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mukuの歴史と繋がり

私がヨガの資格を取りにニューヨークへ行くと決めた当時からの夢だった「自分のスタジオを持つこと」が、ついに2日後に叶います。

今日は、私のスタジオ「muku -yoga life studio-」の約50年前の歴史まで遡ってお話しさせてください。

muku自宅兼スタジオ計画のスタート

初めは自宅兼スタジオとして少人数制の小さな箱を作る計画を進めており、あと2週間後に着工というところまで来ていました。

muku1階部分
muku 2階 スタジオスペース

そんな時に突然、「祖母が交通事故により家に戻れなくなった」との連絡が。

連絡を受けた後、私は散歩しながらぐるぐると考え、ふっと「おばあちゃんの家でスタジオを作りたい」という思考が降りてきました。

夫にそのことを打ち明けると、
最初は「こんなに準備を進めてきたのに」と素直には受け入れられない様子。
それもそのはずです。
自宅兼スタジオの計画は約1年半も一緒に考えていたのですから。

祖母の息子である私の父親と母にも
その日の夜にこのことを話しに行きました。

とても驚いていた様子でしたが、
おそらく祖母が家に戻ることは難しいだろうという状況で、父が生まれ育ったあの家が、朽ちていくか、誰かに売るか。
娘が引き継いでくれるなら一番だ、ということで承諾してくれました。

翌朝一番に設計士さん連絡を入れ、2週間後の工事を急遽ストップしてもらうことにしました。

そんな経緯で祖母の家でのスタジオ作りが、スタートしたのです。

祖母の家

祖母と曽祖母の手紙

祖母の家を掃除していたら、
40年ほど前に祖母が書いた新聞か雑誌の記事の下書きが出てきました。

祖母の家にはいつも友達が集まっていて賑やか。
昔は納屋に作ったカラオケ小屋に近所のママ友が集まり、深夜まで楽しんでいたとか。

私からしたら明るくて元気な”おばあちゃん”。

そんな人気者の祖母の過酷な人生がこの記事には綴られていました。

過去にこんなにも辛く大変な出来事を積み重ねて、今があることを初めて知りました。

今から十年前八月二十七日、私には忘れようとしても忘れることのできない日なのです。
あれは夫の突然の事故死です。

その時夫は三十五歳、私は三十四歳、人生これからという矢先、わずか十三年間連れ添った夫婦とはいえ、この世の永遠の別れがこんなにも早く来ようとは夢にも思ったことはありませんでした。

その頃の私の家は年老いた祖父母と小学五年生の長男、五歳の次男の五人暮らし。
子供たちは私の手助け、いや話し相手にもなれる年ではなかったのです。

初七日が過ぎ、家の中にも人かずが減り、ふとその時私も考えさせられました。
あ、私には稲刈りという大きな仕事があることに気がつきました。
秋の取り入れを直前にしての夫の事故死はあまりにもショックで
食欲も進まないまま、まず農作業にと追われ、自分が女であることも忘れ
ただただ夢中で頑張りました。

実際の下書き

今年私は34歳。
夫を亡くした祖母と同じ年になります。
子育てと義両親の介護に畑仕事。

当時、機械や施設など誰かに任せられる制度もない中で
嫁ぎ先の家を切り盛りしていたことを想像すると、
体力もメンタルもどんなに大変だったのだろうか。


祖母の家の掃除中にもう一つ手紙が出てきました。

私の曽祖母が祖母に書いた手紙です。

私が病気をした時、毎晩あついお湯に体をふいてくれたの 忘れることはできません

ありがたくて、そのままそこにすわってくれと言った、びっくりしていた、
拝ませてくださいと言った

あまりありがたくて、手をあわせて拝みました

本当によいおかあさんで
おなかの中あみだ様が、宿っているかと思って、よろこんでいます

実際の手紙

私が物心ついた頃には祖母と曽祖母は二人暮らしで
義母とお嫁さんという関係であることもよくわからずに、ただただ大好きなおばあちゃんとひいおばあちゃんでした。

ひいおばあちゃんが1日に5回くらいお年玉をくれて
「返してきなさい!」と言われたこともあったなぁ。

ひいおばあちゃんとひ孫たち(右が小学生の私)

祖母の家には早朝5時から友達が次々とやってくるのが日常で、親戚の人たちも自分の家のようにやってきていました。

私は何も疑問に思わず、血の繋がった親戚と思っていた人も
ご近所の昔からのお友達だと思っていた人も、元々は繋がりがなかった人たち。

嫁いできた身の祖母は
夫が亡くなった後も血の繋がりのない親戚たちに慕われ、越してきた先のご近所さんと親友になり、

今では祖母に会いたくて県外からも親戚や友人が集まってきます。

東京・長野からも親戚が集まりました。


「おばあちゃんの家を残したい」という私の思いつきと、自分自身の夢のためにスタートしたスタジオの計画。

自分のわがままばかりで、親戚やご近所の方々は受け入れてくれるのか正直不安でしたが、

この家を引き継ぐと聞いて
みんなが「ありがとう」と喜んで応援してくれるのも
祖母が時間と労力と気持ちを注いで築いてきた人間関係があるからこそなのです。

親戚からのメッセージ

私は何もしなくとも、こんなにもあたたかい環境を作ってくれていたことに
感謝してもしきれません。

祖母が長年待ち望んだ初ひ孫も、今年6月に産まれてくる予定。
少しはおばあちゃん孝行になるかな?

yuj(ユジュ):繋がり

ヨガの語源は「yuj(ユジュ):繋ぐ」という意味があります。

私も祖母の姿勢を受け継ぎ、目の前の人を大切にできる人になりたい。

そして、たくさんの人の思い出が詰まったこの場所を、これまでのように賑やかで、居心地のいい場所にしていきたいと、強く思います。

皆様もぜひ「おばあちゃんち」に来たような気持ちで、ゆっくりしていってくださいね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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