2話 悪が来りて校鐘が鳴る
――倒せども倒せども、年々増える怪人!
それに対抗するため、ヒーローたちは多種多様な組織を結成した。
政府公認! 建物のショボさで有名な、JHKこと「日本ヒーロー協会」!
対するは、アイドル事務所!? 正義には金も必要「(株)セフィリカカンパニー」!
清濁必要な世の中どちらも捨てがたく二大ヒーロー組織として名を馳せる。
やがてカルマセンサーの発明により怪人の出現場所も予測できるようになり、資金繰りの難しさもあいまって、ヒーロー業はビジネスになりつつあった。
「そんなワンサイドゲーム、つまらないでしょ?」
――しかしある日、自称悪の組織が現れた。
ヒーローを狙うがテロは厭う謎の組織が怪人を束ね始めたのだ。
幹部格は下手なヒーローより強く、政府を大いに焦らせ、民衆を沸かせた。
彼らが好むのは強きヒーロー。
「遅かったわね、光雅。貴方がいないと張り合いがなくてつまらないわ」
悪の女幹部が怪しく笑う。
対するは白ベースの、太陽の如き侍ヒーロー。
「ドラベッラ……今日こそ決着を付ける!」
永きに渡る因縁はいつまでも続く、はずであった。
――2023年、春初。
遥か遠い銀河、星の海を航行する宇宙船。
その内部にはエビっぽい怪人モドキと――白銀蝶髪の女がいた。
長い白銀の髪にはモルフォ蝶のような構造色の青虹の輝き。
頭部と臀部には虹色をした大きな蝙蝠の羽が生えている。
恰好は白ベースでありながら拘束具的で悪の女幹部といった様相。
そう、まさに彼女は悪の女幹部『恍惚たるドラベッラ』その人である。
「お嬢、じきに地球に着くっすよ。しっかしまだあんな星に用があるんすか?」
「あいにくヤツとの決着がついてないのよ。あれから2年……」
ドラベッラは思い出す。
怪人を率いて悪行を繰り返すたび必ず現れたあのヒーロー。
「トップヒーロー『光雅』――私のバカンス中に腕を鈍らせていたら許さないわ!」
(じゃあバカンスなんてしなきゃよかったのに)
「さあ日本に戻るわよエビバンチョー! 愚痴愚昧に溢れるこの世を、再び悪たらしめるのよ! オーホッホッホ!」
「んなバカな話あるかァー!!」
ドラベッラは台パンしていた。
過去のメディアを辿れば「光雅電撃引退」の飛ばし記事。
人間形態にて地道に、JHK、(株)セラフィカカンパニー、各種メディア……と諸々を巡っても「光雅は2年前に退社した。理由? こっちが知りたい」の一点張りだったのだ。
「光雅がヒーローを辞めるなんて絶対絶対ありえない……エビバンチョー! こうなったら徹底的に洗うわよ!」
所変わって私立水令高等学園。
HERO特区汀区随一の規模を誇る一貫校であり、全国唯一のヒーロー育成校である!
「怪人なんてシロートでも倒せんだから適当なヤツに任せときゃよくね?」
「まー汀区怪人多いし」
と、女子高生にネタにされる水令高校に転入してきた一人の女子高生。
「音羽マチです。2年生からになります、みんなと仲良くしたいです!」
音羽マチ。ちょっと地味め、ちょっと大人しめ、大きなアホ毛がピコっと生えたいたって普通の女の子だ。
「ミッチ、案内してくれてありがとね。慣れてないからすっごい助かりました!」
「いいのいいの! 隣席のヨシミってヤツだしぃ、何よりかわいい娘からの頼みは放っておけーん!」
またまた~とほっぺたを突っつきあう女子高生達。
――しかしマチは心の中で邪悪な笑みを浮かべていた。
(クックック……まさかこんな無害そうな子にあのドラベッラが扮しているとは思うまい!)
そう! マチことドラベッラは、水令高校には謎の「忍者」が出るという噂を聞き、ピンときて調査のために悪の組織特有の謎ネットワークを駆使して学園に潜り込んだのだ。
(そりゃ悪の女幹部様が女子高生やってるとか痛すぎて誰も思わねっすよ)
(お黙り!)
エビのラバーキーホルダーに変身していたエビバンチョーを強烈に握り締めつつ校内を探索する。
そんな空き教室の一つに、ぼうっとしている作業服の男がいた。
「そこで何してるんですか?」
「ああ、いや」
聞けば迷子になっていたとのこと。
一瞬不審に思うもその場を離れる。
手がかりなんてすぐには見つからないわよね、と嘆息するマチ。
(あれ? お嬢、なーんかオレの同族の気配がするっすよ。たぶん1階かな)
「なんですって?」とこっそり吹き抜けを飛び降りて現場に駆けつければ、そこにあったのはプラスチックの板。
「なにこれ。もしかして、ポケベルってやつ? 古くさ」
怪しくはありつつも特に反応もないポケベルをゴミ箱に捨てるマチ。
胡乱な顔をするマチにエビバンチョーは真剣な声音で告げる。
(ソレ、なーんかおかしいっすよ……同族の気配がギュウギュウになったような……すっげぇいやな感じ)
――首を傾げる二人を、吹き抜けのテラスから作業服の男が見つめていた。
昼休みも終わり、授業に戻るマチ。
そんな昼下がり、授業中、1階からガラスが割れる音が響き渡る。
慌ててクラス一同で校庭を覗けば――カラス怪人が体育中の生徒に迷惑をかけている真っ最中だった。
「オレ様が現れたってのにクソノンキに走りやがってよぉ! ムカつくぜガアガア!」
「うわっ怪人!? うっせぇな授業中だよ!」
「みんなー、危ないから先生の後ろに下がってなさい」
「ガアガア、ガアガアガアアアアアアアア!!」
「だーもう警備のおっちゃんまだあ!」
……しょうーないやり取りに気が抜ける生徒たち。
「ザコ怪人かよ。校内になんて珍し、予報ちゃんと出てなかったのかな」
「天気予報レベルだし雑魚なら漏れるしょ」
「……でも、どこから入ってきたんだろ? ここら辺出るスポットないはずだよね?」
ポケベル、割れたガラス――嫌な予感に走り出すドラベッラ。
「マチ!? どこ行くの!」
「ごめんちょっとトイレー!」
「もうみんな! お喋りしてないで先生の言う通り怪人から離れなさい!」
「でもコイツ大したことなさそうじゃん」
「それでも暴れたら危な――」
パキッ
カラス怪人に入ったヒビ。割れた背中から、巨大な蟹足が飛び出す。
「えっ?」
巨大な蟹足が鈍く輝き、先生の首を狩ろうとした、その時――
鋭刃が蟹足を斬り飛ばした。
黒い衣を纏い、長いマフラーをたなびかせるその姿。
「に、忍者! 忍者だ!」
逃げる生徒たちを守るよう立ちはだかる忍者。
蟹足が猛攻を加えるも、忍者は鮮やかにかわし、見切り、ナイフで斬り落としていく。
しかし蟹足は即座に復元する……が、次に忍者が放ったワイヤーが蟹足を絡めとった。
カラス怪人だったものの胸元に輝く核に狙いを定め、忍者は飛び込む。
だが暴風がそれを許さなかった。
異常に膨らみ、肥大化するカラスの翼。
それが羽ばたき、強く羽ばたき――
「うっそ」
「飛んだ……」
窓から空を見上げ唖然とする生徒たち。
巨体は空高く舞い、黒い羽の刃を地上へ一方的に放つ。
剣山のように地面に突き刺さる刃。
忍者は、手も足も出ないながらも思考を巡らせていた。
(あの高さじゃ屋上でもワイヤーが届かない……! 飛び道具を使うにも羽毛が厚すぎる。囮になって誘導するか、いや……)
――黒い羽の雨中に虹色の光が迸った。
ゆっくりと降りていく光に触れた羽は重力を忘れ、はらはらと落ちていく。
光の中心には白銀蝶髪の女。
「久しぶりね、我が宿敵」
「その声は、まさか……!」
「今は忍者さんと呼ぶべきかしら、スーパーヒーローさん?」
さっきまでのアホさは何処へやら、カリスマたっぷりに浮遊するドラベッラ。
「ウオッすっげすっげえええええええ!!」
「な、なんだよ急に」
「ご存じないのかよ!? 彼女こそ光雅と数々名勝負を繰り広げ絶大な人気を誇るも突如失踪したレジェンドオブ悪の女幹部『恍惚たるドラベッラ』様だぞ!」
「そ……そうなんだ……」
(あー気持ちいい私を賞賛する声ー! そうよもっと褒め崇めなさい!)
恍惚とする内心をポーカーフェイスで隠し余裕綽々に。
「地球に戻ったらこんなことになってるんだもの、ビックリしちゃった」
「ドラベッラ……君は」
「あーニンゲンの事情なんて興味ないの。でもま、今回ばかりは勝負を預けてあげる。こんなところで貴方が負ける姿なんて見たくないもの」
ドラベッラが悠然と指さすと忍者は淡い燐光を纏った。
「翼がないなら翼を授けてあげる。せいぜい足掻いてみせなさい」
「……助かる!」
"重力忘却"。
世界から重力の一切を忘却させる能力。
対象から「物は落ちる」という当たり前を消し去り、思念での移動を可能にする。
忍者が地面を蹴ればたちまち空高く跳び、カラス怪人に追いついた。
「これで決める!」
胸元の核を割るとカラス怪人は輝く光の粒となった。
「ドラベッラ様ぁー! どこに行ってしまわれたんですかー!」
「それを言うなら忍者もだよ、スクープだったのに一瞬で消えちゃってさ」
「あっマチ! もー遅いよ!」
「ごめんごめん、トイレ混んでて」
のこのこ戻ってきたマチ。
マイペースすぎ〜でもそんなところもかわいい! と正体も知らずにぎゅっと抱きしめるミッチ。
騒然としつつも平和になった学園。
その廊下をマチことドラベッラが超上機嫌でスキップしながら歩いていく。
(くーっやっぱり光雅いるじゃない! カッコイイわねッー! やっぱアイツはこうでなくっちゃあ!)
(……)
(あら、何か言いたげね? 怒らないから言っていいわよ)
(ただのファンじゃないっすか)
(おだまり)
握り締めつつ、思う。
(それにしてもアイツ、どうして退社してまでこんな学園で忍者やってんのかしら? っていうか一体、どこから……?)
空き教室に佇む作業服の男。その立ち姿は忍者とよく似ていた。
(怪人暴走の元凶。必ずこの手で捕まえる……)
――宏斗は、壊れたポケベルを強く握り締めた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?