NGOで4年間活動した自分が、アフリカスタートアップで働くことを決めたワケ。第3弾

スタートアップ編に入る前に、ウガンダで騙された話をひとつ。

海外で生活して、ありえない失態だと反省しているのですが、外出先から帰る途中でスマホの充電が切れました。まあ、Uberにも乗れたし、とりあえず帰れそうだからいいだろうと車に揺られていました。降りる際に現金で支払いなんですが、自分のスマホが電池切れなので、ドライバーの画面を見て支払いました。まあ、渋滞ハマったし、いつもより少し高いけど仕方ないか~と思いつつ部屋に戻ってスマホを充電してびっくり。なんと4割増しくらいで払っていました。
まあ、あるあるですよね、騙されることなんて。アフリカ経験のある人はみんなそう言うと思います。でも、純粋に、人生ではじめてお金をだまし取られたので、ショックでした。

若者の悲壮感、自分の人間不信を抱えて日本に帰りました。長期滞在したのに、もう一度ラカイに行く勇気は湧かず、行けずじまいでした。
就活が迫っていて、とにかくなにか道を決めなきゃいけないと焦っていました。
その頃よく、「人の尊厳とは」みたいなことを考えていました。自分だって、支援によって成り立っている奨学金でチャンスを掴んだけど、誰かにすがって生きているとは思ってない。でも、自分が出会った人たちはどうだっただろうか。本当は誰だって、自分の脚で立って、生きていきたいんじゃないか。すがってすがって生きていくことを望んでいる人なんて、いないんじゃないか。同じ、支援される対象である自分と、彼らと、なにが違う?
そんなことを、ぐるぐる、ステイホームの最中、考えていました。

その時期にHAKKI AFRICAでのインターンを始めました。
やりたいことが、明確になっていたわけではありません。将来ずっとアフリカに携わろうという決心ができていたわけでもありません。
シンプルに、HAKKIが掲げるビジョン・ミッションに、これだ!と直感的にピンときたというだけだと、振り返って思います。
(きっとインターン面接で言った志望理由は支離滅裂だった気がします。それでも取ってくれた社長に感謝です)

いま、インターンを開始してから8ヶ月が経過して、やりたいことや自分のビジョンがだいぶクリアになってきました。

HAKKIのミッション、「可能性をふやす人を、ふやす」。
自分にとっては、こう。
全部自分ではできない、救っても救っても救いきれない人がいる。助けると約束できない人がいる。自分は助けられて、チャンスを与えられてきた。次は誰かに、それを渡す役目を。それを受け取った人がまた、それを誰かに渡していく。その出発点を、自分の仕事にできたら。
資金の問題だけで就職しか選択できないと思っていた高校生の自分の、あのくやしさを、経験する人がひとりでも減るように。生まれた環境や、地域や、その他抗えない出来事で、自分の可能性を知らないままに、諦めを抱えて生きていく人がひとりでも減るように。

HAKKIの理念、「誠実な努力が報われる社会を創る」。
自分にとっては、こう。
騙し騙され、が標準のアフリカで、ひとつずつでも、「真面目にやったら報われた」を増やしていきたい。国全体に不正がはびこってようと、毎日汗水垂らして働いて帰ってくるお父さんお母さんは、すごい人なんだと思って子どもが育っていってほしい。
騙さなくても、脅さなくても、努力すれば必要なお金を得られて、生きていける社会にしたい。

これが、自分がHAKKIを選んだ理由です。
いや、まだ80%も伝わってないだろうか…
追記追記していくことになりそうです。

最後に、誰にも勘違いしてほしくないので、書いておきます。
自分の道として、NPOやNGOを選ばなかったけど、決して反対するようになったわけではありません。必要なことだと思っています。
自分はHAKKIでの仕事を通して、自分のビジョンを実現していく。
一方で、それが功を奏しても、自分がラカイで出会った子どもたちのような立場の人にいますぐに影響を与えられるわけではありません。
今日食べられない人の命を繋ぐ活動は、途絶えてはいけない。一方で、その活動の縮小や、ゆくゆくは消滅を目指して、あしながやHAKKIのような形の関わりが、営利・非営利を問わず必要なんだと思っています。
それは自転車の両輪で、後者がペダルと繋がって推進力を持った後輪、前者がバランスを取って分散して体重を支える前輪です。どちらが欠けても、自転車は進めない。いつかふらつきながらでも前進できる一輪車になる日まで、前輪は必要です。
いまは自分のやりたいことが、後輪であるというだけで、もしかしたら前輪に戻る日が来るのかもしれません。
どっちにしたって、自分は一生懸命、誠実に努力する背中を見せるひとりになるだけです。

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