3話 正義の潜入講師

――私立水令高等学園。

空き教室で、作業服の男が誰かと話している。

『わかっているとは思いますが、水令高等学園はAI医療推進派の大企業エルゴスム社がバックについています。あのポケベルの中のAIと無関係とは思えませんの』

耳元の通信端末から聞こえてくるのは女の声。

『貴方の役目は水令学園に潜入しエルゴスム社の目的、そして例のポケベルの手がかりを掴むことです。ここまではよろしい?』
「大丈夫だ。――ここは敵地だってことも理解してる。迂闊に目立ちすぎだったよ」
『ふふ、あなたが困ってる人を見捨てられない性分であることは理解してますの。どうせ変な忍者が出る程度の噂、むしろガンガン暴れて釣れるのを待つべきです』

スマートフォンには金髪虹眼、髪を顎先で切りそろえた陶器人形の少女が映っていた。

『わたくしは客分の身、自由には動けません。貴方だけが頼りです。全力でサポートいたしますわ、宏斗』
「ありがとう。セフィー」

(……ポケベルの正体を暴き、怪人暴走事件を止める。絶対に……)

一人決意を固める宏斗。
スマホをしまったその時、女生徒がやってくる。

「そこで何してるんですか?」
「ああ、いや」

生瀬宏斗こと光雅、音羽マチことドラベッラの奇妙な再会だ。

 

水令学園では教育と並行してヒーロー志望者への特別カリキュラムが用意されている。
ヒーローの卵は実技成績ごとに組分けされていた。

ヒーロー講師として学園に潜入した宏斗だったが、光雅であることは伏せたため無名のヒーローに当てられたのは落ちこぼれ組。
それも前任の契約期間がギリギリ終わっていなかったため、しばらくはクラスの雑用係としてこき使われることに。
どこの馬の骨かもしれない男を入れるなんて、と先生方に陰口を叩かれながらも気にしない宏斗。

「先生ーさすがに押し付けられすぎじゃね?」
「手伝いも大事な仕事だよ」

生徒たちは人懐っこく宏斗にも興味津々だ。
そんなある日、カラス怪人襲来後の昼休みのこと。

『ドラベッラが現われたとき、嬉しそうでしたわね』
「い、いやあれは、なんていうか……そうだな、誇り高い彼女が怪人暴走に関わってないって確信できてってホッとしたんだ」
『あら。宿命のライバル、あるいは意中の方との再会に喜んでいたと思ってましたの』
「そういう関係じゃないよ。そもそも向こうは俺のことを煩い羽虫程度にしか思っていないさ。
でも、顔を見られてよかった。これから先、もう顔なじみと会うこともないだろうしな」

とドラベッラの残念さを露も知らず内緒話をしていた折、アンドロイド学生兼AIアイドルのluluから相談される。
なんでも「マスターくん」がリモート通学制度を悪用してluluを学園に通わせているのだが、急に学園へ様子見しに来ると言い出してるらしい。

「突然怪人について調べててチョット変なんだけど、他の先生には忙しいってあしらわれちゃって……お願いセンセ、放課後時間ください!」

持前の正義感から、怪人というワードが出たのもあり快諾する宏斗。
しかし学園に迫る影があった――

 

放課後直前、廊下がざわつく。
様子を見に行けば、そこにはいけすかなさそうな美青年。
現トップヒーローリベリオンの中の人がいた。

(げぇええっ清九郎!?)

リベ様こと清代清九郎。宏斗の古巣であるJHK(日本ヒーロー協会)所属でありバリバリの顔見知り、そして数少ない光雅の素顔(つまり宏斗=光雅)を知っている人物である!
とっさに教室に身を隠す宏斗。

「あっヒロ先生も見に来た感じ? 安心させるためにわざわざ学園まで来たんだって。フットワーク軽いな~」
『……あなたどうしていつもババを引くんですの?』
「……」

こうなっては仕方ないと、忍者のごとく窓から校庭に降り立ち、待ち合わせ場所――新図書館棟に行くもluluの姿がない。

「カルマセンサーに反応がある。この反応、地下か?」
『気を付けて。ポケベルがあれば暴走怪人が襲い掛かってきてもおかしくありませんの』

宏斗は人気のないところで変身し、首のマフラーに意識を集中させる。

"絶対測眼"!
視界に映る全ての物質の位置・距離を正確に測れる能力だ。
マフラーをレーダー代わりにすれば自身を中心とした数mの空間内にある物質を全て把握することができる。

(視聴覚室に2人。片方はluluか)

変身を解き、セフィーから渡されていたlv2セキュリティーキーを使って入る。
大型のモニターが備えられた視聴覚室では言い争う二人がいた。

「だーかーら付いてこなくていいって言ったのに!」
「そういってマスターくんが危ないことに首突っ込んだら私立つ瀬ないじゃん! 仮にもサポートロボなんだよ?」
「luluには危ない目にあってほしくないんだよ!」
「それはこっちのセリフ!」

ガシャン、とドアが閉じる音で宏斗に気づき顔面蒼白になるマスターくん。何をしていたのか問いただすも返事が覚束ない。

「シャシャシャ! 狩りの始まりだぜぇーッ!」

そんな中、突然壁をぶち破ってクモ怪人が現れる。

「怪人!? なんで急に」
「……二人は伏せていてくれ! 俺は助けを呼んでくる」

室内を飛び回るクモ怪人。

「オレの巣には強力な弾性があるッすなわちトランポリン! 高速で跳ね回るオレは誰にも捉えられないッ! 
つまりクモの巣まみれにすればここはオレの庭だァッ!」

懇切丁寧な説明を聞き流しつつ、宏斗は二人が目を瞑っていることを確認したうえで巣を観察する――

怪人が、ついに宏斗を捕えようとネットを放った。
しかしそれは作業服の上着が被せられた椅子。即席で作ったダミーだ。
 

――気が付けば、視聴覚室の消灯されたモニターの前、忍者が佇んでいた。

 

「ああ!? ずいぶん早いヒーロー様の到着じゃねぇか! だがもう張り終わった! 止められるものなら止めてみな!」

視聴覚室の後方から、一番大きなクモの巣を踏んで跳ぶ怪人。
宏斗は、光雅は考える。

(――この怪人の厄介なところは速度じゃない。360度、あらゆる角度からの奇襲が可能であること。ならばその利点を剥げばいい)

高速で襲い掛かる怪人。

(跳ぶのを見てからでは間に合わないが、どの巣で跳ぶのかさえわかっていれば、どういう角度で、どういう姿勢で突っ込んでくるのか予想できる。
距離が離れているなら最速を出せる一番大きな巣を選ぶのが自然。
変身は一瞬でいい。あのクモの巣一つだけ測れば――十分だ)

突き出したナイフ。それに吸い込まれるように怪人の体が、核が飛び込み、パリンと割れた。

「ば、馬鹿なァアアッ!!!! リベ様見たかったのにぃぃぃぃ!!」

大音声と白煙とともに消える怪人。

(リベリオン目当て……だったのか?)
「生瀬さん! 無事だったんだ」
「あ、ああ。助けを呼ぶ間もなかったよ」
演技が下手な宏斗、若干疑わしげな顔をするlulu。

結局クモ怪人は暴走しなかった。
マスターくん曰く、突然ポケベルが届いたが起動はさせなかったという。

「ポケベルの指示通りにする気はなかったんだけど……実は怪人に興味があって、ここが指定場所で、気になっちゃってつい?」

セキュリティーキーの複製とか色々用意はしてたんだけどなどと言い出すマスターくんにガチ説教するlulu。

『宏斗、起動前のポケベルは貴重な手がかりですの。JHKに回収される前に確保すべきです』
「そうだな……ごめん、そのポケベル預からせてもらっていいか? 俺から渡しておくよ」

「ああはいどうぞ」と渡された瞬間、ポケベルに数字ではなく文章が浮き上がる。

<初めましてヒーロー>
<SONICMANはどこかな?>
< ^▽^ >

……動揺し言葉を失った瞬間、空から影が落ちてきた。
天井を抜け、床を抜け何かが落ちてくる。
 

黒い黒い異形の男が――落ちながら宏斗を見た。
そして手からポケベルを奪い取った。
ソレは、そのまま地面に吸い込まれように透けていった。
 

とっさに床に手をつくが何も残っていない。
「センセ? どったの?」

……だらりと、汗が頬から伝う。

「何ださっきの音は! ヒーローとして放っては――あっあぁぁぁああ!? 宏斗ォ!?」
「げぇえええっ清九郎!!」

 

SHKが現場調査を始める中、清九郎は宏斗が訳ありそうなのもあり、気を利かせて裏口から逃がしてくれた。

「もう二度とこんなことはしてはいけないよ、レディたち」
(ま、マスターくん女だったんかい)

二人が去った後、清九郎は宏斗を睨みつける。

「急に辞めて一体何をしていた――あの後私がどれほど苦労したかわかるか?」
「すまない……けれど俺にはやるべきこ」
「お前のせいで忙しすぎて「LION-懐かしの春の日」のリメイクまだプレイできていないんだぞ!? 積みゲー積みフィギュアがいくつあると思ってるんだ返せ!! オタ活時間を返しやがれ!!」
「わ、わかったわかった! 俺が! 俺が悪かったから!」

一通りキレたあと、
「お前がわけもなく辞めるような奴じゃないことはわかってる。ぼくからはもう何も言わない。勝手に元気にやってろ。あっ無理だけはするなよ!」
と告げて清九郎は去っていった。

『……なんか思ってたのと違いましたわ。リベ様って根っからの善人でしたのね。ちょっと意外』
「あいつは身も心もトップヒーローの肩書に相応しいヤツだよ――俺と違って」

 

「マチちゃん歓迎あーんどセンセありがと会ー!」
「よくわかんないけどイェーイ!」

luluと友達一行に喫茶店へ誘われる宏斗(お代は宏斗持ち)。
マチ含む学生の勢いにたじたじになりつつケーキを味わっていた。

「そこのおにーさん、ちょっちいいことした感じ? じゃっ苺サービスしちゃうか~!」
「え? あ、ありがとうございます」
「先生やったじゃん!」
「あの新しい店員さんいつも気が利くんだよー。しかーもカッコいい!」

ウインクして去っていくチャラそうな男性店員。

宏斗は気付かなかった。
その鋭い眼光は、あの空から落ちてきた異形の男と同じものだった。

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