見出し画像

小さなひとり旅

仕事から帰るといるはずの娘がいなかった
― そうか 義母のところにお泊りにいったのだ ―
田舎で一人家を守る母のところに
春休み、時間があるときに行ってちょうだい
そうお願いしたのは私だった

初めて一人で電車で乗り継いで行く
そこに兄の姿はいない

これまでは幼子だった兄と妹を
いつも二人で小さな旅に出した
一人ならば心細いところを
妹は兄に全幅の信頼を寄せ
兄はその妹の期待に応えんと
遠くは長崎まで二人手を携え小さな旅に出た

二人きりの初めてのお出かけは
確か兄が小学3年生で妹は年長さんの時
今回と同じ、家から電車で1時間程離れた義父母の所に行かせた
途中、本線からローカル線に乗り継がないといけなくて
私は何度も駅をひとつひとつ読み上げては
兄に乗り換えを間違わないように念を押した

念願の冒険旅行
子供たちは早速おやつを買い込んだ
お茶もジュースも準備万端整えた
それでも電車がホームに入り込んできて
私がホームに残ったまま見送ろうとすると
兄は何とも言えない情けない顔をした

それから約小一時間
母からの電話で無事についたと連絡がある
息子は初めての大役を果たしたからか
いつもに増して饒舌に電話口で話してくれた

よくよく聞くと
楽しみにしていたおやつには一切手を付けなかったという
その理由を聞けば
妹は緊張したあまりなのか
もともとふてぶてしいのか
兄のドキドキも知らず乗り継ぎが出来たあと
すぐさまグースカ寝たらしい

兄は自分の肩を妹に貸したまま
おやつの入ったリュックを下ろすこともできず
また乗り過ごしては大変と
自分だけ必死で起きて
止まる駅ごとに駅名に目を凝らし
とうとう食べる間もなく到着駅についたのだという

思わず、その光景が目に浮かび笑ってしまった
微笑ましすぎて 何だか涙がこぽれてきた
一人っ子同士の結婚は
子供たちに叔父も叔母も従兄弟も
つくって上げれなかった
世の常で順当に親が先に逝けば
兄妹二人ぼっちになるのだからと
どうか仲良くいてほしい
そう すり込むように子供たちにいつもお願いしていた

だからか、二人は今でも仲がいい
妹は兄の住む下宿に
今度は泊まりがけで遊びに行くのだと張り切っている
シスコンと言ってはばからない兄の
嬉しそうな顔が目に浮かぶ
きっと未だに
妹が無事たどり着けるのか
おやつも食べずにホームで待ってくれているのだろう

あの頃の日々は
本当に宝物がいっぱい詰まっていた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?