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私の思う幸せ

みなさんこんにちは、国際協力NGO CBBでインターンをしています、聖心女子大学2年の大岩です!


かなり長期間、noteを更新していませんでした。

昨日、プノンペンから帰ってくる予定だったのですが、腸炎になりもう1泊し、今日やっと村に帰ってくることが出来ました!


そんな今日は、私が思う幸せとは何かについて書いていこうと思います。


私が「幸せだなぁ~」と心から感じる時。

それは


大好きな大好きなマルセイバターサンドを食べる時


1日が終わりやっと眠りにつける時


お風呂に浸かっている時


大好きな友達に会えた時


子供と遊んだりふれあっている時



自分でも、自分がよく笑っていると感じる時


そして、小さな出来事1つ1つに幸せだと気づけている時


です。


よく、幸せの定義や尺度は人それぞれと言いますが、本当にその通りだと思います。


私は普段から小さなことに喜びを感じ、喜びの沸点が低いと言われるのですが、カンボジアに来てから「幸せだ」と感じる機会がさらに増えた気がします。


これは、やはり周囲の環境が大きく影響していると思います。


現在私は今まで住んでいた田舎を離れて、東京の大学に通っています。

朝から満員電車。人。ひと。ヒト。

学校につく前に疲れ、「今、ストレスを受けているな」と感じます。


都会は交通の便もいいし、なんでもあるし、とにかく便利!というのは間違いないのですが、私にはやはり合いません。



しかし都会にすんでいる以上、人混みを避けて生活するのはまず不可能だと思います。


そして、これは大学生になった誰もが思っているのではないかと思うのですが、時間が秒速であるということ。

入学したと思ったら、あっという間に2年の後半期に差し掛かってしまいます。


それにひきかえ、今住んでいる村は、とにかく時間がゆっくり流れる。



休日、村に滞在すると、1日が48時間なのではないかと思うほどゆっくりと時が流れます(笑)


1日をハンモックに揺られて過ごすこともあり、「なにもすることが無い日」というものを作ることは実はとても大切なのではないかと思いました。



貧困であっても幸せだと言う人もいれば、裕福で事足りていても幸せではないという人もいる。


本当に人それぞれですが、どちらにせよ、小さなことに喜び、幸せを感じられる人のほうが、圧倒的に有利かつ人生を楽しく生きられると思います。


先ほど、私は環境によって幸せを感じられる頻度が変わると言いました。


しかしこの先は、いつどこにいても小さなことに幸せを感じられる人間になりたいと思います。

これは今日ハンモックで寝ていたヌーです。
かわいすぎて、かわいすぎて。見ているだけで幸せをもらいました。