舞台の力

初めて2.5次元舞台に触れたのは、舞台「弱虫ペダル」(ぺダステ)だった。アニメから弱ペダにハマった私は、友人とチケット戦争に参戦し、なんとか野獣覚醒のチケットを手に入れた。事前に予習はしていったものの、実際に見た舞台は圧巻の一言だった。特に、主演である荒北靖友役の鈴木拡樹さんがもう荒北さん本人にしか見えなくて、驚いたことを覚えている。

 この人の表情筋は一体どうなっているんだろう? 
 どうしたら、その角度で表情を固定できるの? 
 運動量ヤバくない? ってか、荒北さんがそこにいる…。

と、かなりの衝撃を受けて、終わった後は、一緒に観劇した友人と興奮しながら感想を言い合ったのを覚えている。そして、この観劇を機に、私の中で「2.5次元面白い! また観たい!!」という欲求が高まり、公演情報を求めて、アンテナを張り巡らせるようになったのだ。

そんな私が、ぺダステの次にドハマりをしたのが、舞台「刀剣乱舞」(刀ステ)シリーズだ。初演当時、ゲームは未プレイだったが、鈴木拡樹さんが主演の三日月宗近を演じられるというので、それは間違いないだろうと思った。しかし、如何せん公演スケジュールと自分の予定が合わなかったので、円盤を購入して見ることにしたのだが、こちらも一気に刀剣乱舞の世界に引き込まれた。中でも、へし切長谷部役の和田雅成さんにドはまりしてしまった。元々刀剣男士の中で、長谷部が好みの見た目をしていたというのもあるのだが、私が一気に落ちたのは、軍議のシーンだ。

舞台では、日替わりやらアドリブでは、役者本人の要素が垣間見えるものだとペダステで認識していた私にとって、どれだけお口におはぎを詰め込まれようとも、マシュマロやたこ焼きを突っ込まれようとも、常に長谷部たらんとしていた姿に「この人…すごい」と目が離せなくなった。最後のキャストからの挨拶で、関西弁で喋り出した時は「嘘でしょ!?」と、驚いた。関西弁を操る人だとは思ってもみなかったからである。観劇後にゲームをプレイし始めてから、今でも我が本丸の近侍がへし切長谷部なのは、刀ステの影響を受けていると言っても過言ではない。

地方住まいの私にとって、観劇とは大阪や東京へ遠征に行くものである。だが、稀に自分が住んでいる場所に、地方公演として、舞台がかかる時がある。和田さんを知ったそのタイミングで舞台「里見八犬伝」の地方公演が地元で開催されることになった。

移動時間も交通費もかからず舞台を見に行ける絶好の機会を逃すはずもなく、チケットを取って、意気揚々と観劇に向かったのだが、私はそこで今でも忘れられない感覚を味わった。

和田さん演じる犬田小文吾の妹が、敵の刃に倒れ、今にも息を引き取ろうとしている場面だった。小文吾は妹の傍に駆け寄り、虫の息になった妹の体を必死に撫で摩りながら、一言も聞き漏らすまいと妹の言葉に耳を傾けている。その、妹の体を必死に撫で摩っている姿に、心臓を鷲掴みにされたのだ。血が失われて、少しずつ冷たくなっていく妹の体を必死に繋ぎ止めようとする姿に、芝居であることを忘れて見入っていた。うまく言えないのだが、芝居ではなく、嘘ではなく、ただそこにリアルがあった。それは、色んな作品を観てきた中で、初めての経験だった。その衝撃が強すぎて、いまだにこの時の衝撃を引きずっている。あのハッとさせられる感覚をまた味わいたくて、私は今も劇場に足を運んでいるのかもしれない。

好きな役者さんが出ている。好きな作品が舞台化される。その舞台を見て、気になる役者さんが出来た。この演出家さんの演出が好き。舞台は、好きの連鎖反応が起こる場所だ。もちろん、必ずしも観劇後に喜びだけで満たされているわけではない。舞台「刀剣乱舞」悲伝結いの目の不如帰を京都劇場で観劇した時は、三日月と山姥切の一騎打ち後に三日月が顕現した後に流れた勝鬨の歌でただでさえ決壊していた涙腺が完全に崩壊した。虚伝のオープニングであるこの曲が流れたということは、この三日月は虚伝へ還るのか…。曲だけで最後にさらに追い打ちをかける末満さん本当に怖い! と泣き崩れた。そして、絶望を抱えたまま見た千秋楽のライブビューイングで、無意識に「頼む! 頼むから勝ってまんばちゃん!!」と結末を知っていながら応援していた思いに応えるかのように変わったラストにまた衝撃を走った。あの演出をやってのけた末満さんが本当にすごいし、その演出に応えた鈴木さんと荒牧さんのお二人の信頼関係と力量があってこその演出だったと思っている。京都劇場で落とされた気持ちに最後の最後で希望が灯った瞬間だった。

もちろん、舞台の世界は私が生きている現実ではない。だけど、その非日常の世界にどっぷり浸かり、舞台の流れるままに感情を揺さぶられる感覚は、日常で疲弊した感情をリフレッシュしてくれる。そして、また明日から頑張ろうと日々の活力を与えてくれる。

コロナの影響で、3月以降軒並み観劇を予定していた公演はキャンセルになった。ステイホーム期間中は手持ちの円盤を観たり、配信される初めましての作品を観たりしていた。その度にどうしても思ってしまったことがある。
「あぁ…遠征行きたいな。生でお芝居を観たいな」
と。

チケット戦争を勝ち抜き、仕事の休みを調整する。
着ていく洋服やアクセサリーはどうしよう。
好きな役者さんへのお手紙の準備をしなくちゃ。
早めに着くはずだけど、物販ちゃんと買えるかな? 


そういう沢山のドキドキやワクワクと一緒に準備をして、劇場へ向かい、客席に腰を下ろした後、上がり切ったテンションを必死に抑えながら、帰りの新幹線や高速バスへ急ぐ。
観劇とは、そういう前後の時間込みでこそだと私は思っている。
そして、その時間を手に入れるために日々の仕事を頑張るのだ。

少しずつ、新しい様式を模索しながら公演が再開されつつある。しかし、中止を余儀なくされた公演もたくさんある。自分にとってかけがえのない時間である観劇の場が無くならないように、クラウドファンディングやグッズ購入など、自分に出来ることはやっていきたいと思っている。そして、来年一月の舞台は、劇場で観劇出来たらいいなという願掛けを兼ねて、チケット先行に申し込みをするつもりだ。早く、日常生活に観劇という張り合いが戻ってくることを切に願う。

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