンタインにですね、逆告白をしちゃいまして」
「…はぁ」

話には聞いたことがあるけど、ホントにやる奴がいるとは。
人畜無害そうな顔をして、コイツなかなかの策士なのでは?

「なので、自分が決めたルールを律儀に守ってるのって、それはそれでカッコいいなぁとか思うんですよ」
「…そういう解釈もあるの?」
「いや、ちょっと待てェ!」

横に座っていた女性が、突然野太い声でクチを挟んできた。
恐らく酒灼けでヒドイことになっているのであろう声。
彼氏を押しのけてこちらに向かってぎろり、と真っ赤な目で睨め上げる。
 
「さっきから黙って聞いてりゃアンタ!
 そのでかいガタイで何情けないこと言ってんのよ!!」

なんだ、寝てたわけじゃなかったのかこの人。

『7月7日お天気が良かったらその年に結婚してくださいね』だとォ!?
 他力本願にもほどがあるってのよ。
 そんなもん告白じゃなくて願掛けよ!」
 
しかもしっかり話の内容理解してる模様。
なんて器用な。

「ああもう、すんませんホントすんません!」
「離せ!このメルヘンゴリラにあたしが引導渡してやらにゃ!!!」

細い体のどこにそんなパワーがあるのか、いまにもこちらを噛み殺そうとする彼女の頭と肩をぐわし!と掴んで、彼はそのまま彼女を入り口まで引っ張っていった。

「中村さん、コレで!じゃあまた、失礼します」
と、1万円札を一枚。

「大丈夫ですよ、ハヤマさん。
 お釣りは次回いらしたときにお渡ししますねー」

「乙女の純情にも賞味期限ってモンがあるのよーー!!!!」

獅子の(断末魔の)雄叫びが狭い店内に響き渡った。

「…ほかにお客さんいなくて良かったですね」
「ええ。コウジョウさん、女性のほうのお名前ですが、最近ずいぶんお疲れでしたからね」
「常連なんですか?あの二人」
「そうですね。最近よくいらしていただいてます。
 さすがにお初のお客様でああいうのは…ね」

うわぁ、でも怒っていらっしゃる。。。くわばらくわばら。

ところで、ハヤマ、ハヤマか。
この店に連れてきてくれた上司の苗字が「羽山」なんだけど。
そんなにいる苗字じゃないよなぁ。

「…まさか、ね」

二人分のグラスを拭いている歌乃さんを横目に、まだ冷たい赤い鳥を口に含む。
えぐみの強いトマトジュースと苦いビール、刺さるようなウォッカの味は、全く損なわれていないようだった。

「お悩み、解決しそうです?」
「なんとか、おかげさまで」

なんだかんだで、背中を押してくれたあの二人にも心中でお礼を言いながら。

「この店。アルタイルって、星の名前なんですが「飛翔する鷲」ってイミもあったりするんです」
「ああ、そういえば、わし座のアルタイル」
「7月7日に雨が降って川が氾濫してたら、馬鹿正直に渡ろうとしないで、翔んじゃえばいいんですよ」

ぴっ、とクラシックなデザインのショップカードが目の前に置かれた。
真っ赤な鳥をデフォルメしたロゴデザイン。

赤い太陽を二つに割り、その嘴と、その両翼で雲を引き裂いて翔ぶ、真紅の鷲が脳裏に浮かぶ。

「…それから。
 七夕に降る雨は催涙雨と言って、織姫と彦星が再会を喜んで流す涙なんだそうです」
 
歌乃さんは、にっこりと笑って続けた。
 
「結局、喜びの雨にするか、悲しみの雨にするのかは、赤星さんがこれからどう翔ぶか。それだけのことだと、わたしは思います」

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

・2014年7月11日(金)

bar Altairは、商店街の奥まった場所にある小さなスタンディングバーだ。
今日もマスターは留守で、女性バーテンダーの歌乃さんが一人でカウンターに立っている。
 
「実はさ、先週ここでプロポーズの相談してたんだよ」
「…まったっ、馬鹿正直にそんなことわたしに言わないでよもぅ」

一週間前と同じ場所に俺は立っていた。
今度は彼女…今は婚約者になった伊織を傍らに連れて。
バーは一人で考えにくるところなので、そういえばあんまり一緒に連れてったことはなかったか。
かなり緊張しているご様子。

もろもろの顛末を説明したところ、伊織はゆでダコのように真っ赤な顔になっている。
うん、これはこれで可愛いな。

「赤星さん、姫川さん。ご結婚おめでとうございます」
「や、気が早いですよ!まだあと一年も…」

シェイカーを降っていた歌乃さんが、伊織の前のバーカウンターにショートカクテルグラスを置いた。

「オリジナルカクテル『織姫』です。
 シンデレラをベースにピーチを加えています。
 お祝い代わりに一杯、奢らせてくださいな」
「え、えーと!?ホントですか?あ、ありがとうございます」
「赤星さんは?」
「じゃ、レッド・バードを一杯。ウォッカちょっとうすめで」

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■カクテルレシピ:

・レッド・バード
http://www.asahibeer.co.jp/cocktailguide/search/?CMD=onEdit&ID=1010400488

・シンデレラ
http://www.asahibeer.co.jp/cocktailguide/search/?CMD=onEdit&ID=1010400468

■スペシャルサンクス 

ならざきむつろさん
なかむら歌乃さん
凪沙さん

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本小説はすべて無料でお読みいただけます。
投げ銭いただけると、佐伯がアイスの実を食べて明日も無事に生き延びられると思います。

未読の方は、前編、「織姫のマリッジブルー」とセットでお読みになるとよりお楽しみいただけるかと思います。
ちょっぴり改稿しているので、既読の方もお時間あればどうぞ。

https://note.mu/yusa/n/neb70ea42e605

「彦星のレッド・バード」あとがき座談会

・赤星 春彦(以下、彦)
・姫川 伊織 (以下、織)
・羽山 翼 (以下、翼)
・江城 里香 (以下、里)
・佐伯 有 (以下、有)
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-- 自己紹介 --

春:「改めまして、主人公のハル、こと赤星春彦です」
織:「「織姫」では自己紹介してなかったね。姫川伊織です。」
翼:「佐伯さんところでははじめまして、羽山 翼です」
里:「…同じく、江城 里香です」
有:「みんなの飼い猫、佐伯 有です。
   というわけで、ならざきむつろさん作
   「羽山くんとわたしのはなし」より、
   主人公のお二人にお越しいただきましたー!」

織:「それにしても、ならざきさんよくOK出したわね。
   佐伯に勝手にキャラいじり倒されるとか思わなかったのかしら」
翼:「むつろさん本人も『思いつきで書き始めた』って言い切ってましたから
   大丈夫じゃないですか?」
春:「うちらふたりもまごうことなき思いつきだし。
   練ればいいってモンでもないんじゃない?」
織:「インスピレーションと雑を同義語として扱われてもなあ。。。
   って、里香さん、さっきから暗いですけど、二日酔いですか?」
里:「…先日、羽山くんの家でご両親に大変な失礼をやらかした上、
   人様のところのbarでまた失態を。。。。
   もうやだ、わたし消えてなくなりたい。。。」
織:「あわわ、大丈夫ですって。
   前作織姫、と彦星で、我々ふたりもきっちり恥かいてますから」
有:「そうそう。
   この座談会は別名『恥のどぶさらい』なので」
里:「やだー!もうやだー!」
翼:「…佐伯さん、あんまりチーフいじめると、
   …ならざきさんにあることないこと報告して
   短編書いてもらいますよ?」
有:「(うお、こええ)冗談はさておき。
   ならざきさんにはOKいただいたものの、
   人様のキャラクターをお借りして書くことの難しさを痛感しましたね。
春:「過去エピソード盛り込んだり設定を掘り下げたりって必要あるしね」
有:「そうそう、note内で読者層がカブってるってのもあって、
   キャラクターが『言いそうにないセリフ』や
  『取りそうにない行動』はタブー」
織:「その点はならざきさんご本人から『まんまあの二人』
   ってコメント頂いたから、一応及第点だったってことね。
里:「ま、まんまなんだ、やっぱわたしまんまなんだ・・・」
翼:「チーフ!そんなことないですよ」

春 & 織 & 有:(…可愛いなぁ)

-- なかむら歌乃さんについて --

有:「なかむらさんにご登場願ったのは、
  『織姫』のコメント欄で催涙雨の話題を出してくれたから。
   当初こんなに動いてくれるキャラになるとは思ってなかったんですが、
   書き終えたらもはや差し替えが不能なカッコいい女性に。
春:「うむ。歌乃さんの扱いについては、今回佐伯よくやったぞ」
織:「ハル、あんた主人公のクセに今回もたいして動いてなかったけど、
   それで良かったの?」
春:「憧れの歌乃さんがちゃんと目立ってた時点で、
   俺の存在意義は達成されたと言っていい」
翼:(モブですね)
里:「春彦くんがこんなこと言ってるけど伊織ちゃんはそれでいいの?」
織:「??何がですか?」
里:「いや、婚約者が別の女の人を憧れの女性だとかなんとか言ってるあたり」
織:「あ~…。ハル、歌乃さんてどんな人?」
春:「尊敬する憧れの女性」
織:「わたしは?」
春:「唯一無二の愛する女性。ってなんの質問?」
織:「…ね?大丈夫でしょ」

里 & 翼 :(くっそ、10年熟成の天然リア充はこれだから…)

有:「…いやいやいや、アンタらもリア充度合いじゃ大差ないから」

-- タイトルについて --

春:気になってたこと、脱稿前のタイトル告知では、
  この作品「彦星のレッド・カード」って告知してなかった?
織:してたしてた。
  いつのまにカードが鳥に変わったの?
有:あー、それ聞いちゃいます?
翼:なにか深刻な理由でもあったんですか?
有:いや、そんなことはないんだけど。
  当初「彦星」で想定してた舞台は商店街のバーじゃなくて、
  新宿のガード下にある小汚い焼き鳥屋だったんだよね。
春:初耳。
  …ってことは歌乃さんも?
有:全然想定してなかった。
  周辺を固めるキャラクターは、
  鉢巻巻いた焼き鳥屋の江戸っ子おやじと、
  春彦さんの同僚の熱血馬鹿な友人A。
翼:(今の僕のポジション…危なかった)
有:で、その友人Aにこう言われて覚醒する春彦。
 「結婚するのしないのグダグダ言ってるんじゃねえ!
  いいか、お前の今のポジションは恋愛戦線では、
  イエローカード通り越してレッドカードだ!
  退場前にプロポーズしてきやがれ!」

里:…わたしだな、そのポジは
有:え、やっぱレッドカードのほうがよかったかな?
織:いやいやいや!今のままでいいから!

--- お礼とあがり ---

有:(そういえば)ありがたいことにこのお話
 「織姫」の売上が目標(2000円)に達したから、ということもあって
  お礼のために書きました。
  お買い上げ頂いた方々、また応援のコメント下さった方々、
  本当にありがとうございました。
織:結局いくらくらいになったの?
有:織姫が2600円(13人)、彦星が600円(3人)ってことで計3200円。
  凪沙さんに依頼したイラストが500円 X 2なので引いて純利益が2200円。
春:おー!結構売れてる、ありがたいなぁ。
有:ほんとホント。
  特に織姫/彦星の両方を買ってくださった方も。
  織姫のほうは座談会が有料コンテンツだったのでいいとして、
  投げ銭コンテンツって読んで満足しちゃうことが多いから。
織:次回作はどーすんの?
有:うーん、考えている話はまぁ、ある。
春:どんなの?
有:仮称:「葉月のアイヴォリー・ムーン」
  主人公は15歳、ピッチピチ中学生の春彦さんと伊織さん。
  視点切り替えのモノローグ形式か
  三人称形式かで迷い中。
織:またわたしら出るの!?
有:書くインスピが出てくるかってところもあるので
  お約束は出来ないのですが。
  (例によって)売上と反響次第では筆が動くかも。
春:あいかわらずあざとい。
有:(ふふふ)かまって欲しい時にかまって欲しい、
  買って欲しい時に買って欲しいと言えるのが
  飼い猫の特権ですに。

里 & 翼 :(天然あざとい系…)

--- ご挨拶 ---

有:さて、といったところで座談会お開きです。
翼:では、僕らもこのへんでお暇しますか。
里:そうね、むつろさんに
  こっちの二人もいじってくれるように言いに行かなきゃ。
春 & 織:(なんですと?!)

有:それでは皆様!

一同:ご読了、ありがとうございました!


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