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キャリアデザイン

「ああ、母さん」
東京での昼下がり、思いもかけず携帯にかかってきた声は久しぶりの息子からだった。
「どうしたん、何かあったん?」
瞬時にいろんなことが頭をよぎる。

それくらい滅多に息子の方からかかることはない。
基本 悲観論者的な私は、こういう時に天才的な妄想力が働いてしまう。

仕方がない、それが親というものだ

ところがそれは全然私の予想もつかぬ言葉だった。
「いや、そろそろそっちに成績表が届いているかと思ってさ」
「えっ、そうなん?母さん今東京だから見れんわ」
「え~!、今東京におるん!!じゃぁ、しょうがないなあ、届いたら教えてよ、それだけ」
会話は1分と持たなかった

そういえば思い出した。
昨年はこの件で最悪な時期を過ごしていた。
息子は大学に入ってから、大好きな音楽の道を見つけたと全力で倶楽部活動にいそしみ、こんな単位取得を見たことのないというような結果を残して、前期の通知が我が家に届いていたのだった。

◇どれだけその通知を穴があくほど見つめても透かしてみても、記されている単位は 「2」という数字しか見えない。
つまり、この時点でどんなに後期を頑張ったところで留年間違いなしという結論が明らかとなっていた

2単位・・・・

後期の授業料は既に払い込んでいた。つまり1単位60万
私の怒りは頂点を通り越していて、言葉も失っていた。

余裕のあるところから大学に進ませているわけではない。息子も生活費は自分でまかなってくれていて、家からは学費と下宿代だけ出していた。

留年をすれば即退学
それも何度も口を酸っぱくして言っていた。
なのにこの結果
もう私のこころは90%、約束通り大学を辞めてもらうしかないと考えていた。

ギリギリの塀の上を歩き、人はなんとかそこでふんばろうとするものだと思っていたが、息子はいとも簡単に塀の向こう側に落ちてしまう。

その人生の甘さがどうしても親であっても許せなかった。息子は私の気性をよく知っていて、もう退学だと覚悟を決めていたらしい。

ところが紆余曲折を経て、頑固者の私だけど信頼する友に進言され、今まで曲げたことのない思い込みを今回初めて考え直し、結果息子は現在2度目の1回生を過ごしていた。

クラブを辞めバイトも変えた
朝のコンビニで規則正しい生活のリズムを作り、ユニクロで人生の縮図のような体験をさせてもらっている。
そして、迎えた前期の成績表だった。
確かに気にならないはずがない、
いや、今まではそこが他人事だったから踏ん張るべきラインをついフライングしていたのだろう。

ということは大丈夫なんだな。
気になるということはある程度手応えがあったということ。私はむしろ楽しみに東京から家路についた

手紙はちょうど帰ってきた日に届いていた。
結果を見るとほぼ90%単位は取れていた。
しかも 点数も私が思ったより良かった。

本当に努力したんだ

よく、あそこから立ち直ってくれた

科目の詳細を見ると、キャリアデザインという項目が見えた。確か働いている人にインタビューをして
ひとりひとり壇上から発表するということで、息子から私を題材にすると電話で取材をされたものだった。

それが1番高得点をとっていた
確かそのクラスで優秀賞の1つに選ばれたと、何気ない会話の中でぼそっと報告を受けていた。

この春はきっと彼からすれば人生初めての挫折、
どん底の日々を送っていたことだろう。生活苦でガスは半年以上止めたまま、自分がこれからどういう人になっていけるのか予想もつかず、自信の欠片もない日々を送っていたに違いない。

だけど学年が変わっても友やクラブの人間関係は変わらず、アルバイト先のユニクロの店長に
「君のような子を待っていた」と言葉をかけてもらい、そんな何気ない嬉しさの積み重ねをいただいて
彼はこれまで漫然と生きてきた人生から、何かを掴んでくれたのだろうか。
先日久しぶりに見た彼の顔はすっかり大人びた表情を見せていた。

インタビューの時もどんなにキャリアのことを私が話しても、高校生の頃は「俺とかあさんは違うから」とこの一点張りだった口癖から、少し客観的になって親を一人の人間として捉え出してきていることを感じていた。

仕事柄、人を信じることを、あれだけクライアントにアドバイスしながら自分のことになると出来ていなかった私、最終全ての人があなたの敵に回っても
守るべき存在の親になると誓った私のはずだった。

昨年の暮れ、貴方と京都駅の喫茶店で
「もう一度 大学をやり直してみ」
と私の口からこぼれた瞬間、心から安堵した表情を見せたあの顔が忘れられない。

私は知らず知らずの内に彼を追い詰めていた。
自分のちっぽけな意地を通すため、彼の大事な人生を台無しにするところだった。

救われたのは私

友に 先輩に バイト先の店長にお礼を言わなければいけないのは私、
キャリアデザインの醍醐味を十分味わい尽くさせてもらった出来事

感謝の言葉を言っても言い切ることができないくらい嬉しい通知だった

今宵は嬉しくてしようがなくてまた お酒が進んでしまった。

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