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「アレしよ事件」

それは大学生になってまもなくの頃
田舎から出てきて一人暮らしを始めた私は
大学の近くで早くもお気に入りの喫茶店を見つけた

その名も京都の地にふさわしい「紫宸殿」というお店
カウンターをベースとしたうなぎの寝床のようなスペース
そこにはもみあげだけがルパンに似ているマスターと、肝っ玉母さんのようなママがいて
何とも居心地のいいこじんまりとした店だった

多分昔からの常連だった友に連れて行ってもらったのだろう
大学は高校と違って決まったクラスも無いに等しく、だれも知り合いがいない私はたちまちそこが心の拠り所となって、授業が終わると一目散にそこへ帰り今日あった出来事をママさんに話すのが日課になっていた

そうして通いつめると
常連さん同士仲良くなる

大学からひと駅離れたところにあるその店は、京都でも有名な予備校が近くにありその卒業生が各大学に進学を決めてからも、同窓会の場のように毎日集まっているような喫茶店だった

そんなある日、私はカウンターでいつもの常連さんと今日仕入れてきた小話で二人盛り上がっていた
そこへ私の反対側の隣の席に2つ上のT先輩がやってきた
彼はKS大学のラガーマンで
がたいといい風貌といい密かに「奈良の大仏さん」と読んでいたくらいどっしりと構えた真面目で優しい先輩だった

あまりに隣で笑い転げる私たちが面白そうだったのだろう
普段は口数も少なく自分から話しかけることもないのだが
その日は珍しく私に向かって
「弓ちゃん、何?何がそう面白いん?」
と声をかけてきた

私は反対側にすぐさま振り向くと
つい勢いでそのリクエストに答えてしまった

「Tさん」

じっと目を見つめ
おもむろにT先輩の右手を片手で包み込むように握り、上になった手の甲にもう一方の人差し指でのの字のの字を書くようにして

「アレしよ♡」と耳元で囁いたのだ

実はその後すぐさま
「あれしよ(荒れ性)ならハンドクリームを塗りなさい」
といって手をポンポンとたたき
「なぁんだ!」チャンチャンと笑って終わる
そういう小話のつもりだった

ところがT先輩は
最初の「アレしよ♫」の導入一段階目で
誰が見てもわかるくらい
目が充血し、耳まで赤くなって反応しているではないか
(あっ!この展開はまずい (´д゚`ll))
と、思ってももう遅い
最後のオチまで言わないとここは収まりがつかない
誤解はちゃんと解いておかなければもっとイケナイ展開に…

一応シナリオ通りに最後まで何とか伝えきる
その間T先輩が店に入ってきて5分経つか経たなかっただろうか
T先輩はコーヒーも殆ど飲まないまま
店の出口に向かって一直線走ったかというと
その日は二度と帰ってこなかった

残された私たちの気まずさといったら・・・
その後T先輩は滅多に顔も出さず
半年位交流断絶となっていた
風の噂で、相当 おこっていたとも聞いた
私は本当に心から反省した
やった相手が間違っていた!?と・・・

最後は、彼の寛大な心と心身の修行によって
日中交流復活くらいの奇跡で仲直りし、その冬にはみんなでカニツアーに繰り出されるくらい笑い話となって ことは落ち着いたのだが

すっかりこの話は
「アレしよ事件」と語り継がれ
酒の席になれば蒸し返されおちょくられるネタとなってしまった

教訓 
やはりギャグもアレも人見て話しましょう
え!全然教訓になっていないって!!?(^0^;)

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