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ドラマ『チェルノブイリ』をみる

ドラマ『チェルノブイリ』を2話までみる。ニュースで、本で、ドキュメンタリーで、再現ドラマで、「知っていた」はずのものが新たな地獄として蘇っている。なぜ今?ドラマの企画をきいたとき、そう思った事を恥じる。連呼される「アンダーコントロール」や科学者が発する「原因がわからなければまた事故が起こる」という言葉が刺さる。

1話の最後、「雲」が舐めるその下に「赤い森」。こんな瞬時に?と思うけど、その瞬間をこの角度から見た人はいない。気付いたらそうなっていた。象徴的シーン。映像の力。

チェルノブイリに関しては90年代から、サマショールとよばれる立ち入り禁止区域で生きる人々の生活を記録したドキュメンタリー映画など色々な角度から作品が作られてきたがとうとうど真ん中に全力でつっこんでくる者が現れた感がある。その抑制的かつ緊迫感を失わせないすぐれた脚本演出、最大限に発揮される映像の力。ふと思う。キノコ雲の下で起きた事を、いつかこんなふうに描かなくてはならないのでは、とか。その時誰と誰の視点を中心に据えるべきなのかとか。

第3話の予告で、起こる事はもう「知っている」でも見ないではいられない。世界に投げ込まれてしまっている。せっかくスターチャンネルEXに課金したから「パトリック・メルローズ」でも見たら少しは俗に戻ってこられるのではと期待しているが…どうなのだろう。

CHRNOBYL
チェルノブイリ

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