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「白い薔薇の物語」

今思い出しても、切なさで胸が少し傷むのですが
人を想うことに臆病になった時がありました

心に何重もシールドを張り「攻撃は最大の防御」だと
哀しみを忘れるために心に蓋をして
友と会えばふざけることですべてを笑いとばし、あたりさわりのない会話で今日を一日やり過ごしていた

バイトを7つ掛け持ちし
心が危うく流れ出してしまわないよう
作業で時間をつぶしていっていたあの頃

そんないびつな心を溶かしてくれたのは
100本の白い薔薇
それも、少し萎れかけた
どこまでも柔らかい薔薇だった

「あいつだけはやめとけ」そう周りの友から言われていた。自分でも「私と付き合うと碌なことにならないから」と自虐ネタのようにヘラヘラしていたら、真っ直ぐな目で私を捉えて話さなかった彼
その勢いに押され、恐る恐る付き合いだして程なくの頃でした。

彼がバイトしていた、先斗町近くの老舗の花屋。
バブルのころの祇園は街全体が艶やかな華だった。
お金に糸目もつけないお客さんが次々と目当ての女性のために花を求めてくる。

一輪だけ豪華な花を買うことも考えたそう、
でも、自分じゃないような気がしたという
お金のない貧乏学生が彼女にプレゼントしたいと店主に相談したとき、
店の片隅でもう売り物にはならないからと
無造作に束ねられていたその白い薔薇の群集を「格安で持っていきな」と
言ってもらえたというのだ。

水滴を弾き飛ばすような勢いのあるツヤツヤの白い薔薇だったら、まぶしすぎて心が反射的に拒否していたかもしれない。

少し「くたっ」とした100本の薔薇
気品はそのままだった。
短い一生の終盤ですべてを許し受け入れてくれるようなたたずまい
独特の甘い香りがそっと包んでくれた。

大理石の乳白色のように光もやわらかく取り込んだ少し乾いた花弁は、手に馴染んだタオルのように私の頑なな気持ちまですっと吸い上げてくれた。
もう一度、人を信じてみたいと素直に思えた。

今でも街角であの甘い香りに遭遇すると胸がキュンとせつなくなる

ー 彼に救われた ー

振り返ると分かる
今でも感謝の想いで一杯の出来事

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