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雛祭り狂宴

今日こそ飾ろうと雛人形を取り出す小春日和の休日
つけっぱなしのラジオからふと聞こえてきたセリフ

「ひとつの恋に夢中になるということは
他の全てを捨て去ること」

そんな一節に釘づけになり雛人形を手にしたまま動けなくなった
これまで蓋をしていた私の衝動が溢れ出しそうになり、思わず誰かに見られてはいないかと背後を伺った

何も知らないのではない
気付かないふりをしてきただけ
そう雛のように何も言わず過ごしていただけ

ひな祭りの起源は「曲水の宴」
緩やかな水の流れの岸辺に佇んで
向こう岸の貴方から流れ送られてきた杯が
ゆっくりと通り過ぎるまでのあいだ、一首詠を交わす
もしもその歌詠みができなければ
杯に並々と盛られたお酒を飲み干した

盃は瞬く間に重ねられ
酔い惑う移ろいの中
詠えなかった辱めを甘んじて受けながら
舞い散る桃の花びらに包まれて
導かれるままに女であることを選んだ狂宴

理性は吹き飛んだ
こころの中で持て余すような
抑えのきかない感情が顔を出したとき
もっとも女性は「らしく」輝く

コントロール不能が故に
一度走り出すと
行き着く先は誰にもわからない
全てを手放した分
どこまでも自由で
どこまでも女になれる

願わくば一生そんな私と
出会わないようにとも思いもしたが
知らないという選択肢は既になかった

全てを無くしかねない危険な香りは
どこまでも甘い蜜の味
一度火がついてしまえば
最後まで燃え尽きるのを待つしか術はない

そんな不浄な穢を収めんと
「曲水の宴」が変化して
全ては水に流して禍を抱えないように
嫁ぐ際、母は娘に雛人形を持たせた

固くこころに鍵をかけ
災いを自分で巻き起こさないように
子供の安寧を願った

そう、女性はこうして貞淑を身にまとい、情動を抱えたまま嫁いでいく
自分が気づこうが気づかないままであろうが
女であるが故の宿命

それが怖いと思うのか
面白いと感じるのか
共に嫁いだ雛だけがずっと見ている
あなたは どっち?

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