妙に使いづらい催眠アプリで無双したかった話

 スマートフォンの中に催眠アプリが入っていた。古い機種から引き継ぎを行った際に他のアプリと一緒にインストールされたらしい。そういえばiCloudの容量が一杯で更新できないぞ更新しろ容量増やせ課金しろとか言われていた気がする。最後の更新は2年前の9月で止まっていた。その時のデータのままで引き継がれたらしく、今はサービス終了しているソシャゲアプリまで自動でインストールされていた。

 正直この催眠アプリをインストールした記憶は全くないが、しかし昔海外のよく分からない広告ばっかり流れるアプリゲームを大量にインストールして遊んでいた覚えはある。恐らくその際に紛れ込んだのだろう。

 アプリを開くと「実行」「編集」「設定」とだけ書かれたシンプルな画面。どうやら「編集」で対象となるものやかける催眠のジャンルなどを細かく指定することができ、「実行」ボタンを押した画面を相手に見せることで発動するようだ。「設定」は画面の文字サイズやレイアウトを変えることができる。いらない。

 手にして数日、彼はこのアプリを持て余した。

 まずかけられる相手の距離に制限がある。アプリを見せないと効果が現れない都合上5メートルほど離れた相手にはもう効果がない。しかもかけられる時間も制限があり20分に1回くらいのスパンで掛け直しが必要である。

 ちなみに効果が切れる前に重ねがけすることで時間は延ばせた。しかも対象にできる人物は3人が限度らしい。

 性能がかなり悪いが何せ2年以上前のアプリでアップデートも全くされていないようなので諦めた。さらにその催眠も「ちょっと思考をズラす」程度にしか使えないという。要は全く思ってもいないようなことはさせられないということである。

 そのため薄い本にあるようなオタクくんがギャルに催眠かけてなんたらみたいなことはできないということだ。考えをいじるにしても思考の取っ掛りがないとなんともならないということらしい。正直相当使いにくい。

 アプリのことなんて完全に忘れ去った2週間後。彼はフリー雀荘で麻雀を打っていた。

 「ツモ!ツモ赤でゴットーの1枚!」と対面にいたおっさんが叫ぶ。

 (なんだそれ。どう考えてもそんなの即リーがセオリーだろ……ん?セオリー?常識改変?清楚な風紀委員長を常識改変でビッチ化?)彼の頭に稲光が落ちた。

 (対象人数3人、至近距離と掛け直し必須という制限、思考をちょっとズラすだけという微妙な効果……)

 (麻雀ならいけるんじゃね?)

 (少し対戦相手のセオリーを正着からズラしてやるだけでめちゃくちゃ勝てるんじゃね?しかも卓から動かないなら全部の問題解決するし完璧では?)

 「すんません代走お願いしまーす」と言い一度席を立ちトイレへ。そこで「編集」画面を開きどういう催眠にするかを決める。

「○○のとき/××する」というフォーマットが並んでいる。○○の条件が満たされた時××という行動をするというのを指定できるわけだ。ここに
「先制でテンパイしたとき/必ずダマテンにする」と設定。これで楽勝だ。

 卓に戻り椅子に腰掛け「すみませんお願いします」と牌を起こしすぐスマートフォンの画面を同卓者3人にちらと見せた。効いているのかどうかよくわからない。

 次局、彼は9巡目にこの手をテンパイする。

 「巡目の割に6pは1枚も見えてない!周りに動きもないし当然即リーだ!」

 すると上家の学生が突如引いた牌をそのまま河に叩きつけ横に曲げる。そういえば4巡くらいずっとツモ切ってた気がする。

 先制テンパイはダマテンにするなら、後手を踏んだらリーチしてくるということ。つまり──

 一発目に引いてきた5mを力なく河へ置く。「ロン。ラスト。」催眠のせいか分からないが喜びの感じられない様子で牌を倒して裏もめくり、

裏5m、メンタンピン一発三色ドラ7で48000点

「一発赤赤裏裏で数えの5は役満祝儀の8は飛びの9枚です」

 そうだね。効いてるね催眠。普通即リーするもんね5面張だし。「はい」妙な納得をしつつグロッキー寸前の面持ちで点棒と金銭を支払い店を後にする。

 催眠の力で負け分も誤魔化したかったがラストを取る際店員が卓に駆け寄ってきてしまったのでバレる。まとめて催眠で騙したいが定員3名が邪魔してそれも無理。

 ただこれは「編集」さえしっかりやれば相当上手くいくはずだ。彼は催眠アプリの研究に没頭しだした。


2%くらいの確率で続き書くかも

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