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【今年2024年は】クリストフ・シュペリング&ダス・ノイエ・オルケスターほか/ベートーヴェン・アカデミー【ベートーヴェンの「第9」初演200周年】

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」は、1824年5月7日にウィーンのケルントナートーア劇場で初演されました。今年が初演から200周年の記念の年です。クラシック音楽界でもあまり騒がれていないようですが・・・・。
今回はその歴史的な演奏会を再現した意欲的なライヴCDを紹介します。

ベートーヴェン・アカデミー ジャケット表

曲目と演奏者

ベートーヴェン:「献堂式」序曲
ベートーヴェン:3つの大讃歌(「ミサ・ソレムニス」より「キリエ(あわれみの讃歌)」「クレド(信仰宣言)」「アニュス・デイ(神の子羊)」
ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調「合唱」

指揮:クリストフ・シュペリング
ダス・ノイエ・オルケスター、コルス・ムジクス・ケルン
ソプラノ:クラウディア・バラインスキー メゾ・ソプラノ:ゲルヒルト・ロンベルガー
テノール:レイ・M・ヴェイド バリトン:ペーター・リカ(ミサ) バス:ダニエル・ボロヴスキー(第9)
2007年6月17日 エッセン・フィルハーモニー・ホールにてライヴ

1824年5月7日 ウィーン 第9初演の日

ベートーヴェンの交響曲第8番が初演されたのが1814年。しかしそれ以後のベートーヴェンは、結婚への最後の努力の失敗、弟の死去とそれに伴う私生活での混乱(甥の親権を巡る弟の未亡人との訴訟)や自身の病気、明朗で平易なイタリア音楽の流行、ナポレオン戦争後の反動的な社会とそれによる官憲からの尾行・盗聴などがあって、長いスランプに陥っていました。「ベートーヴェンはすでに終わった(当時の新聞から)」「ベートーヴェンの音楽など糞の堆積(当時の新聞から2)」との声もありました。そのベートーヴェンが10年ぶりに新作交響曲を発表するとあって、その演奏会は大きな評判を呼びました。
初演までには、演奏の難しさ(特に声楽パート)から楽団員や合唱団員がボイコットを起こしかけたり、歌手が差し替えられたり、劇場側とベートーヴェンとの会場運営を巡る行き違いからベートーヴェンが初演を放棄しかけたり、紆余曲折があったようです。
そうして迎えた1824年5月7日。会場となったウィーンのケルントナートーア劇場は超満員の聴衆で埋まりました。これまでベートーヴェンと交流があり、彼を変わらず支え続けた人たちも客席に姿を見せました。
指揮台には劇場付き指揮者のミハエル・ウムラウフとともに、すでに完全に聴覚を失っていたベートーヴェンも総指揮者として立ちました。
演奏が終わると、会場は万雷の拍手に包まれました。しかし、完全に聴覚を失っていたベートーヴェンは嵐のような拍手を聞くことが出来ず、指揮台に悄然と立ったままでした。見かねたアルト歌手のカロリーネ・ウンガーがベートーヴェンの手を取って聴衆の方に向き直らせ、そこで初めてベートーヴェンは聴衆の喝采に気付くことが出来たと伝えられています。

曲目について

「献堂式」序曲 作品124
ウィーンに新設されたヨーゼフシュタット劇場のこけら落としのために作曲された祝典劇の序曲。ベートーヴェンが純粋管弦楽のために作曲した最後の作品。あまり有名な曲ではありませんが、祝祭的で晴れやかな曲想の序曲です。

「3つの大讃歌」(「ミサ・ソレムニス 作品123」からの3曲)
ベートーヴェンの弟子だったルドルフ大公(オーストリア帝国皇帝の弟 病弱だったため皇位継承者にはならず、聖職者となった)が大司教に就任するに当たって作曲された、ベートーヴェン2曲目のミサ曲。ただし作曲が大幅に遅れ、ルドルフ大公の大司教就任式には間に合いませんでした。
ミサ曲は、次の6章からなります。
キリエ(あわれみの讃歌)/グローリア(栄光の讃歌)/クレド(信仰宣言)/サンクトゥス(聖なるかな)/ベネディクトゥス(ほむべきかな)/アニュス・デイ(神の子羊)
当初ベートーヴェンは、第9とともに初演しようと考えていましたが、「ミサ曲を劇場で演奏することはまかりならん」とカトリック教会が申し入れたため、「3つの大讃歌」として「キリエ」「クレド」「アニュス・デイ」の3章が演奏されました。
全体的に敬虔な曲想ですが、ベートーヴェンらしい劇的な表現も随所に聴かれます。特に終章「アニュス・デイ」の終結部では、トランペットによる進軍ラッパとティンパニの強打によって戦争の恐怖と混乱が描かれ、それをかき消すように合唱によって「Dona Nobis Pacem(ドナ・ノビス・パーチェム=われらに平和を)」が高らかに歌い上げられます。

交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」
ベートーヴェン最後の交響曲で、ハイドン、モーツァルトによって完成された交響曲の形式をさらに発展させた大作。下記に記す革新的な形式・内容です。

1 演奏時間の拡大=全曲通すと70分前後
2 楽器編成の拡大=軍楽隊用の楽器とされていたシンバル、トライアングルの導入
3 歌謡楽章と舞踏楽章の入替=これまでは第2楽章がテンポの遅い歌謡楽章、第3楽章がテンポの速い舞踏楽章だったが、第9ではそれが入れ替えられている。
4 声楽の本格的・効果的な導入=本来は声楽は、歌劇や教会音楽に用いるとされていた。声楽を世俗音楽である交響曲に用いる事例は以前にもあったが、本格的に、真に効果的に用いられたのは第9が初。

最終第4楽章には、ベートーヴェンが青年期から傾倒していたフリードリヒ・シラー作の頌歌「歓喜に寄す」がテキストとして用いられ、晩年のベートーヴェンが理想とした人類愛と世界平和が大合唱によって歌い上げらます。

ベートーヴェン・アカデミー ジャケット裏

演奏者について

指揮者クリストフ・シュペリングは、ドイツの音楽学者であり指揮者。ダス・ノイエ・オルケスターとコルス・ムジクス・ケルンはシュペリングがドイツのケルンに創設したピリオド楽器(古楽器)オーケストラと合唱団。ドイツで最初に創設されたピリオド楽器オーケストラとされています。
来日はまだしていないようですし、メジャー・レーベルからのCD発売はありませんが、ベートーヴェンの第9初演時のプログラムを再現したこのCDや、モーツァルトが作曲途中で亡くなったため遺作となった「レクイエム(死者のためのミサ曲)」の、モーツァルトが残した遺稿をそのまま演奏したCDなど、意欲的なCDを発表しています。

ベートーヴェン・アカデミー ボトムカード表

演奏について

ピリオド楽器は現在使われているモダン楽器ほどには輝かしい音色ではありません。特に弦楽器は、弦が羊の腸で作られているため(ガット弦)、現代のスチール弦と違ってややくすんだ音色です。なので、モダン楽器オーケストラが演奏するベートーヴェンと比べて音色は地味ですが、管楽器が加わったフォルテの響きはゴツゴツした迫力があります。「献堂式」序曲の終結部近くの追い込みや、「3つの大讃歌(ミサ・ソレムニス)」の3曲目「アニュス・デイ」のこれも終結部で聞かれるトランペットによる進軍ラッパとティンパニの乱打が描き出す戦争の描写は、けっこうな迫力です。
合唱団もピリオド唱法を取り入れているので歌声にビブラート(声を震わせる)をかけず、「3つの大讃歌」でも「第9」でも清澄感があり、それが神、創造主への敬虔な思い・ひたむきな心情を表しているようです。
このCDは「ライヴ(聴衆を入れた録音)」と表記されていますが、曲の終了後に拍手はありません。
有名なピリオド・オーケストラはいろいろありますが、ぜひ演奏会で聴いてみたいオーケストラです。

ベートーヴェン・アカデミー ボトムカード内側

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