【テキスト】お題:夏休み

ならざきさんの挑戦状を受けてみます。
元ネタはこちら。
https://note.mu/muturonarasaki/n/n1302d3ed591a

■夏の大三角

「じいちゃん、有った、有ったよ!」 
首に巻いたタオルで額のヤブ蚊を払った私に、隣で天体望遠鏡をつまらなさそうに覗いていたはずの孫の隼人が、突然元気良く声をかけてきた。 
「お?どれどれ――」 
私が隼人の望遠鏡を覗き込むと、漆黒の空に白く輝く星の姿が見える。 
「お、アルタイルだな」 
「アルタイル!――ってなあに?」 
不思議そうに私を見つめる颯に、私は笑う。 
「わし座のアルタイル。七夕の彦星さんの星だよ」 
「アルタイル!彦星?!やった!」 
私の答えに、隼人は対物レンズを握りしめながらバンザイした。勢いが良すぎて望遠鏡がふらつき、落ちそうになっている。 
「おいおい、壊すなよ」 
「うん!僕、お父さんも呼んでくる!」 
隼人がそう言って駆け去っていくのを見送った私は、改めて手元の望遠鏡を見つめる。
丸いレンズに区切られた中、浮かんでいるのは、紛れも無い一等星だった。 
「さて、どうしたものか」 
天文学者を辞して20年も経つ。
私は、天球儀に存在しない星を前に、タオルで額の汗を拭った。 


■甲子園のアンモナイト

「じいちゃん、勝った、勝ったよ!」 
突然、タオルを振り回しながら駆け込んできた孫の隼人は、居間で手に持った新聞をつまらなさそうに読んでいた私に、元気良く声をかけてきた。 
「お?勝ったってことは――」 
私が隼人の顔を覗き込むと、茶褐色に日焼けした顔に満面の笑顔が見える。 
「お、結果は顔に書いてあるな」 
「大勝利!――優勝だよ!!!」 
隼人の笑顔が伝染したように、傍らの颯と私も笑う。 
「そういえば、昔、哲郎の同級生が、甲子園の土にアンモナイトが埋まってたって話していたが、見たか?」 
「アンモナイト?!うそ?!知らなかった!」 
私の冗談に、隼人は拳を握りしめながらへたり込んだ。
試合の余韻と疲れが一気に出たようで、まだふらついている。 
「おいおい、気をつけろよ」 
「うん!あ、そうだ、オヤジにも報告してくる!」 
隼人がそう言って駆け去っていくのを見送った私は、改めて足元の真っ黒なスポーツバッグを見つめる。
くしゃくしゃのバッグは、あいつの泥だらけの笑顔にそっくりだった。 
「さて、夕飯は何を食わせてやろうか」 
私は一人呟くと、足元にほおり捨てられた赤茶けたタオルを拾った。

ならざきさんのオリジナル文章はこちら:

「じいちゃん、有った、有ったよ!」 
首に巻いたタオルで額の汗を拭った私に、隣で手に持った石をつまらなさそうにハンマーで小突いていたはずの孫の隼人が、突然元気良く声をかけてきた。 
「お?どれどれ――」 
私が隼人の手元を覗き込むと、茶褐色の石の表面にうっすらと菊のような模様が見える。 
「お、菊石だな」 
「菊石!――ってなあに?」 
不思議そうに私を見つめる颯に、私は笑う。 
「あちらの言葉ではアンモナイト、だったかな」 
「アンモナイト?!うそ?!やった!」 
私の答えに、隼人は石を握りしめながらバンザイした。勢いが良すぎてふらついている。 
「おいおい、転ぶなよ」 
「うん!僕、お父さんに見せてくる!」 
隼人がそう言って駆け去っていくのを見送った私は、改めて手元の石を見つめる。
石に浮かんでいるのは、何かの骨のようだった。 
「さて、どうしたものか」 
私は一人呟くと、再び首に巻いたタオルで額の汗を拭った。 
(400文字)

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