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令和元年予備試験刑法参考答案

第1「V代理人甲」と署名してAに渡した行為
1上記行為について、有印私文書偽造罪(159Ⅰ)の成否を検討する。
(1)本件土地の売買契約書は「権利、義務..に関する文書」に当たる。
(2)そこで、上記行為が「偽造」に当たるか。偽造とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう。作成者とは文書に表示された意思・観念の主体であり、名義人とは作成者として文書上認識される者である。
 本件文書は代理形式で作成されている文書であり、作成者として文書上認識されるのは本人Vであるため、名義人はVとなる。これに対し、作成者は、抵当権設定という本件土地に関する代理権の権限を超えているため、本人Vの意思に基づくものではなく、甲となる。
 よって、名義人と作成者の人格の同一性に齟齬が生じているため、「偽造」が成立する。
(3)また、Vの署名を使用したといえるので、有印文書である。
(4)甲は本件土地を売却するために本件文書を作成しているので、「行使の目的」も認められる。また、故意に欠けるところもない。
(5)以上より、有印私文書偽造罪が成立する。
2本件文書をAに渡した行為につき同行使罪(161Ⅰ)が成立する。
第2 本件土地の売買契約を結んだ行為
1上記行為について、横領罪(252Ⅰ)または背任罪(247)の成否を検討する。
 本件では甲は他人の物の占有者であると同時に、他人の事務処理者でもあるため、横領罪と背任罪が競合し、その区別が問題となる。両罪は法条競合の関係にあるため、重い横領罪から検討する。
2横領罪の成否
(1)本件土地の所有者はVであるから、「他人の物」に当たる。 
(2)また、「占有」とは処分の濫用のおそれのある支配力を指し、法律上の支配も含まれる。甲は、本件土地の登記済証や白紙委任状を持っているため、土地を法律上支配しているといえ、「占有」が認められる。
(3)そして、その占有はVから依頼されたものであり、委託信任関係に基づく。
(4)さらに、許可なく土地を第三者に売却する行為は所有者でなければできないような処分であって不法領得の意思の発現といえ、「横領」行為にあたる。
(5)もっとも、横領「した」といえるためには、既遂結果の発生が必要である。不動産売買の場合、登記が対抗要件とされており(民177)、登記の完了によって所有権が確定的に侵害されたといえるから、移転登記が完了した時点で既遂に至ると解する。
 本件では、登記を移転する前にVに登記済証や白紙委任状等を回収されているため、移転登記がされていない。よって、横領は既遂に至らないため、横領罪は成立しない。
2そこで、背任罪の成否を検討する。
(1)甲はVのために抵当権設定を委託されていたから、「他人のためにその事務を処理する者」に当たる。
(2)そして、代理権を逸脱して土地を売却する行為は明らかに「任務に背く行為」に当たる。
(3)さらに、甲は自己の借金の返済のために土地を売却しているから、図利加害目的(「自己の利益を...図り」)が認められる。また、故意に欠けるところもない。
(4)もっとも、登記を移転していない以上、「財産上の損害」が認められないため、背任罪は未遂(250)にとどまる。
第3 Vの殺害について
1甲はVの首をロープで絞めた後、Vを海に落としているが、これらの行為は異なる意思に基づいて行われているため、別々に評価すべきである。
2Vの首をロープで絞めた行為
(1)上記行為について、殺人既遂罪(199)の成否を検討する。
(2)Vの首を背後から力いっぱいロープで絞める行為は、Vを死亡させる現実的危険性がが高い行為であり、殺人罪の実行行為に当たる。また、最終的にVは「死亡」している。また、殺意も認められる。
(3)もっとも、上記行為によってVは失神したに過ぎず、その後海に落とされたことによって死亡しているので、因果関係が認められるかが問題となる。
 因果関係は条件関係を前提に、客観的に存在する全事情を考慮に入れた上で、行為の危険が結果に現実化したといえるかによって決する。具体的には、1行為自体の危険性2介在事情の結果発生への寄与度を中心に判断する。
 まず、Vの首を絞めていなければVを海に突き落とすこともなかったので、条件関係は認められる。
 そして、Vの死因は窒息死ではなく溺死であるため、介在事情の寄与度は高いといえる。しかし、殺害行為に及んだものが犯行の発覚を恐れてこれを遺棄しようとすることはありうることであるから、介在事情は異常とはいえず、ロープで首を絞める行為の中には海に遺棄されて溺死する危険も含まれていたといえる。よって、実行行為の危険が結果に現実化したといえ、因果関係は認められる。 
(4)さらに、甲はVをロープで絞め殺したと勘違いしているため、現実の因果経過と甲の予見した因果経過が食い違っており、因果関係の錯誤として故意を阻却しないかが問題となる。
 故意とは構成要件該当事実の認識であるため、認識事実と実現事実がいずれも同一の構成要件の範囲内で一致している限り、実現事実に対する故意責任を認めることができる。そこで、行為者の認識した因果経過と現実の因果経過が食い違っていても、そのどちらも法的因果関係の範囲内であれば、その食い違いは重要ではなく、故意は阻却されないと解する。
 前述のように、現実の因果経過は法的因果関係が認められる。そして、Vをロープで絞め殺すという甲の認識した因果経過も十分に法的因果関係が認められるものである。よって、故意は阻却されない。 
(5)以上より、殺人既遂罪が成立する。
3Vを海に落とした行為
(1)上記行為について、客観的には殺人罪にあたるものの、甲には死体遺棄罪(190)の故意しかないため、重い殺人罪は成立しない(38Ⅱ)。
(2)そこで、軽い死体遺棄罪が認められないか。構成要件が異なる場合は原則として故意犯の成立は認められないが、構成要件が重なり合う場合は、例外的に、重なり合う限度で故意犯が成立すると解する。構成要件の重なり合いの有無は、①行為態様の共通性と②保護法益の共通性によって判断する。
 殺人罪と死体遺棄罪の行為態様は共通するものの、殺人罪の保護法益が生命・身体の自由であるのに対し、死体遺棄罪の保護法益は死者に対する宗教的感情であり、全く異なる。
 よって、構成要件に重なり合いがなく、死体遺棄罪は成立しない。
(3)もっとも、甲はVが死亡したものと軽信していたため、「重大な過失」があるといえ、重過失致死罪(211後)が成立する。
第4 罪数
以上より、①有印私文書偽造罪②同行使罪③背任未遂罪④殺人罪⑤重過失致死罪が成立する。①~③は牽連犯(54Ⅰ後)となり、⑤は④の介在事情に過ぎないため④に吸収され、これらは併合罪(45)となる。
以上


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