【出会う前?こんなだったかな】

チリン、チリン、チリン。汎用端末がアラームで時間を知らせる。午後9時。トラベラーは体を起こし、キッチンへ向かった。

黒い冷蔵庫からサカイエサン・トーフの一番安いパックをひとつ取り、口に直接開けて放り込む。多少の咀嚼の後、キッチンに雑多に置かれた栄養ドリンクを取り、トーフを流し込むかたちで飲み干した。

彼女の食生活は壊滅していると言って良かった。死ににくい体と、食への関心の無さ。その二つが合わさればそうなるのも必然だった。

「ファーア」トラベラーは周囲のやる気をも削ぐような欠伸をひとつしながら、がさりと金茶の髪をまとめた。髪を留めていない方の手先から黒い紐が生まれ、ひとりでに巻きついて髪を束ねた。彼女は伸びをした。伸びた手先を、01のノイズとともに黒いグローブが覆った。

汎用サイバーサングラスをかけると、もはや表情は窺い知れない。トラベラーはグリーンのコンタクトをつけた目で部屋を一瞥し、外出のため玄関へ向かった。その姿は靴を履くこともなく、01ノイズと化して玄関ドアの前で消えた。

「そうだな、だいたいそんなルーチンだった」「ウェー……」

【出会う前?こんなだったかな】 おわり

グラスキャットに会う前は何もかも適当だったらしい。

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