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下駄の音

からーん ころーん
夏の風物詩とも言える下駄の音
 
幼き頃は小さな町の盆踊り
ひとしきり闇夜の中の輪に混じり
浴衣に兵児帯の幼子は
足の甲に擦れた痛みを覚えながら
夢中になって踊ってた
密かな楽しみだったのは
歩き疲れて帰路に着き
下駄を脱いで家の廊下を歩くとき
足裏が何ともくにゃりふわふわと
不思議な感覚になるのが面白く
それまでの足の痛みも忘れて楽しんだ
 
異性を意識しだした思春期は
浴衣の襟も拳一つ抜き
我が身の下駄の刻む音より
彼が鳴らすのんびりとした下駄の音に
歩調を合わせて一生懸命歩いてた
素焼きの下駄より塗りの下駄
鼻緒もどこか大人びた色合いに憧れた
 
いつしか下駄は
滅多に履かれないものとなり
青年も学生服に下駄を合わせれば
バンカラと呼ばれるようになり
「我が良き友よ」の歌を口ずさみながら
硬派を称して京の街を闊歩した
 
いつの頃からだろう
下駄をかっこよく履きこなす人に
たまらなく男の魅力を感じるようになった
鼻緒が切れて無言のまま
直してくれる「たけくらべ」の真如に
身を任せた美登里に
思わず自分の姿を重ね
ひとり胸をときめかせた
 
二人肩を並べて歩きながら
無言のままのあなたでも
下駄が刻む音が沈黙を和らげ
あなたの人となりを伝えてくれる
そんな気がした
どことなく古風で
不器用そうな男にこそ似合う下駄
 
暑さに耐えかねて窓を開け放した夜
しんと静まった闇夜から
どこからかともなく
聞こえてきた下駄の音(ね)に
思わずあの頃を思い出し
胸がきゅんとなった夜
 
今日もどこかで打ち上げ花火が上げられて
遠い日の夜を思い出させてくれたのね
 

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