卒業式と卒業文集と、その他諸々の話

書く気力が全くなく、ダラダラしていたら時間があっという間に3月になってしまいました。まさに三日坊主。(実際には三日坊主にもなっていないですが)前回書いたnoteが多くの方にご覧いただいて本当に驚いていますまたシェアや、いいねをしていただき本当にありがとうございます。反響があったので第2弾を書くか検討しています。実は編集中が3本ぐらい溜まっていて、なんとかこれから頑張って出します。もうすぐ大学がスタートするので腐りきったエンジンを動かすために試運転がてら書きました。

ちなみに今回は卒業式と卒業文集とその他諸々の話をするので、誰かの役に立つようなものでは無いです。感想文兼備忘録というつもりで書いています。文体と内容がぐちゃぐちゃで意味が通じない部分があるかもしれませんが、ぐちゃぐちゃになるほど感動と興奮していたんだなと思って大目に見てください。

13日は卒業式でした。

まずは卒業式の話から。

卒業式は毎年見てきたから、大体流れが分かっていたけれど、卒業証書をもらう時に誰もふざけなかったのは意外でした。誰かはやると思っていたから。それから、一人ずつ名前が呼ばれて、顔を見るとこの人との良い思い出も、悪い思い出も追憶できて、これまた良かった。涙は全く出なかったけれどジワる。卒業式後の卒対委員の方々が企画していただいた中の映像に母校の著名人が二人も出てきたのすごかった。卒対委員の方々、ありがとうございました。正直、卒業した実感はないです。周りもないらしいです。4月の入学式の頃には本当に青春の終わりを感じているだろうと、僕は思います。

続いて卒業文集の話。

多分、今回のメインテーマです。卒業式が終わって、その日の26時ぐらいから卒業文集を読み始めました。学年の半分ぐらい読んでみたところ、部活や友達のことが多く書かかれてありました。友達の書いているそういう文章と自分の記憶がリンクしてきて、あの時、あんなこと思ってたのか、こんなこと考えていたんだなと分かって最高に自分の中で盛り上がった。普段強気な奴も素直なこと書いてきて、これまた盛り上がった。時間の経過と字面にするのはやっぱりいい。ちょくちょく笑かしにきてる文章もあって書いているその人の個性がブレていないのがこれまた最高。悪ふざけしたことが書いてあって、もう出来ないと思うと寂しさを感じる。締切が過ぎてて、みんな適当に書いたとか言ってたけど、めちゃくちゃマジで書いてあったな。ちなみに自分の文章を読むとビックリするほどクソで寒気がしました。とりあえず、未来の自分にプレゼントした話の種だと思って心を落ち着けました。どの人も口を揃えて言うのが、聖学院で良かったと書いてあったこと。中学の頃なんてあんだけクソクソ言ってて、6年後には良いと言えるようになるのだからやっぱ聖学院すごい笑。


最後にその他諸々の話。

出だしからこんなこと言うのもあれですが、きっと中高6年間で出会えた友達は忘れないと思います。13の時から、みんな言いたいこと言って、言葉で済まなくて、思いっきり体でぶつかり合う。15ぐらいになると、この人はこういう性格なんだなとか、分かりはじめる(それでも衝突はあるが)。同時に記念祭とか、プロジェクト、部活のなかで中心的存在になるから、協力し合う。やっと良好な人間関係を築けたと思ったら、もう卒業。本当にあっという間だった。大人になったら、変に気を遣い合ったり、言いたいことが言えなくなるからね。やり残したことと言えば礼拝時に2階席に座れなかったこと、食堂のド真ん中でイキれなかったこと笑(中学の頃、食堂の高3に憧れていたのはここだけの秘密)、やっぱり一番は体育祭ができなかったこと、それぐらいです。文集の最後にも書いたけれど、大人になってまたどこかでお互い成長した姿で仕事をしよう。そして、またあの頃みたいに笑って酒でも交わしながら話そう。

最後にこの6年間、お世話になった方には、ヘラヘラしている人間で伝わりにくいかもしれませんが本当に感謝しています。魅力的な6年間という一瞬を過ごさせてもらいました。しっかり社会と母校に、何かしらのインパクトを還元できるようにやっていきます。これは僕なりの勝手な妄想になってしまうんですけど(あくまで妄想)、聖学院などが推している新しめの教育って勉強みたいに、すぐ成果があがるようなもんでないと思っているのでやっぱり5年後とかわからないけれど成果としてあげなければいけないと思っています。学校とか関係なくて、そういう教育がメインストリームになってほしいからね。

3月、頑張ってもう一本書こうと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?