残されたピアス

帰り道の電車の中、ふと耳に手をやると
左の耳のピアスがなくなっていた

「あ、また・・・」
すっかりあきらめモードのつぶやき
どこまで記憶をたどれるのか
心なしか片耳が微妙に軽い

「お気に入りだったのに・・・」
規則的な列車の揺れる音で
私の独り言は誰にも聞こえない

そう、いつも失くすのは左の耳のピアス
所在なげにトレーの上に残された片割れのピアスは、どこか悲しげだ
いつかまた会えるかもしれない相棒をひたすら信じて、もうつけられることのない運命も知らずにそこにずっと収まっている

―貴方のせい―
奔放な彼のいつもの癖は、女性の髪を右手で触ること
耳元近くまで顔を近づけ、囁かんとばかりに
吐息だけを残しては、こめかみから髪の毛の先の先まで丁寧に指を滑らしていく

その間私は、まるで電流で体中を撃たれたかのようなしびれを起こし
そこから先1ミリも動けなくなる
お尻の奥が少しキュンとなるような
微妙な緊張感が体全体をざわざわ包む

きっとその時なのだ
私の左の耳からピアスがこぼれ落ちる
だけども私はそんな感覚さえ麻痺して分からず
気がつけばいつも片耳だけのピアスが残されてしまう。そしてそのことを訴えても
「また、新しいお気に入りを買えばいいじゃん」と悪気なく答えるだけ。

無いとわかっていてもつい左の耳たぶをつまむ。
もっとも痛みに鈍いはずのその場所が
瞬時にあの2時間前の2人を思い出し
そこを発火点に体中が熱くなる

残されたピアスはまるで私
舞台の主役に上り詰めたと思いきや
いつでも気まぐれな彼の手によって翻弄されていく。誰にも未来は分からないとはいえ、あなたはそこに情も未練も全く残さない人
残されたピアスの運命で明日の我が身を占ってしまう。
だから片割れとなってもおろそかにできず、貴方との未来を重ねてしまうのです。

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