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嵐を呼ぶ神父 − 実在したタイガーマスク

 1994年に公開されたリュック・ベッソン監督の『レオン』という映画をご存知だろうか?イタリア系移民のヒットマンと彼に弟の敵討ちを依頼する少女の物語で、ジャン・レノとナタリー・ポートマンを一気に世に押し出した作品である。特にジャン・レノは本邦で「かっこいい男性」のイメージアイコンとして、ファッション誌や漫画で盛んに取り上げられ、テレビでも『グラン・ブルー(公開当初の邦題はグレート・ブルー)』をはじめ、彼の過去作品が次々と放映された。その作品のひとつに『グラン・マスクの男』という異色作がある。

 北メキシコの寒村に暮らす神父ヴィクトール。自身の教会の孤児たちに新しい施設を建てる資金作りのため、本業の傍ら覆面レスラーとしてファイトマネーを稼ぐ、という奇想天外なストーリーである。これと似た話を聞いたことはないだろうか?そう、梶原一騎の代表作漫画のひとつ、1969年以来そのテレビアニメ版が何度も再放送された『タイガーマスク』である。『タイガーマスク』の主人公伊達直人もまた覆面プロレスラーとして試合で得た報酬の大半を古巣である孤児院「ちびっこハウス」のためにこっそりと寄付し続ける。その共通点は、孤児院のために体を張る覆面プロレスラーだが、原作者の梶原一騎もさすがに孤児院の経営者である若月先生をプロレスラーにしようとは思わなかったようだ。
 しかし、この『グラン・マスクの男』には実在のモデルがいる。現在メキシコ市郊外で孤児院を経営する神父セルヒオ・グティエレス・ベニテスという人物で、リングネームをフライ・トルメンタ(暴風神父)という。さしずめ嵐を呼ぶ神父といったところだろうか。

 グティエレスは1945年、メキシコのイダルゴ州に17人兄弟の15番目として生まれた。生活は苦しく、メキシコ市のストリートで椅子づくり、アイスキャンディー売り、劇場の雑役、バスの中での大道芸などで糊口をしのいだ。いつしかドラッグとアルコールに溺れていった22歳のある日、凧のように舞い上がり教会の中へ入り込むと、大勢の前で説教をしている自分自身がいる、というビジョンを見る。「もし聡明でおおらかな神父が私達のことを理解してくれたら、私達はきっと変われる。」直ちに麻薬とアルコールの依存症治療プログラムを受けると、エスコラピオス修道会というカトリック系の修道会に入会する。そこで神学を学んだ後、グティエレスはテスココ教区にLa Casa Hogar de los Cachorros de Fray Tormenta(暴風神父の子犬たちの家)という孤児院を創設する。

 グティエレスは18歳の頃"El Señor Tormenta" (Mr.ストーム) 、"Tormenta En El Ring" (リング上の嵐) という、孤児院の子どもたちのために夜のあいだレスラーとして戦う貧しい神父の映画を見て大変共鳴したという。この2本の映画こそが暴風神父フライ・トルメンタを生み出したのである。彼は孤児院を作った後、その運転資金を稼ぐためメキシコのプロレス「ルチャ・リブレ」の覆面プロレスラーとして1973年から23年間リングに立ち続けた。

 物語は新たな物語を生み出し、水上に広がる波紋のように伝播する。タイガーマスクというイメージは本物のリング上へ、震災の現場へ、児童養護施設へ届けられる手紙へと。そして『Mr.ストーム』はフライ・トルメンタへ、そして彼の子どもたちへと。金に赤い隈取のマスク、胸に赤いFTの文字を施した黄色いファイティングスーツ。試合でのフライ・トルメンタは決して強いわけではなかったという。それでも人気があったのは、彼が本物の神父だったからだ。暴風神父のファンは彼の強さではなく、彼の物語に共感したのだ。今では現役を退いた彼だが、彼にはフライ・トルメンタ・ジュニアという後継者がいる。名をマリオといい、グティエレスの孤児院で育った。本業は弁護士である。

 フライ・トルメンタは日本とも縁がある。彼自身11度も日本へ遠征に来ており、日本での慈善試合も行っている。さらに、彼には日本人の弟子がいる。リングネームをTSUBASAといい、彼の孤児院で1年間修行した後、メキシコで5年間プロレス活動、現在は理学療法士として患者のケアをする一方で、大阪プロレスに所属し、プロレスラーとして活躍しているという。
 暴風神父はゲームのキャラクターにもなっている。ナムコの対戦型格闘ゲーム「鉄拳」のキング、任天堂「ポケットモンスター」のマキシ(マキシマム仮面)、SNKプレイモア「餓狼 MARK OF THE WOLVES」のグリフォンマスク、任天堂「F-ZERO」のレオンがそれだ。こうしてみると、フライ・トルメンタが知る人ぞ知る人物であることがわかる。

 残念ながら『グラン・マスクの男』はさほど人気が出なかったようで、公開はフランスと日本のみ、1994年に邦訳版がVHSで出たものの、DVD化はされていない。同じくフライ・トルメンタをモデルとする『ナチョ・リブレ 覆面の神様』というコメディー映画が2006年に公開されており、DVD化されているので、そちらを見てみるのも一興かと思う。

 全くの余談だが、『レオン』のエンディングで流れるスティングの名曲”Shape of my Heart”。この曲がタイガーマスクのエンディングテーマをなぜか彷彿とさせるので、興味がある方は聴き比べてみてほしい。たかがアニメの曲と侮るなかれ。「みなし児のバラード」もまた名曲ですぞ。


参考:
Allcinema – グランマスクの男
nippon.com 覆面レスラーがつなぐ日本・メキシコ、プロレス事情
ブログ 【人生は逆転できる!】小企業コンサル・講演家の天職ブログ – 孤児院のために神父+プロレスラーを30年
ワクワクメール 伝説のレスラーvol.245/フライ・トルメンタ
Wikipedia – Fray Tormenta
Church Revolution in Pictures – Photo of the Week The Superman Priest
The Guardian – ‘I didn’t want glory. I wanted money’
Youtube - La Historia detras del Mito – Fray Tormenta
Wikipedia – ツバサ(プロレスラー)
TSUBASA OFFICIAL WEBSITE
キットプレス 私的・すてき人 好きなことを一生懸命やる、そうすれば必ず道は開ける
ブログ タイガーマスク〜心優しき虎の素顔〜

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