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サンビタリア、君の心に咲いて

「和ちゃん、今日もかわいいな…」

「和先輩、俺と付き合ってください!」

井上和

男女、先輩後輩関係なく人気なクラスメイトだ。

そして


…私の大切な友人だ。

そんな友人が、ちょっぴり羨ましい。

いや、すごく羨ましい。

「和ちゃんって…彼氏とかいるの?」

「和ちゃんの好きな男の子のタイプって分かる?」

私が男の子に話しかけられる理由はたいてい

和に関しての情報を知りたいからだ。

学年一イケメンと言われるサッカー部男子

この学校の生徒会長

ついには、私の好きだった男の子にも聞かれる始末だ。

「ねえ咲月ちゃん…和ちゃんの好きな食べ物って何?」

「俺、今度和ちゃんをデートに誘おうと思ってるんだ」

″そんなの自分で聞けや″

なんて、毒を吐くこともしばしばある。

求められるのは、私ではなく和だ。

だけど、最近は慣れてきた。

いや、本来はこんな状況に慣れてはならないのだろう。

こんな状況に慣れていたら、一生彼氏などできないはずだから。


「…月…」

「咲月〜!」

こんなことを考えていたら、横から話しかけられた。

こんな物思いに耽る原因の張本人である、和だ。

でも、和は何も悪くない。

分かってるはずなのに、

やっぱり、自分は最低だな、と感じる。

「何、今1人にしてよ」

友人に対して、こんなぶっきらぼうにしか言えないんだから。

「ごめん…」

私こそごめん。

こんな言い方しかできなくて。


和を突き放したことに罪悪感を抱えながら、

私の今の気持ちを表したような曇天の空の中、帰り道を歩く。

自分の不器用さが嫌いだ。

和のルックス、愛嬌が羨ましい。

私にも、あんな可愛さがあれば良かったのかな。

私にも、あんな愛嬌があれば、彼氏ができたのかな。

やっぱり考えちゃうよね。

タラレバなんて、意味ないのに。


後ろから、バタバタと足音が聞こえてくる。

ああ、焦ってるんだな

くらいにしか考えてなかったけど、

その音は段々緩まり、

「菅原さん!」

私を呼ぶ声と変わった。

その声に振り返ると、

そこには同じクラスの〇〇くんがいた。

「菅原さん…はぁ…」

「一緒に帰りませんか?」

そんなことを言われたのは初めてだ。

嬉しいな。

…って、言いたいけど、

嫌な思い出が蘇るからやめてほしい。



「咲月さん、俺と一緒にでかけない?」

和のパイプ役に慣れておらず、若干の嫌悪を抱いていたころ、

クラスの男の子に話しかけられた。

あ、私が誘われてる

和じゃない、私が求められてる

ついに、私にもチャンスが来た、と思った。

そこから、

出かける日まで、色んなことを調べた。

男の子との初デートでは、何を着ていけばいいのか

デートで気をつけるべき七ヶ条

食事の時に守るべきマナー

今まであまりしてこなかったメイクの仕方

人って、こんなに本気になれるんだな、って感じた数日間だった。


いざ迎えたデート当日。

張り切りすぎて、待ち合わせの30分前に着いていた。

今思えば、デートなんて一言も言ってなかった。

私が勝手に、デートだと思い込んでいただけだった。

だって、楽しかったデートの帰り際言われたセリフが

「今度さ、和ちゃんも連れて3人で出かけようよ!」

なんだから。

男の子から話しかけられた時点で気づけなかった。

私が求められたことに気を取られてて忘れていた。

男の子が求めるのは私じゃない。

和なんだ、ってこと。

ああ、私って本当に単純なんだな。



「あの…菅原さん?」

また物思いに耽っていたのだろう。

〇〇くんは私の顔を軽く覗き込んで心配してきた。

〇〇くんの顔は、本当に心配してくれている顔だった。

でも、それで騙されてきたのが私だ。

「何、早く帰りたいんだけど」

別に帰っても何もないのに、

何も予定なんてないのに、

ついトゲのある言い回しになってしまった。

やっぱり私は、不器用だな。

「あ、あの…菅原さんと一緒に帰りたいな、と思って…」

「…うん、いいよ」

ごめんね〇〇くん、こんな言い方になっちゃって。


隣を歩く〇〇くんは、どこか嬉しそうだった。

なんでだろう、って聞こうと思ったけど、

「僕、菅原さんと帰れて幸せです!」

その前に答えをもらった。

でもどうせ、分かれ道の前で、

「菅原さん、井上さんと仲良かったよね?」

とか聞かれるんだろう。

そんな考えで一緒に帰っていたけど、

「菅原さんの好きな食べ物ってなんですか?」

「菅原さんって、好きなアーティストっていますか?」

〇〇くんの話題は全部、私が主語だった。

「ハロプロさんのアーティストが好きかな…」

「ハロプロさん、いいですね!」

「あんまり聞いた事なかったけど、帰ったら聞いてみよっかな〜」

私の話をこんなに楽しく聞いてくれたのは、和かお母さんくらいだろう。

2人の分かれ道でも、

「菅原さん、また明日ね!」

「じゃあね!」

和について言及するどころか、

人間ってこんなに笑顔になれるんだ、というほどの笑顔を見せてくれた。

ああ、この子は外堀から埋める賢い子なんだな

私を確実に味方にしてから、和を攻めていくタイプなんだな

今までの経験上、こう考えるのが妥当だろう。

自分の身を守るためにも。



翌日、ちょっと遅れて学校に登校すると、

「菅原さん、おはよ!」

「あ、〇〇くん、おはよ」

「あ、今日はポニーテールなんだね!似合ってる!」

今まで話しかけてきた男の子の中で、

髪型の変化に気づいてくれた男の子なんていただろうか。

いや、いない。

あれ、本当に本気なのかな

なんて淡い期待が頭をよぎったけど、

これ以上傷つきたくない

自分の防衛本能が働いた。

″和狙いに決まっている″

その考えが、私の頭を埋めつくした。


だけど、その考えを打ち壊すように、

「菅原さん、黒板消すの手伝うよ!」

「菅原さん、この映画観た!?」

ことある毎に〇〇くんは話しかけてくる。

どんな些細なことも私に報告してくる。

「昨日ね、帰り道で500円玉拾っちゃった!」

「このお菓子が本当に美味しくてさ…」

本当ならうざったいくらいなはずなのに、

話しかけてくれる時間が永遠に続けばいいのに

もっと色んな話を聞きたいよ

〇〇くんの言葉一つ一つが、

私の防衛本能を壊していく。


「咲月さん、一緒に帰ろ!」

〇〇くんの呼び方が、菅原さんから咲月さんに変わったころ

「そういえばさ、〇〇くん」

「井上和って子知ってる?」

「ああ、めっちゃ人気な子ですよね?」

「うん、私、その子と友達なんだけどさ…」

″〇〇くんのこと、気になってるらしいんだよね″

私は、鎌をかけた。

〇〇くんによって壊された防衛本能は、

ついに最終形態になっていた。

ボスを倒したあとのラスボスの、それの裏ボスのように。

「え、和さんがそんなこと言ってたんだ…」

「めっちゃ嬉しいな」

ほら、やっぱり。

〇〇くんはやっぱり、賢い子だった。

外堀を埋める天才だった。

ありがとう、私の中の裏ボス。

私を守ってくれて。

そう思ってたけど、

「でも僕、和さんにはあまり興味ないんですよね」

「僕…咲月さんが好きなので!」

〇〇くんのその一言は

私の防衛本能を完全に崩壊させ、

ついでに私の理性まで壊していった。

私は本能の赴くまま〇〇くんの手を掴み、

「え、咲月さん!?」

私の体は、とある場所へ一直線に向かっていた。


気づいた時には、

私の目の前には、呆気を取られた表情の〇〇くんがいて、

そして私は、

私の部屋のベッドで、〇〇くんにまたがっていた。

「〇〇くん…」

気づいたら、私は〇〇くんの唇を貪っていた。

家まで走ってきたせいで息が苦しくなっているけど、

〇〇くんも苦しい表情をしているけど、

私から離れてほしくない

誰にも渡したくない

私以外見てほしくない

〇〇くんの整った顔も

〇〇くんのドジで可愛い部分も

〇〇くんの優しさも

〇〇くんのイジワルな性格も

〇〇くんの何もかもを

″私のものにしたい″

理性が壊れた今、

その一心だけが、私を動かしていた。


どのくらい経ったか分からない。

体感ではほんの数秒に感じていた。

だけど、〇〇くんの呼吸の荒さ、

私と〇〇くんの間を繋ぐアーチを見れば明らかだった。

「〇〇くん…」

「咲月…」

気づいたら私は、〇〇くんに押し倒されていた。

今度は、〇〇くんの番だった。

私の体に〇〇くんはまたがり、

私の両腕は〇〇くんの両腕で抑えられ、

私の唇は既に、〇〇くんによって支配されていた。

ああ、〇〇くんに求められてる

〇〇くんが私を欲している

〇〇くんと繋がれている

頭が〇〇くんでいっぱいだ

和は、みんなのマドンナだから、

こんな風に男の子にむちゃくちゃにされる経験なんてないんだろうな。

私はちょっとだけ、優越感に浸れた。


体感は数秒、実際は数分だろう。

部屋に流れた沈黙を破ったのは、

「咲月…俺は咲月が好きだ」

今までの優しい口調の″咲月さん″や″僕″はどこにもなく、

今まで見たことなかった、〇〇くんのちょっと男らしい部分が見えた。

そんなギャップに、心が踊る。

あ、私ってやっぱり単純なんだ

「私も、〇〇くんが好きだよ」

「俺たち、付き合おうか?」

「うん、付き合お?」




ベッドの上、窓から光がさす。

こんなにも朝を待ちわびていたのはいつぶりだろう。

いつもより髪型のセットに時間をかけて、

鏡の前で笑顔の練習なんかしちゃって、

やっぱり私って単純なんだな

そんな自分が、おかしくて笑っちゃうけど

今は本当に、好きだ。


朝7時55分、いつもより5分早く家を出る。

いつもならあと5分、なんてベッドで夢見心地でいるのだろう。

だけど今日からは違う。

「咲月、おはよ」

「〇〇、おはよ」

「行こ、俺の彼女さん」

私を、

他の誰でもない私を、

求めてくれる人がいるのだから。

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