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『アイ』の言葉が伝わらない

部屋に突き刺す眩しい朝日。

温かく包んでくれる毛布。

頭の高さに合わせた枕。

そして

「おはようございます、〇〇さん」

という、女性らしき声。

「おはようございます、アルノさん」


近年、″情報化社会″といった言葉をよく耳にする。

情報技術や機械工学が進展し、今までにない様々な需要が生まれた。

その反面、職を奪われ、AI技術や機械化に嫌悪感を抱く人もいる。

当たり前だ。

自分の職、生活が奪われるのだ。

だけど、そんな嫌悪感をよそに、AI技術は世の中に広まっていく。


「〇〇さん、考えごとですか?」
「あ、はい、ちょっとだけ」

「もしよろしければお話しください。少しであれば、お力になれるかもしれませんから」

朝起こしてくれた人。

そして今話しかけてくれた人。

いや、人というべきなのか否か。

AN-317

それが彼女の製品番号だ。

だけど、そんな呼び方は嫌なので、

「アルノ」と名付けた。

人間らしさとAIらしさ、

両方を兼ね備えた名前だと思った。

「ありがとうございます、アルノさん」
「朝ごはんの準備ができていますよ」

「あ、今着替えます」
「はい、リビングで待っています」

彼女は、完璧だ。

怖いくらいに。



リビングに行くと、朝食が並んでいた。

白米に目玉焼き、ベーコン、サラダに味噌汁と、僕の好みを完全に把握した献立だ。

「ありがとうございます」

アルノさんに感謝をする。

「いただきます」

そして食材に感謝する。

毎日のルーティンだ。

生活してると意外と忘れがちな感謝の言葉。

小さい頃に叩き込まれたはずの感謝の言葉。

みんな、忘れちゃうかもしれないけど、僕は忘れることはないだろう。

「食事している間に、洗濯を済ませてきます」
「ありがとうございます、アルノさん」

アルノさんは洗面所の方に向かっていった。

僕は、また食事へと意識を向けた。



″あんたみたいなやつ、産まなきゃよかった″




食事を終え、片付けをする。

すると、洗濯を終えたのか、アルノさんもキッチンにやってくる。

「食器の洗浄をしておきます」
「ありがとうございます。食器洗いと掃除が終わったら、自由にしててください」

「はい、分かりました」

そうアルノさんに告げ、自室に戻る。

やはり今のご時世、リモートワークが主流のようだ。

今日は出勤せず、部屋で仕事をする。

人との直接の会話やコミュニケーションは好きな方である。

しかし、満員電車に揺られるストレスには勝てない。

背に腹はかえられぬ、というやつか。

会社の方針にも感謝をせねば。


いつものようにパソコンを開き、編集途中のパワポをいじる。

もう少しで社内でのプレゼンが控えているため、準備に追われている。

アルノさんが掃除している音をBGMに、作業を始める。

無音よりも、少し雑音があった方が作業しやすいのはなぜだろう。

人間はそれほどにも、常に音に触れて生活していたのか。

そんなことを考えていると

「あ、やばっ」

今まで作ったパワポを、間違って全削除してしまった。

バックアップなどもしていないため、ふりだしに戻った。

「嘘だろ…」

人とは、どこまでも不注意な生き物だな。

そう、痛感させられた。


少々、いやだいぶ落ち込みながら、昼食を食べるためにキッチンへ行く。

料理をするのは好きな方なので、こういう日は自分で作る。

キッチンに着くと、棒立ちのアルノさんがいた。

「アルノさん…ずっとそこに?」
「はい、自由にしてていい、と仰っていただきましたので」

アルノさんは恐らく、いや確実に

掃除を終えてからずっとこのままだ。

自由にしてていいと言われたら、普通は本を読んだりゲームしたり、何かしらはするだろう。

だけど、アルノさんは何もしていない。

いや、そもそも、動いていない。

「本とか読みません?これ、面白くて結構好きなんですよ」
「ありがとうございます」

すると、尋常ではない速度でページをめくり

「ありがとうございました。その本から得られる情報は、全てインプットしました」
「は、はやい…」

「ストーリー展開が奇抜で、とても面白い作品だと思います」
「そ、そっか…良かったです」

「この後、夕飯の食材を買ってきます」
「あ、お願いします」

面白いと思ってくれたのは嬉しいけど

もう少し、ゆっくり読んでほしかったな。





″そこから動くんじゃないよ!目障りなのよ″





消してしまったパワポを、記憶を頼りに作り直し、何とか復旧することができた。

「ふぅ…お腹空いたな」

すると、まるで見計らったように

「〇〇さん、ご飯ができました」

アルノさんが部屋のドアから顔を覗かせる。

その姿が可愛くて

「かわいい…」

と、思わず声に出てしまった。

「可愛い、ですか?私はアンドロイドですよ?」
「アンドロイドでも、可愛いは可愛いんです」

「そうですか、リビングでお待ちしてます」

かわいい、と声が漏れてしまい、僕は少々照れていたけど

アルノさんは、何も感じていないのだろう。

普段から、可愛いとは思っているんだよな。



食事中、アルノさんに話しかけてみた。

「アルノさん、今日は何かありましたか?」
「何か、とは何を指しますか?」

「えっと…面白いことだったり、楽しいことだったり…」
「楽しい、とはどういうことでしょうか?」

「何というか…気分が上がるというか…ハッピー!みたいな」

アルノさんは黙ってしまった。

やっぱり、楽しいとかの感情はないのだろうか。

「すみません、気にしな…」
「今日、夕飯の食材を買いに行ったのですが」

アルノさんが話してくれるとは。

ちょっと、いや結構嬉しくて、笑みを湛えながらアルノさんの話を聞く。

「公園で、子守り用アンドロイドと遊んでいる子どもがいたのですが、楽しそうな表情をしていました」
「いいですね、公園で遊ぶの」

「しかし、その反面、アンドロイドをぞんざいに扱う人も街中で見かけてしまいました」
「そうでしたか…」

アルノさんに嫌なものを見せてしまった。

少し、罪悪感に襲われてしまう。

「買い出しに行かせたことで、嫌なものを見せてしまい申し訳ないです」
「なぜ謝るのですか?」

「そういうのを見ると、悲しい気分になったりしませんか?」
「悲しい、とはどのような感情ですか?」

「悲しいは…目を逸らしたくなったり、胸が苦しくなったり…ですかね」
「そのようなことはなかったので、安心してください」

悲しい、を感じないのは、羨ましいな。

いや…悲しいを感じるから、優しくなれるのかもしれない。

そう、僕も悲しみを感じて優しくなれたから。




″人でも虫でも、命あるものには感謝をね″




翌朝

「おはようございます、〇〇さん」

いつものようにアルノさんの声で起きる。

「朝ごはんができています」
「ありがとうございます、アルノさん」

「では、リビングでお待ちしています」


いつものようにリビングに向かうと

「すみません、〇〇さん」
「どうしました?」

「目玉焼きが、少々崩れてしまいました」

確かに、目玉焼きの目玉の部分がちょっと崩れていた。

ただ、このくらい僕もやるミスだ。

「全然大丈夫ですよ、このくらい」
「それなら良かったのですが…」

「いただきます」

多少形が崩れようが、目玉焼きは目玉焼きだ。

「うん、美味しい」
「優しくてよかった…」

「え?」
「いえ、なんでもないです」

アルノさんが何か呟いた気がしたけど

なんでもない、というなら追及するのは野暮だ。

″次のニュースです″

僕はふとテレビに目を向ける。

いつもテレビを見ながら朝ごはんを食べる。

ただ、1つ疑問がある。

僕は今日、テレビをつけただろうか。

もしや、アルノさんがつけたのだろうか。

アルノさんの気遣いかもしれない。

″近年、アンドロイドの不法廃棄が横行しています″

″アンドロイドを製造する各社は、この事態を危惧しています″

アンドロイドの廃棄に関するニュースだ。

自分で買ったくせにもったいない、と思ったけど、それ以上に

「最低だな…まるでモノみたいに…」

人間だろうが、虫だろうが、アンドロイドだろうが

命あるものを守るのが、心を持つ生物の使命だ。

僕は恩人からそう学んだ。

「怖いですね…」
「えっ?」

「あ、いえ、なんでもないです」

アルノさんが、今確かに″怖い″と言った。

それは″破壊″へのシステム的拒絶なのか。

″死″への本能的恐怖なのか。

「大丈夫ですよ、アルノさんにこんなことは起こらないですから」
「そうですよね、ありがとうございます」


僕は少しだけ、嬉しかった。

アルノさんに、感情らしきものが生まれたことが。




″あなたの心は、命を守るためにあるのよ″




今日はプレゼンの打ち合わせのため、出社。

「午後の3時くらいには帰ってきます」
「わかりました、いってらっしゃい」

「いってきます」

家を出て、電車に乗って会社へ向かう。

「おはようございます」
「おう、おはよう〇〇」

「先輩、おはようございます」
「今日は気合い入れるぞ」

プレゼンを一緒に担当している先輩と挨拶を交わす。

プレゼン当日を数日後に控えているため、先輩の表情はとても厳しいものだ。


「街を活性化していくためには、ある程度年齢層を絞るのもありです」
「具体的に狙っている層はあるのか?」

「やはり、若い世代の活発さは使えるのではないかと」
「若い世代なら、アイデアはお前に任せていいか?」

「はい、任せてください」

先輩と綿密な打ち合わせをして、ふと時計を見ると

「え、もう6時?」
「集中してると、時間が経つのは早いな〜」

「やばい…アルノさんに連絡してない…」

僕は急いで帰る準備をする。


「なんだ、家で帰りを待つ彼女でもいるのか〜?」
「…違いますよ」


先輩の意地悪な一言は気にせず、会社を出た。

しかし、すぐに否定できてなかった自分に、少し違和感を覚えた。

別に、アルノさんは彼女じゃないのに。


急いだからなのか、普段は30分かかる家路が、15分になった。

息を整えながら、家の鍵を開ける。

「すみません…はぁ…遅くなりました…」

すると、アルノさんが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?事故に遭ったりしてないですか?」
「はい…思ったより会議が長引いてしまって…」

「〇〇さんの帰りが遅くて、何と言うのでしょう…」
「アルノさん?」

アルノさんが、何かソワソワしている。

何か考えているのだろうか。

アルノさんが言葉に詰まるのは、今まであまり見たことがない。


「〇〇さんの帰りが遅かった、この状況を表す言葉が見つからないです」
「心配とか、不安とか…ですかね?」

「恐らく、そういう言葉かと」


アルノさんが僕を心配してくれていた。

不安に思ってくれていた。

その事実に、思わず笑みがこぼれてしまう。


「〇〇さん、なぜ急に笑っているのですか?頭を打ったりしてませんか?」
「いや、ちょっと嬉しかったんです」

「何に嬉しさを感じたのか、分からないです」
「アルノさんが僕のことを心配してくれたのが、嬉しいんです」

「心配が嬉しい…」
「心配ってことは、僕にトラブルがあることを嫌がったんですよね?」

「はい、そうですね」
「僕を思ってくれたことが嬉しいんです」


アルノさんは、未だ疑問を抱えたような表情を浮かべていた。


「いつか分かると思いますよ」
「そうですか…」


今度、あえて遅く帰ってみようかな。

いや、アルノさんをわざと心配させるのは、さすがにダメだな。



アルノさんが作ってくれた晩御飯を食べ、お風呂に入り、一日の疲れを取る。

湯上がりに、飲み物を何か飲もうとキッチンへ向かう。

すると、リビングで何かを熱心に見ているアルノさんを見つけた。


「アルノさん、何見てるんですか?」
「前に〇〇さんが紹介してくれた小説家さんの本を読んでました」


アルノさんが本を読んでいた。

1ページ1ページ、丁寧に読んでいた。


「〇〇さんがお仕事に行かれてから読んでいて、もう少しで読み終わりそうです」
「しっかりハマってますね」

「はい、お話の展開が面白くて」
「アルノさん、その本、映画化されているんですけど、読み終わったら一緒に観ます?」

「そうなんですね、それは観たいです」


アルノさんが本を読み終えるのをワクワクして待ちながら、映画を観る準備をする。

アルノさんと映画を観るのが余程嬉しかったのだろうか。

自分も知らぬうちに、会社の先輩からもらったワインを開けていた。


「ワイン飲みながら観るんですか?」


アルノさんに言われて初めて、自分がワインを開けていたことに気づく。


「えっと…飲みたい気分だったので」


アルノさんはそれ以上言及することなく、読み終わった本を片付けた。

そして、ソファに座る僕の隣に腰掛けた。

僕は、テレビに繋いだタブレットで操作をし、映画を再生した。

映画は、余命宣告をされた父親が、娘との残り時間を懸命に生きるというもの。

ストーリーの展開、役者さんの演技力の高さから、当時大ヒットを記録した。

僕のお気に入りの作品であり、人生の教科書のような作品である。

映画を観終わる頃には、僕の涙腺は崩壊していた。


「〇〇さん、ティッシュいりますか?」
「ありがとうございます…」

「すごく素敵な作品でした。そして、サルビアの花がキレイでした」
「サルビアの花言葉、知ってますか?」

「いや、知らないです」
「家族愛、なんです」


映画の途中に出てくるサルビアの花。

この作品を象徴するような、家族愛という花言葉を持つ花である。


「温かくて、優しくて、安心する。これが、家族愛なのですか?」
「僕は、そう思います」


すると、アルノさんは僕の肩に頭を乗せてきた。


「なら、〇〇さんへの気持ちは、家族愛に似ている気がします」
「家族愛、ですか?」

「はい、心が満たされている感覚があります」
「それは、良かったです…」


アルノさんに頭を乗っけられ、どうしようか迷い、とりあえずワインを口にした。

ワインの苦さが、いつもよりほんのり強く感じた。



翌朝、目を覚ますと、アルノさんの顔が近くにあった。


「〇〇さん、よく眠れましたか?」


久々にアルコールを入れたからなのか、そのまま眠っていたようだ。

僕は、アルノさんに膝枕をされていた。


「〇〇さんの寝顔、可愛かったですよ」
「恥ずかしいです…」

「では、朝ごはんの準備をしてきます」


僕が起きるまで、寝顔をずっと見られていたと思うと、とても恥ずかしい。

だけど、アルノさんに″可愛い″と言われるのは、少しだけ嬉しい。


「〇〇さん、今日のご予定は?」
「せっかくの休みなので、街で色々買おうかと」


今日は久々の休みなので、普段あまり行かない街に出る。

人混みは苦手だが、買い物は好きだ。


「〇〇さん、1つお願いがあるのですが」
「はい、何ですか?」

「〇〇さんが出かけている間、映画を観ていても大丈夫ですか?」


アルノさんから、そんなことを聞かれた。

僕は思わず固まってしまった。


「あ、もちろん家事を終えてから観ますが…」
「いえ、そこを疑った訳ではなくて。もちろん、存分に観てください」


アルノさんにタブレットの操作方法を教え、朝ごはんを食べる。

今日の朝ごはんは、いつも以上に美味しく感じた。


歯を磨き、髪を整え、出かける準備をする。

帰る際には連絡する、とアルノさんに伝え、家を出る。

朝日がポカポカと体を温めてくれる。

近所のおじちゃんが優しく挨拶してくれる。

平日だからか、電車はあまり混んでいなかった。

小さな幸せが、心に染みる。

小さな幸せは、僕の足取りを軽くしてくれる。

地図アプリが示す予定到着時間より、少しだけ早く着いていた。


ショッピングモールに着き、とりあえず全体マップを見る。

久々に来ると、色んなお店ができて、色んなお店がなくなっている。

ああ、これが淘汰か…。

なんて、ちょっと頭のいい人ぶってみた。

目的の場所をマップで探し、エスカレーターで上の階に上がる。

目的地へ向かっていると、服屋を見つけた。

そういえば、アルノさんにオシャレさせたらどうなるんだろう。

そんな疑問を持った僕の足は、服屋へ向かっていた。

「多すぎる…」

店頭に並ぶ無数の服を前に、思わず声が漏れてしまった。

オシャレに疎いのがバレバレな発言で、少し恥ずかしい。

恥を捨て、アルノさんに似合いそうな女性服を探しに店内を巡る。

すると、1つのセットアップ?を見つけた。

かわいい、すごくかわいい

「ふふっ…」

アルノさんが着ている姿を想像したら、思わず笑みがこぼれてしまった。

ああ、周りが怪訝な目で僕を見ている。

そりゃそうだ。

成人男性が、女性服コーナーで1人で笑ってたら不気味でしかない。

僕はその服だけ買って、そそくさとお店を後にした。


日用品やら食材やら、本来の目的のものを買い、近くのカフェで小休憩を挟む。

アルノさんにもうすぐ帰る、と連絡をすると、爆速で返信が帰ってきた。

まあ、アルノさん自身が受信するから、当然ではあるのだが。

そういえば、アルノさんは何の映画を見ているのだろう。

感動系か恋愛系か、はたまたコメディ系か。

アルノさんの関心に、興味がそそられる。

体力が回復したので、会計を済ませてカフェを後にする。

帰りも、空いている電車に揺られ、家に着く。

家に着くと、アルノさんが玄関で待っていた。

「どうしたんですか?」
「おかえりなさい、〇〇さん」


アルノさんは、何故か僕にハグをしている。

訳が分からず、ただ立っていることしかできなかった。


「映画を観ていると、好きな人にはおかえりのハグをする、と知りました」

「好きな人…。その…」
「何かありました?」

「いえ、何でもないです。買ってきたもの置いてきます」
「お手伝いします」


″その好きって、家族としての好きですか?″

なんて、言葉にする勇気はなくて。

カフェで食べたナッツケーキのアーモンドが歯に挟まっているのが、今になって気になる。





今日はいつもより早く目が覚めた。

普段ならアルノさんに起こしてもらっているが、今日は目が覚めてしまった。

緊張しているからなのか、心の準備をしたかったからなのか。

今日は、今任されているプロジェクトのプレゼンの日。

パソコン、コード類、プレゼン資料など、必要なものを改めて確認する。

準備をしていると、部屋のドアが開く。


「〇〇さ…もう起きてたんですね」
「はい、緊張からなのか、早く目が覚めてしまって」

「頑張ってくださいね。あ、朝ごはんはできてます」
「ありがとうございます、準備が終わったらリビングに向かいます」


リビングに行くと、いつもより少し豪華な朝ごはんが並べてあった。


「〇〇さんが頑張るために、少し豪華にしてみました」
「アルノさん…ありがとうございます!」

「これで、プレゼン頑張ってください」
「はい、頑張ります」


朝ごはんをいつもより味わって食べ、エネルギーをお腹にためる。

ただ、少し食べすぎた気もする。

まあ、緊張で余分にエネルギーを使うからいいか、と納得した。


「プレゼン、成功させてくださいね」
「はい、絶対成功させます。では、いって…」

「あ、待ってください」


アルノさんに呼び止められ、振り返る。

すると、アルノさんに抱きしめられた。


「〇〇さんにパワーを送ります」
「…あ、ありがとうございます」

「改めて、頑張ってください。〇〇さんなら大丈夫です」


通勤中、アルノさんが見せてくれた笑顔が頭から離れなかった。




「〇〇おはよう!今日頼むな!」
「はい、お願いします!」


会社に着き、プロジェクト担当の先輩と挨拶を交わす。

今日は大一番である。

そんなことを感じさせる、オフィスの緊張感が伝わってくる。

オフィスでパワポや資料の最終確認を先輩と済ませる。

若干の手汗をごまかしながら、プレゼンの時間まで資料を見返す。

「〇〇、緊張とかないか?」
「若干、緊張してます」

「大丈夫だ、今まで頑張ってきた〇〇ならやれるって」


先輩が背中を叩いて励ましてくれる。

やっぱり先輩は頼りになるな。

先輩のためにも、絶対に成功させなければ。

「〇〇、そろそろ行くぞ」
「はい」


プレゼンを行う部屋には、Theお偉いさんがずらっと並んでいる。

エスカレートしていく手汗をどうにかして、プレゼンを始める。

始めようとしたのだが


「…あ…え、えっと」
「おい〇〇、どうした?」


やばい。

まずい。

頭が真っ白だ。

あんなに綿密に打ち合わせをしたのに。

緊張からか、何もかも、全てが吹き飛んだ。

早く、早く話を進めないと。

失敗なんてしたら、今後先輩に合わせる顔がない。

でも、焦れば焦るほど、人間はさらにパニックになっていく。


「落ち着け〇〇…!」
「あ…えっと…」


お偉いさんの目が冷たい。

周りが敵だらけに感じる。

先輩の声は聞こえるけど、後ろを振り返れない。

四面楚歌で、僕の味方はいない。

こんなとき、そばにアルノさんがいてくれたら、どんなに良かったか。


″〇〇さんなら大丈夫です″


幻覚だって分かってる。

そんなの、焦っている今でも分かる。

だけど確実に、僕のそばにアルノさんがいてくれている。

会社に来る前にハグされた時の温かさを身体中で感じている。


「ふぅ…大変失礼しました、今からプレゼンを始めさせていただきます」
「〇〇…」

「まずはお手元にある資料の2ページをご覧ください」


″〇〇さん、その調子です″


アルノさんがそばで応援してくれているような感覚。

心地よくて、温かくて、安心する。

さっきまでとは全く違う、リラックスした身体と心。

さっきまでの四面楚歌の感覚は、どこかに消えていた。


「…以上で、我々のプレゼンを終了させていただきます。ご清聴ありがとうございました。」


送られる拍手。

先輩の安堵した表情。

体に残る、アルノさんの温かさ。

それらが、無事にプレゼンを終えたことを教えてくれた。


「〇〇、お疲れ様」
「先輩、お疲れ様です」

「あの急な落ち着きは何だったんだ…?」
「正直、僕にもわからないです」


あの時の感覚は僕にはわからない。

だけど、アルノさんのおかげであることだけはわかる。

帰ったら、アルノさんにとびきりの感謝をしなければ。



プレゼンの打ち上げで、先輩に飲まされた、たくさん。

お酒は弱くはない。

だけど、強いわけでもない。

酔ったのは、言うまでもないだろう。

「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、○○さん」

「えへへ、アルノさんだ~」
「○○さん、少し酔っていますか?」

アルノさんに対する、一方的なハグ。

「アルノさんのおかげでプレゼンうまくいったので、その感謝ですよ」
「そうですか…では私も、お疲れ様のハグを」

それに応えてくれる、あの時と同じ、優しく温かいハグ。

「じゃあ、お風呂入ってきますね」
「酔っている状態でのお風呂は危険です。今日のところは寝てください」

「そんな心配しなくても大丈夫で…」
「○○さんが倒れる姿なんて見たくないです」

アルノさんの語気に気圧され、そのまま寝室へ向かう。

「今日はお疲れなんですから、ゆっくり寝てください」
「おやすみのキスはないんですか?」

「やっぱり酔っていますね」
「…冗談ですよ。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

自分でも、なんでそんな冗談を言ったのかわからない。

酔っていたから、といえばそうなのかもしれない。

でも、心のどこかで、アルノさんにそうしてほしかったのかもしれない。

このもどかしい感情に、未だに名前がつけられない。

「…本当に冗談なのですか?」

首筋に感じたあの柔らかさは、現実なのか。

それとも、僕の潜在的な欲求が形になった夢なのか。





気づいたら、僕は小学生だった。

時計は8時を示していた。


「ああ、くそが。また負けた」


お父さんが帰ってきた。

このたばこ臭からして、パチンコから帰ってきたのだろう。


「ああ、むしゃくしゃする。とりあえず」
「うぐっ…」


呼吸するように、僕の腹に一発食らわせる。

これが地獄の始まりだ。


「全然足らねえ。もう一発やらねえとな」
「あがっ…」


あまりの強さに、倒れこんでしまった。


「くそっ、サンドバッグにもならねえな」


"俺が鍛えてあげないとな"


そこから何発殴られたのかわからない。

何回、意識が飛んだのかわからない。


「立て」

倒れこむたびに髪を引っ張られて起こされる。

そして腹に、肩に、足に、そして胸に。

合計で何発かわからない量の拳をくらった。

特に、胸への一発は、心臓に負荷がかかる。

そのたびに、呼吸が苦しくなる。


「ほら、目覚めにちょうどいいだろ?」

意識が飛べば、足の裏にたばこで根性焼きを加えられる。

あまりの痛さに、目が覚めてしまう。


「まだまだ足りねえな。いっちょ顔殴ったるか」


拳を振り上げたとき、玄関のドアが開く。

「あれ、またサンドバッグにしてるの?」


お母さんが帰ってきた。

鼻がおかしくなるようなお酒の匂いがする。

また知らない男と飲んでいたのだろう。


「おい、酒臭すぎるぞ」
「あんたこそ、たばこ臭やばすぎ」

「まあ、慣れてるからいいけど」
「てか、あんた顔殴ろうとした?」


僕はずっと、髪を引っ張られたままだった。

「ああ、今日はなんだか治まらなくてな」
「顔はやめときな。面倒なことになるから」

「くそっ、酒でごまかすか」

お父さんは手を離し、冷蔵庫にあるお酒に口をつける。

僕はようやく解放された。

今日は比較的楽な方だった。

と、思いたかった。


「…やっぱり治まらないから、もう一発やるわ」
「うがっ…げほっげほっ…」


不意打ちの一発に、僕は血を吐いていた。


「ちょっと、あんたやりすぎよ~」
「まだ鍛え方が足りないな」

「ほどほどにしときなさいよ?」
「ああ、死なれたら、厄介なことになる」 


時計は10時を示していた。

当然のように、晩ごはんはなかった。



次に目が覚めた時には、僕はイスに縛り付けられていた。

正面にある鏡に反射する僕の顔は、ひどいなんて言葉では片づけられない様だった。

そのそばのデジタル時計は、月曜日の8時を示していた。

本当なら、学校に行くはずだ。


「すみません、今日は欠席させていただきます」


近くから聞こえる丁寧な女の人の声。

聞いたことない声色の女の人だった。


「あ、あんた今日学校休みだから」

それがお母さんであるとわかるまでに時間はかからなかった。

僕にとって唯一の希望が奪われた。


「顔までバケモノみたいで、学校行けるわけないじゃない」
「やだよ…学校行きたいよ…」

「じゃあ行けば?イスに縛り付けられたまま」


そう言い放ち、僕は一人取り残された。

金曜日の給食から何も食べていない。

僕の胃に、消化するものなんてとっくにない。

でも、この顔じゃ、数日は学校に行けない。

あと数日、僕は何も食べられない。

そう考えただけで苦しくなってきた。

お腹がすきすぎて、お腹が痛い。

何も食べていないから、頭もふらふらする。

苦しい。何も考えたくない。

僕、死ぬのかな。

嫌だ。死にたくない。

怖いよ。死にたくないよ。

誰か。ねえ、誰か。

"ぼくをたすけて"






目が覚めると、僕はいつものベッドで寝ていた。

あれは夢だったのか。

いや、過去の記憶だ。現実であったことだ。


「頭痛い…」


ふと隣を見ると、アルノさんが布団の中に入っていた。

いわゆる、添い寝というやつだ。

それも、手を優しく握ってくれるサービス付きで。

どこか、懐かしさを感じる温かさだ。


「○○さん、大丈夫でしたか?うなされて苦しそうでしたが…」
「はい、過去の記憶が出てきてしまって」

「○○さんの過去ですか?気になります」
「いや、話すようなことでは…」

アルノさんは、好奇心に満ちた子どものような目で見つめてくる。

正直、可愛すぎるからやめてほしい。


「…わかりました。とりあえず、朝ごはんにしたいです」
「はい、準備してきますね」



今日は目玉焼きトーストと、少し簡易的だった。


「簡易的ですが、お許しください」
「たまにはこういうのもいいですね」


いただきます、と手を合わせ、トーストにかじりつく。

トーストの咀嚼音だけが響く中、アルノさんが口を開く。


「○○さんの過去、聞いてもいいですか?」
「いいですけど…どこから話せばいいか」

「では、うなされていた理由を聞いてもいいですか?」



僕はずっと、虐待を受けていた。

身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト。

暴力なんて、呼吸をするように当たり前にあった。

親が口を開けば僕への罵詈雑言の嵐。

家で何かを食べた記憶なんてない。

人間として扱われたことなんて、なかった。

僕の存在をありがたいと思ったことなんて、一度もないのだろう。


"昨日ね、お母さんと遊園地行ってきたんだ!"

"私はお父さんに新しいおもちゃ買ってもらったの!"

そんな会話が飛び交う教室にいるのが辛かった。

まるで、自分だけが隔絶された存在のように感じて。


とある日の、体育の時間だった。

グラウンドでサッカーをやっていたとき、僕は倒れた。

頭は回らない。手足が思うように動かない。

先生がすぐに保健室に運んでくれたけど、その後の記憶がない。

目が覚めたら、僕は病院のベッドにいた。

近くにいた親戚のおじさんおばさんが泣いていた。

そして、僕は5日ほど眠っていたこと。

僕はこの二人に引き取られること。

僕の親は児童虐待やその他余罪で捕まったこと。

目が覚めてから、一度には追いつかない情報を知らされた。



「うなされていたのは、過去の虐待を思い出したからなんです」
「そうだったんですね…」

「まあ、その親戚は優しくて、素敵だったので助かりましたが」
「その後の○○さんの話を聞いてもいいですか?」



退院した後、僕は親戚の家で暮らしていた。

そこで初めて、「普通の暮らし」を経験した。

一日三食、ご飯を食べること。

叱られても、暴力が飛んでこないこと。

テストでいい点を取ると、褒めてくれること。

初めて、僕は「人間」になれた気がした。

そんな生活の中に、ひとつだけ特別なことがあった。


「ねえ、これ何?」
「この子はね、アンドロイドのアルル、っていうのよ」


親戚の家には、家庭用アンドロイドがいた。


「おはようございます、○○さん」
「うわあ、しゃべった…!」

「生きているんだからしゃべるわよ」
「え…いや…ロボットじゃん」


僕はずっと疑問だった。

"アンドロイドは生きている"という考えが疑問だった。

でも、親戚のおじさんおばさんは強く信じていた。

アルルは生きているんだと。


「おはよう、アルル」
「おはようございます、お食事ができております」

「今日もおいしそうね、ありがとう」
「いえ、私の務めですから」


当たり前のように会話をしていた。

まるで人間と話しているように。


「アルルと会話してるの、やっぱり変だよ」
「家族と会話することって、○○にとって変なこと?」


おばさんの目は、まっすぐに僕を捉えていた。


「僕、本当の家族を知らないから…」
「○○は、今、幸せ?」

「うん、すごい幸せだよ」
「幸せを共有できてるなら、○○もアルルも家族よ」


これが、家族の幸せなのだと気づかされた。

僕は、本当の家族の温かさを知ることができた。


「アルノさんと暮らしている今が、あの時くらい幸せなんです」
「幸せ、ですか…」

「アンドロイドだって、家族になれるんだ、って」
「○○さんも、その親戚の方のように命を感じているんですね」

「はい、アルノさんも、他のアンドロイドも生きているって感じます」
「だから、あのニュースで○○さんは怒っていたのですね」


アンドロイド廃棄のニュースを見たとき、僕は怒りで溢れていた。

人間を模したプラスチックなんかじゃない。

アンドロイドは、人間と共存する生命なんだ。


「アルノさん、これからも僕の家族でいてくださいね」
「それは…告白というものですか?」

「告白…?まあ、家族として好きなので、そうかもしれないですね」
「家族として…そうですよね、ありがとうございます」


アルノさんの頬が少し赤らんだ気がしたが、気には留めなかった。

僕はごちそうさまを告げ、食器を片付けた。


「アルノさん、お仕事にいってきます」
「酔いは大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」
「あまり無理しないでくださいね?」

「ありがとうございます。では、いってきます」


アルノさんに見送られながら、家を出る。

アルノさんは今日も映画を観るのだろうか。

何を観たか、今日の夜にでも聞こう。



アルノは○○を見送った後、いつものように家事に手を付ける。

キッチンで完食された皿を見て、アルノはほんの少し口角を上げた。

そして掃除、洗濯を済ませると、お昼になっていた。

リビングのテレビを使って、観る映画を選ぶ。


「少し違うジャンルのを観ようかな」


○○は感動系の作品を好んで選んでいる。

そのため、アルノはおススメに出てくる感動系映画を観る。

タブレットの画面をスクロールしていると、一つのジャンルが目に入る。

恋愛映画のランキングの上位にあった、最近人気の映画をタップする。

主人公の女の子と、二個上の近所に住む男の子に恋愛模様を描いた映画。

男の子のことを家族のように慕っていた主人公。

しかし、男の子への気持ちを「家族愛」と捉えるには、どこか引っかかる。

そんな感情に長い時をかけ気づいていく、というストーリーだ。

話の展開が、切なくもキュンキュンする、と話題になった。


「家族愛…」


話が進んでいくと、主人公が家族愛とは別の感情に気づくシーンに。


"なんであいつを見ると、苦しくなるんだろう…"

"でも、その苦しさが、なぜか心地いい"

"ああ、これが愛なのか"


「心地いい苦しさ…って」


○○に抱いていた、靄のかかったような感情。

その靄の先にある感情に触れたような感覚に襲われた。


「これが、愛している…」


さらに話が進むと、男の子に気持ちを伝えるシーンに。


"あのさ…伝えたいことがあって…"

"そんなかしこまんないでよ。気楽に伝えて?"

"(それができないからこうなってるんだよ…)"


「ストレートに伝えればいいのに」


アルノは、男の子を前に言い淀む主人公に疑問を抱く。

二人の間に流れる沈黙を破ったのは


"…何もないんだったら、俺帰るね"

"ま、待って!伝えさせて"

"私は、あなたのことを愛しています。一人の男性として"


思いを伝えた主人公の顔は、一層美しかった。



その後、映画の原作を読んでいると、○○が帰ってきた。


「ただいま帰りました」 
「おかえりなさい、○○さん」

「今日はどんな映画を観ていたんですか?」
「今日は恋愛の映画を観ていました」


アルノさんは恋愛に興味があるのか。

それとも、ただおすすめに出てきただけなのか。


「すみません、食事の準備をしていませんでした」
「そんなに集中して観ていたんですね」

「本当にごめんなさい」
「大丈夫ですよ、今日は出前にしますね」


少し前に出前のクーポンが入っていたので、それを使った。

こうして出前で済ませば、アルノさんが観ていた映画の話をより詳しく聞けるだろう。


「映画、どんな内容だったんですか?」
「主人公が家族愛とは違う愛に気づいていく、というものでした」

「あ、最近話題になってた映画ですか?」
「はい、気になったので観てみました」


その映画は気になっていたし、今度観ようかな。

そんなことを考えていると


「○○さん、伝えたいことがあるのですが、いいですか?」
「はい、いいですけど…」


アルノさんが、まっすぐに僕を見つめる。


「この映画を観て、○○さんに対する気持ちが分かりました」
「僕に対する気持ち、ですか」

「これからも、私の家族でいてください。そう思いました」
「はい、ずっと家族でいましょう」

「ですが…○○さんへの気持ちは、家族愛とは違いました。○○さん…」


アルノさんをまっすぐに見つめ、次の言葉を待っていた。

だけど、なかなか次の言葉が来ない。

この空気を断ち切ったのは、インターホンだった。


「あ…出前届いたかもしれないですね」


置き配された商品をとりに、玄関に向かおうとしたとき

「…愛しています、○○さんのことを」


アルノさんの口から出た、"愛しています"という言葉。

その言葉のおかげで、今まで言語化できなかった感情に気づけた。


「僕も、アルノさんのことを、愛しています」

僕はアルノさんの方に振り向き、愛を伝えた。

そう伝えた時のアルノさんの表情が、愛おしかった。


「え…○○さん…?」
「ごめんなさい、アルノさんが可愛すぎて…」


僕は思いっきりアルノさんを抱きしめた。

そして、アルノさんも、僕の背中に手をまわしてくれた。

愛って、こんなにも心地よいものなのか。

永遠にこうしていたい、そう思った。

だけど、人間の三大欲求には勝てなかった。


「○○さん、今お腹なりました?」
「…なりましたね。出前取ってきます」


名残惜しかったが、ハグしていた腕をほどいて玄関に向かった。


「ご飯食べ終わったら、またハグしましょう」


僕の心を見透かしたような言葉に、僕はやられてしまった。

完全に、アルノさんの虜になってしまった。


「ごほっ、ごほっ」
「○○さん、ゆっくり食べてください」

「すみません…」
「そんなにハグしたいんですか?」


アルノさんの言葉に、逐一ドキッとしてしまう。

そんなあざとさ、どこで覚えたんだ。

いや、ナチュラルなあざとさなのかもしれない。

どちらにしろ、このドキドキが心地よくてたまらなかった。





あれから数週間

「どうですか…?」
「えっと…めっちゃ可愛いです」

「ありがとうございます。○○さんも素敵ですよ」
「あ、ありがとうございます…」

 
今日はアルノさんとお出かけをする。

いや、お出かけではなく、デートだ。

アルノさんは前に買った服を着てくれた。

正直、想像以上に可愛い。

 
「今日はどこにいくのですか?」
「最近できたカフェがあるので、そこにいこうかな、と」

「いいですね、カフェでのデート」
「そ、そうですね」

 
改めてデートと言われると、やはり嬉しい。

僕たちは快晴のなか、手をつないで歩いた。

 
「アルノさん、着きました」
「昔ながらのカフェ、という感じがしますね」

 
少しレトロな雰囲気が漂う店内には、若者カップルが多く座っていた。

店員に促され、窓際の席に着く。

昔ながらのプリンなどに加え、パンケーキなど、若者が好きそうなメニューも揃っている。

 
「私も食べることができれば、分け合いっこ、ということができたのですが」
「それは…そうですね。」

 
注文を済ませ、メニューが届くまで店内を見渡す。

すると、女の子が男の子にあーんをするイラストを見つけてしまう。

アルノさんにあーんされたら最高だろうな。

そう思ったが、伝えるのは恥ずかしくて無理だった。

 
「何を見ているんですか?」
「あ、えっと、そこにある都市活性化のポスターを見ていました。」

「そうですか。あーんしているイラストではなく」
「えっ…」

「もしかして、あーん、してほしいのですか?」
「…はい、してほしいです」

 
ちょうど注文したプリンが届いたので、スプーンをアルノさんに渡す。

 
「○○さん、口開けてください」
「は、はい」

「はい、あーん」
「あーん…」

「おいしいですか?」
「はい…甘くておいしいです」

「今度は、おうちでもあーんしてあげますね」
「いいんですか…?」

「はい、○○さんのためならば」
「ありがとうございます、嬉しいです」

 
本当は、アンドロイドと人間の関係。

だけど、愛の上では種族なんて関係ない。

僕もアルノさんも、お互いに愛を伝えあった。

イラストの女の子のつけているワスレナグサの髪飾りが輝いて見える。

まるで、僕たちの愛の形を表現するように。

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