見出し画像

ペクトラジ  第十一部 「追想」

剛は六十歳を超えたある日、朝鮮(韓国)部落のおばさんたちが、地固め作業をしている時に唄っていた歌を思い出した。

韓国部落民の労働は過酷なものだった。
男は土方だが、女も地盤固めの作業をおこなった。
ロープの先の大きな木の塊を落下させて、地面に激しく衝突させ、
地盤を固めるのである。

その時歌われていたのが「ヨイトマケの唄」だと思い込んでいたが、
それは間違っていたことが記憶に蘇えってきた。
 
「トラジのうた」だったのである。

朝鮮王朝の時代、「アリラン」は日本でいうところの民謡に近く、
「トラジ」は童謡に近い。

そして、少女の労働歌でもある。

「トラジ」は桔梗のことで朝鮮王朝時代、
桔梗の根は薬膳料理の材料として珍重された。

山には、トラジが自生していて、少女はその根を掘りにいくのである。
「トラジの唄」を口ずさみながら。
 

なぜ、今になって思い出したのか、わからない。
その少女との想い出が今も残っていたのであろう。
今の剛には、少女の名も顔さえも全く思い出せない。

ただ何となく、少女はプサンに住んでいるのではないかと思い、
剛は時折その方向にむかい「トラジの唄」を、
うろ覚えの韓国語で口ずさむ。

「トラジ、トラジ、ペクトラジ、シムシムサンチョネ・ペクトラジ~」
    
                              ✤ ✤ ✤

ペクトラジ(白い桔梗)は太古の昔、娘がまだ見ぬ恋人を想い、
髪かざりとして使用した、当時の精いっぱいのお洒落な
アクセサリーだったと聞く。

 
 
 
ペクトラジ 「あとがき」
 
これは実話を交えたフィクションである。
金一と明子の「かけおち」もでっちあげである
しかし時代的考証は完全に一致している。
それゆえ、少女と少年の恋物語は
作者が空想した全くの創作である。
第一、 わずか7~8歳でこのような恋物語など
絶対にありえない。
どう考えても、10代半ばから後半の
恋物語である。
では、作者はなぜ、そのような
無理な年齢設定をしたのか?
それは、こどものころの出会いと別れ
その一点に集中して、大事な記憶ゆえ
あえて無理な架空の恋物語を創作したのである。
 
 
2018年7月11日  ペクトラジ 完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?