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カレーに関する一考

カレーという料理を考える時、スパイスの調合は決して切り離すことができないが、既に多くの人が知っている通り、そもそもインド・パキスタンなどの中央アジアから東南アジアにかけてのスパイスの原産地では、我々日本人が所謂和食を作る時に酒とみりんと醤油、味噌等を料理の味の基本として使うのと同様に毎日の食事作りに豊富にあるスパイスを使っている。 ところが、それを全て一品料理として括ってしまうという誤解が生じてしまっている。

分かりやすく言うと、酒と醤油とみりん、砂糖にダシ等を加えた合わせ調味料を基本とする料理は全部すき焼きだとされてしまうようなものだ。

ブリ大根:魚と大根のすき焼き
筑前煮:野菜のすき焼き
親子丼:鶏肉と卵のすき焼き乗せごはん
揚げナスの煮浸し:揚げナスのすき焼き

こう書かれればかなりの違和感があるだろうが、それだけではない。北インド料理や南インド料理の汁気のあるもの全部がカレーと呼ばれている状態だから、日本人からすれば潮汁のようなすまし汁や水炊き、味噌汁まですき焼きと呼んでしまっているのと同じことだ。
南インドのミールスやネパールのダルバート、東インドの家庭料理なんか、そういう意味では絶対カレーじゃないというものもたくさんあると思う。

この誤解が生じた原因は昔インドのスパイスを独占していたポルトガル人がインド人が作っている料理を「この料理は何か?」と尋ねたところインド人がスープの中身の具材のことだと思って「カリ」と答えたことで、単なる野菜スープだか肉のスパイス煮込みだかに「カレー(curry)」という名前が付いて、世界中に広まってしまったというような話だったと思うが、かくしてインド人がだいたい調理に使っているスパイスをミックススパイスとして1つの形に集約する「カレー粉」が誕生した。 何やあのスパイスぎょうさん入ってめっちゃ美味いスープはカレーっちゅうんか。あれ簡単にパーンと作れへんかいなと。

ポルトガル人の勘違いにより、具材やその日の気分に合わせてスパイスをかけ合わせる調理法から1つのカレーというメニューが確立し、それを簡単に作ることができるカレー粉は大航海時代を背景に東インド会社等によって世界中に拡散、普及した。そのうち、その他のメニューまでカレーと呼ぶようになり、インド料理は全部カレーということになってしまった。なので、日本や欧米では肉野菜煮込みに定型のカレー粉、固形カレールウを混ぜたものがカレーというものであり、日本なら肉じゃが、欧米ならデミグラスソースがベースになっているのではないかということだ。

現代のインドやその周辺の国々の人達はそういう事情をもうある程度理解していて、大抵のレストランでは外国人向けにはチキンカレー、マトンカレーというメニュー名を表記する。
日本ではインド(I)、ネパール(N)、パキスタン(P)、スリランカ(S)人等(以下INPSと表記)の経営するレストランでもそんな感じだ。
ただ、日本に来てレストランを開いているINPS人がみんな包丁一本サラシに巻いて立身出世を夢見てやって来るシェフや料理自慢だけではないので、ここは本場の人が作っているから現地と同じ作り方で美味しいとは一概に言えない。
まあ不味いカレーというのはなかなか存在しないから成立してしまのだが。
日本では日本米と一緒に美味しく食べる独自のカレーライスが家庭料理としても食堂のメニューとしても定着した。少しリーズナブルな印象もある。

ここまでの話は日本におけるカレー粉のパイオニアであるS&B食品やバーモントカレーで有名なハウス食品のHPに詳しいので、これらを裏付けとして考えていただければ良いと思う。
カレーの真髄みたいな話は『美味しんぼ カレー勝負』でしっかりやっているテーマなのでカレーの定義に一本筋を通す精神性についてはそちらに任せる。

ということで、日本ではそういった歴史的経緯や背景により、元を辿ればインドだよね的なカレーライスはだいたいどこでも食えるメニューだ。
カレー専門店というのはラーメン屋程は多くないが、カレーライスというメニューのある店はラーメン屋より多いかもしれない。すると、中にはこだわり抜いたカレーライスを謳う店もあって、人気を獲得している。

だがちょっと待って欲しい。 本場、本格を目指せばINPSの調理法に寄っていくはずだからそれは良いが、中には使ったスパイスの種類の多さを付加価値として自慢する店がある。これには非常に違和感を覚える。
そうしたカレーライスでよく言われるのが、30種類以上のスパイスを加えて~という謳い文句だが、これが不思議なのだ。

写真のスパイスは一部と言えば一部だが、これにパウダーのスパイスがあればだいたいのカレーを作ることができる。特にカレーの絶対条件とも言えるクミン、コリアンダー、ターメリック、レッドチリの4大スパイスでカレーの味の大部分を占めるのでこれが入っていればカレーと呼べると言っても過言ではない。スパイスの種類と言えば以下の様なもので殆どカバーしていると思う。

クミン、コリアンダー、ターメリック、レッド チリ、ブラックペッパー、カルダモン、ブラックカルダモン、シナモン、クローブ、ナツメグ、マスタードシード、ベイリーフ、カレーリーフ、フェネグリーク(カスリメティ)、フェンネル、スターアニス、オールスパイス、パプリカ、サフラン、ヒング、アムチュール、カロンジ、アジョワン、陳皮。

これで24種類。 スパイスではないが、南インドや東南アジア等でよく使われるタマリンドとかココナッツファインとか、中華圏なら花椒とかもあるので、無理やり加えて27種類。 ニンニクとショウガも一応そうか。あとハーブとスパイスの区別があやふやなのもあるから今ここで思い付かないものがあるとして30種類というのがほぼMAXではないか。 しかし、やはり本質的には最初の24種類程度をスパイスとして定義した方が誠実であろうと思う。
ホールとパウダーを区別してそれぞれと1種類とするのも卑怯だ。

それで敢えて言おう。これらを全部混ぜるというのはカレーを全く理解していないし、何も考えてないに等しい。従って、スパイスの数でカレーの価値を喧伝する人の舌は信用できない。30種類のスパイスというのは逆に一体何が入っているのか不気味なくらいである。 尤も、それだけの物を調和させて美味しいものに仕上げることは凄いことなのかもしれないが、それはもはや「全部混ぜたけど美味い物」を作ることに集中してはいまいか?

INPSではまろやかなカレーにするのにヨーグルトやココナッツ、マンゴーを入れたりするが、日本のそうしたカレーは隠し味と称してりんごその他のフルーツを入れたり、ハチミツやチョコレート、醤油やソース、和風ダシ、コンソメやブイヨンを入れたりで混沌としている。 そうであっても、スパイス以外はあくまで重ねたものであり、ベースが間違っていなければそれでも良いと思うし、美味ければそれで良いという考え方もわかる。

しかし、スパイス30種類以上というのはそのベースが間違っていると思うのだ。 たぶんそれを半分に減らしても美味しさが変わらないか、むしろ美味くなる。
INPSでそれらを全部混ぜて使う人は存在しないし、誰もやらないだろうが3.33%ずつ30種類同量で配合したスパイスミックスは地獄の不味さだろうから、味の構成上メインとサブが存在するわけで、もはや入る余地の無いところに爪の垢程度の分量しか入れられないハイパーモブスパイスばかりになる。それが全体に与える影響は限りなくゼロに等しいし、邪魔でしかない。とにかく、全部混ぜて調和させるのは漢方薬やダネイホンを作っているなら有効だが、最も美味しいカレー(具材が最も美味しくなるようにスパイスを調合し、スパイスそのもののハーモニーも楽しめる料理)としては間違っている。

↑は北インドで最もポピュラーなレシピで作ったチキンマサラだが、使ったスパイスは10種類だ。30種類も使ってしまえばチキンマサラの良さは失われる。
それには3つの例えを示したい。

オーケストラに尺八と和太鼓、中国の銅鑼、エレキギターにカスタネットやテルミンまで混ざって、ボーカロイドの歌まで入っているのに音楽として成立してたら凄いし、曲としてヒットしたら素晴らしいかもしれないが、それはオーケストラではないだろう。

1台の車を組み立てる時、違う種類のエンジンやタイヤ、ハンドルが必要だろうか?ブレーキランプの色が複数バラバラでたくさんあったら混乱しないだろうか?まさか魚探を搭載したりはしまい。

昆布と煮干しとカツオ節と鶏ガラと豚骨でダシを取って、それに醤油と酒とみりんと味噌を入れて味を調え、具材を煮込んだら、最後に大根おろしとワサビを付けて食べるという鍋料理をすき焼きだと言われてもワケわからないだろう。

あの30種類以上のスパイスをブレンドしたカレーライスというのはそれほどの冒涜なのである。我々が海外旅行にいって見かけるちょっと変な日本食とはレベルが、いやラベルも違うのでインド人からすると、元々は我々もカレーとは呼んでいなかったけども、さすがにそれをカレーと呼ぶのはやめてくれないかと言われそうな話なのである。

スパイスの種類が30種類あったとしても、その中から多くても1品あたり10種類くらいを厳選する方が最も美味しいカレーを目指すのに最適だと思う。本来は素材の良さを引き出すために調理するのは我々日本人の得意とするところではないか。

これを言いたいがためにこれだけの長文にしてしまったわけだが、料理として美味いか不味いかよりもカレーの仕組みとしてどうなのかを追及しただけなので、悪しからずご理解いただきたいものである。 批判は受け付ける。ただの一般人にそんな労力を割くのは時間の無駄なような気がするけども。

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