mynolity

少数かもしれないけど私らしさを受け入れて欲しい。万人の持つ願望だと思います。

前回のnoteでもつぶやきでも書いたんですが、私の性的認識?はポリアモリーです。あまり人に恋愛感情を頻繁に抱くタイプではないので、実際に複数の方とお付き合いしたいとおもったことはないのですが、恋愛において独占欲や嫉妬や排他的な気持ちを持つことがない点においてポリアモリーという属性にすごくシンパシーを感じたからです。

今回は、ポリアモリーについてすごくわかりやすくまとめられた記事があったので、親友達にシェアして見たときのお話をさせてください。
その記事を読んでくれた友人の一人が、「そういうことなら私もポリアモリーかもしれない、でもこれって言ってしまえば生まれながらの浮気性ってこと?笑笑」って悪びれずに言ったんですね。もう私それが本当に悲しくて。友人に腹が立つとかじゃなくて、こんなにも伝わりにくいものなのかという途方もない悲しさです。だって、浮気とは全く別物で、ポリアモリーは不誠実が大嫌い。私はそれがポリアモリーの大前提だと思っていました。その軸となっている要素がこうも理解され難いのかと、小さな挫折をしたような気持ちでした。その場では浮気とは完全に別物だよとだけ伝えましたが、都合の良い言葉みたいに捉えられうるこの概念を、これから将来親くなるであろう、理解して欲しい人たちに理解してもらうことは難しいんだろうなと痛感しました。
またそれと同時に、彼女が悪びれていないというのも重大なポイントです。人の振り見て我が振りなおせということわざがありますが、本当にそうで。私も何気ない一言でマイノリティの方やそうでなくとも複雑な心境を持っている人をどこかで悲しませてしまっているかもしれないとハッとさせられました。例えばミックスの方のお話。私は純ジャパというこの国では圧倒的マジョリティなのでその点でのマイノリティの方の気持ちがわかるのに恥ずかしながら時間がかかりました。知り合いの米×日ミックスの方が、一言めにハーフ?って聞かれるのが嫌だ。それは失礼だと思う。と言っていて、最初は正直驚きました。今は時間を重ねて理解できるようになりました。私もハーフ?って聞いたことあったと思います。ただ本当に悪気がなくて。でもそれが最大の問題なんですよね。
話が膨らみすぎますが、セクハラにしても差別にしても、最も解決の妨げとなっているのは被害側と加害側の温度差だと思います。故意に加害していれば、最低だけれども改めなければならなくなった時に改めるポイントが解る。しかし無意識の場合、何が悪いのかわからず、最悪の場合逆ギレなんかもあり得ます。

ある言動に対してどう思うかは人の主観なのでとても難しいです。何も思わない人だっていますし、その分とっても傷つく人だっている。だからこそそれぞれが言葉に慎重になる必要があり、また訴えられないための表面的努力のみならず、心からのコミュニケーションを通じて歩み寄る必要が大いにあると考えさせられました。

さらに気になったのが友人の発言の「そういうことなら私もポリアモリーかもしれない」です。後半で、自称ポリアモリーの私と全く異なる見解を示しておきながら、彼女までもが自称ポリアモリーになっているのがやけに引っかかりました。それに、私が見てきたところ、彼女にはかなり、私の共感し得ない独占欲や嫉妬心があるのです。だから私からしたら「いやそれは違う」もっと口悪くいうと「てきとーに一緒にしないで」と思ってしまいました。でも数秒でこの考えは良くない、思っても口には出すまいと思い直しました。だってそれって主観だから。私だって、複数人とお付き合いしたいとまで思ったことがないくせに、ポリアモリーを名乗るなと誰かから言われるかもしれません。でも私はそう言われることで拠り所となっている概念を取り上げられてしまう。誰にもそんなことをする権利はないのです。彼女は私のシェアした記事からそう感じたのかもしれない、浮気とは全く別物であり、同じように見えても同じように扱うことは失礼にあたるということだけつたえて、あとは彼女の主観にお任せすることにします。

以上、本当に主観って難しいとつくづく思わされる件でした。それぞれが拠り所を持ちながら、型にはまりきらない個人の輝きを尊重していきましょう。🤞

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