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まん丸満月 

人を本気で殺めてしまうんじゃないかと思った瞬間てありますか?

私あります。今。まさに今。本当、まさに今それ。

32年生きてきて今の今まで一度も無かったです
数時間前までは。

数時間前の私なら「ないない!ないですよー」って笑って答えてたと思います。いや数分前ならかも。数分で人の気持ちって変わるんですね不思議・・・・・・。



仕事終わり彼の家に向かう地下鉄の電車の中
普段は大体私の家に来るんだけど私の家に妹が来てることもあって珍しく彼の家。どのくらいぶりだろう・・。そんなことを考えながら
扉の窓に映る彼の顔を見た。ぜんぜんタイプじゃなかった昔は。今は全てが愛おしい。少し薄くなってきた頭なんか今は愛くるし過ぎて辛い。

出会ったのは5年前
10個上の上司だった彼から誘ってきた。

最初は彼が私を大好きだった。私のことをお姫様のように扱ってくれて
大切に可愛がってくれた。
気づいたら逆転。大好き大好き大好き。今じゃ私の大好きの方が多すぎちゃって
今度は私が彼を王子様扱い。なんでもしてあげたい、この人のためならなんでもする。

私ももう32歳、結婚を意識するようになってきた。必ずこの人と結婚する。
結婚するまでは何があっても耐えて耐えて耐えて見せる!
そう、だから私は今夜も、この人の理想の女でいる。

と言っても彼と付き合い出して3年、不満なんてないし喧嘩もした事がない
強いて言えば毎日会えない事くらい。早く一緒に暮らしたい。

彼の家に着き部屋に入る
久しぶりにきた彼の部屋。

壁に彼の幼い頃の写真が飾ってあった。
綺麗なお母さんと手繋いで笑ってる。可愛い。
まだ髪ふさふさ笑

「かわいーね」

「かわいーだろ」

「こんな子ほしーなぁー」と甘い声で言ってみる

「んー?作るか?」

「そんな簡単に言わないでよ」

「ためしてみる?」

「ふふ」
この人との、この人そっくりな子供めちゃくちゃ欲しい!欲しい!欲しい!欲しいに決まってる!!!!という心の声が漏れないように
深く息を吸ってゆっくり目を閉じる。
彼がプレゼントでくれたニコちゃんのネックレスが首元で揺れる

「これ何歳の時?」

「ん?今2歳かな」

「・・・・ん?・・・今?」

「先月2歳なったばっか」

「先月?え?いま?い、、ま?は?え?どーゆーこと」

「オレの子供」

「え、、聞いてない、、」

「聞かれてないから」

「ちょっと待って一回ストップ」

ちょっと待って、何こいつサラッと爆弾発言して
平然とまだ人の体まさぐってんの?え?どーゆー事?まって?ちょっと待って?何なに?どーゆー状況???

「ちょっ・・一回やめよ?子供いたの?え?奥さんも?結婚してるってこと?」

「いや、籍は入れてない。だから大丈夫」

「違う違う大丈夫とかじゃなくて、意味が分かんない、私と付き合いながら他の人との子供作ってたってこと?え?どーゆーこと?」

「いや、元カノとずるずる関係続いてて気づいたら出来てたみたいで産んでた」

「はぁぁぁ????私と付き合いながら?ん?待って今2歳ってことは・・」

「いや、中々別れてくれなくて、ずっと同時進行してて、やっと別れてくれたと思ったら子供産んだからって言ってきてさ、でも認知してくれるだけでいいっていうからさ」

「同時進行?私と?」

「でも本当に好きなのは・・・・」この期に及んで抱きしめてこようとしてきた

「触んな!黙れうすらハゲ」
お母さん私人生で初めて人の短所をののしりました。しかも数分前まで大好きだった人を。

「薄らハゲ・・え?え?ちょっと待って・・ちゃんと話聞いて?」

「触んなって言ってんだろ耳あんだろ?テメーおい」

「・・・・え?ちょっ・誰?・・・え?」

「おい」

「・・・・」

「おい!お前に言ってんだよ!お前!」

「・・・そんな子だった・・?」

「うっせーなぁ。おいタクシー代」

「え?」

「タクシー代だよ。出せよ。帰るから」

「泊まってかないの?」

「はぁ?お前いかれてんの?この状況下で泊まれるやついるか?クソが」

「え、でも...落ち着いてさ、ちゃんと話を・・」

「触んなぶち殺すぞ」

お母さん人生で初めて人に「ぶち殺すぞ」って言ってしまいました。しかも数分前までは、ちちくりあっていた大好きだった人に。


玄関前で一度振り返り返って思い切り唾吐きかけたかったけど
喉がカラカラで唾さへぶちかませなかった・・。

悔しかったから玄関出て
ぶんどった万札ビリビリに破いて
「うぉぉぉぉ」って叫んだ深夜2時

窓から隣人が覗いてた。

「202の田中の嫁です。みてんじゃねーよ」って中指立てた。


タクシーに乗り込んだら手が震えてきた
と同時に涙がこぼれた。ポロポロ、ポロポロ
ポロポロ、ポロポロ止まらなくなっちゃった。

タクシー運転手がミラー越しに
「彼氏とケンカしちゃった?まぁケンカしてるうちは大丈夫よケンカが無くなったら終わりよ!うちなんかケンカもなけりゃ会話もない!あっちの方もないよ!ガハハハ!」

「ちっ」

人生ではじめて
人の目の前で大きな舌打ちした。

窓を開けて外の空気を吸う
空にはまん丸満月。

まん丸満月が彼にもらったニコちゃんを思い出させた。すぐ引きちぎって窓から捨てようとして、やめた。
そこらへんで適当に入って買った安いプレゼントだってずっとわかってたけど
初めてもらったプレゼントに勝手に愛を感じて嬉しかった
まん丸満月が滲んでふにゃぁと笑ってる。気がした。

まだあいつを想ってる自分が悔しい。

大丈夫。きっと。明日には忘れてる。明日には捨てれる。そう、全部。
この涙は今日でお終い。

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