耳かき

「今度ははんたい」
何度こうして私の膝枕で
貴方の頭をくるくると回してきたことでしょう
 
いつもは威勢のいいあなたも
この時ばかりは
借りてきた猫のように
言葉少なく 少し照れるように顔を押付けて
私のほうへ顔を向きなおした
 
必ず順番は決まっている
まずは左耳を上に受け
私は背中越しに耳を撫でる
その時あなたは気付いているでしょうか
 
いつも決まってつぶやくように
少しだけ私に言いにくいことを話すのよ
仕事の悩みだったり
人間関係の疲れからだったり
 
目は閉じたままなのか見えないけど
ぽつりぽつりと重ねる言葉は
私に話しかけているようで
自分の心に問い直してる
 
そんなとき鼈甲の耳かきは
あくまでも耳の内側をマッサージするように
そっとなぞるだけ
あの飴色の鼈甲のしなやかなたわみが
貴方を優しく包みます
 
私は聞いているような聞いていないような
気のない返事で時を流すけど
きっとそれでいいのね
「はい、おしまい!」と声をかけると
一瞬 夢から覚めたような表情をして
のそのそと向きを変える
 
右側の耳の時は、もう何も言わない
ただ幼子のように程よい闇を求め
顔をうずめるように脱力し
ただ私にひたすら身を任せてくれるの
そんなひと時がたまらなく愛おしい
 
いつも人に囲まれている貴方だから
いつも何かを決断して責任を負う貴方だから
せめてこのひと時は
自分の運命を他人に預けきる心地よさを
感じながら過ごして欲しい
 
そう、その細い穴を支配しているのは私
蟻の一刺しでも完全降伏の一瞬
素直に白旗をあげてね
それは完全幸福のパスポートでもあるのです

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