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折りたたみ傘

学生時代、傘は持たないことに決めていた
私は「晴れ女」だから
あなたにここぞという時にピカピカのお天道様ををプレゼントできる
そんな女神でいたかった

彼は私と違ってとても慎重
ディバッグの中に必ずしのばせてあるのは折り畳み傘

ふいの夕立でも
自分の役割は心得ていると言わんばかりに
手品師のように傘を取り出して
傘を差し向けてくれる
少し小さめの空間に
肩を掴まれてすっぽり収まる
そんな儀式がたまらなく好きだった

待ち合わせの場所
濡れすぼったままでたちんぼしている私を見つけると
「仕方がないな~」
といいながら、柔らかな眼差しで
既に用意してあったタオルを取り出し
私の頭をゴシゴシ拭いてくれる
そんな瞬間が幸せだった

濡れたら乾くまで歩いてたらいい
そんな時間があの頃はたっぷりとあった
落ちた化粧もそのままで
冷えた体も包まれていれば安心だった

いつからだろう
雨に濡れることが出来なくなった
大切な書類は幾重にもビニールに封印された
皮のブリーフケースはすぐに雨のしみをつくった
濡れたスーツではあまりにもみすぼらしい
私はいつしか
鞄の中に折り畳み傘を
常に入れておくようになった
スケジュールは、ノートでしっかり管理され
乗り継ぎの歩幅さえ考えて歩くようになった

ミスなくそつなくできるようになると
反対にミスすることがとても怖くなった
リスクヘッジに敏感になりすぎて
ハプニングを素直に楽しむことができなくなっていた

濡れたままで平気な自分でいた頃のほうが
刹那的でも大胆だった

自分で自分を守ることができるようになると
役目を終えたとでも思ったのか
彼は自然と私の前からいなくなった

そして日常は家とビルの往復となり
太陽が昇り切る前に出勤し、深夜の帰宅が続き
晴れ女でいることも必要なくなった

それが、私の社会人になるということだった

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