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【閲覧注意】令和6年司法試験刑法解説

問題文

以下の【事例1】及び【事例2】 を読んで、 後記[設問1]及び[設問2]について、答えなさい。

【事例1】
1特殊詐欺グループを率いる甲 ( 28歳 男性)は、同じグループの配下のA (25歳、男性) が資産家名簿を別の特殊詐欺グループに無断で渡したと考え、某月1日午後8時頃、人のいないB公園にAを呼び出し、Aに「名簿を他のグループに流しただろう。相手は誰だ。」と言って追及したが、Aはこれを否定した。Aはこれを否定した。甲は、Aがうそを言っていると思い腹を立て、Aの頭部を拳で殴り、その場に転倒したAに「殺されたいのか。」と言いながらAの腹部を繰り返し蹴って、Aに肋骨骨折等の傷害を負わせた。
 甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持 品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているも のを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、 A所有の財布1個 (以下 「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。 甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、 現金6万円 が入っているのが分かり、 その現金がにわかに欲しくなった。 甲は、Aが恐怖で抵抗できないこ とを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。 Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。 そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。
2 甲は、Aの追及には時間が掛かると考え、同じグループの配下の乙 (25歳、男性) に見張り を頼むこととし、電話で乙を呼び出した。 同日午後8時30分頃、 乙がB公園に到着すると、 甲 は、一旦、食事に出掛けることにして、乙に「小遣いをやるから、Aを見張っておけ。」と言っ た。 乙は、おびえているAの様子から、 甲がAに暴力を振るったことを理解し、 「分かりまし た。」と答えた。 甲は、本件財布から現金3万円を抜き取った後、 「お前が自由に使ってい い。」 と言って、 本件財布を乙に手渡した。
 甲がその場を立ち去ると、乙は、本件財布内の運転免許証を見て、本件財布がAのものだと理解するとともに、A名義のキャッシュカード(以下「本件カード」という。)が入っていることに気付き、Aの預金を引き出して奪おうと考えた。 乙は、本件カードを本件財布から取り出して、 倒れたままのAに見せつつ、持っていたバタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら、「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った。 Aは、預金を奪われたくなかった ものの、 拒否すれば殺されると思い、仕方なく4桁の数字から成る暗証番号を答えようとしたが、 暗がりで本件カードを自宅に保管中の別のキャッシュカードと見誤っていたため、本件カードの 暗証番号と異なる4桁の数字を答えた。
3 乙は、Aが逃げ出す様子もなかったので、本件カードを使ってAの預金を引き出そうと思い、 Aをその場に残して、付近のコンビニエンスストアに向かった。
 乙は、同日午後8時45分頃、 上記コンビニエンスストアに設置された現金自動預払機(以下 「ATM」という。)に本件カードを挿入し、Aが答えた4桁の数字を入力して預金を引き出そ うとしたが、暗証番号が間違っている旨の表示が出たため、ボタンを押し間違えたと思い、続け て同じ4桁の数字を2回入力したところ、ATMに不正な操作と認識されて取引が停止された。

 [設問1]  【事例1】における甲及び乙の罪責を論じなさい (盗品等に関する罪(刑法第256  条)、建造物侵入罪(刑法第130条) 及び特別法違反の点は除く。)。 なお、乙の罪責を論じるに際しては、乙がAから暗証番号を聞き出す行為が財産犯における「財産上不法の利益」を得ようとする行為に当たるかという点にも触れること。

【事例2】 (【事例1】 の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
4 甲は、 資産家名簿の流出先が以前仲間割れしたC (30歳 男性) であるとのうわさを聞き付 け、同月10日午後5時頃、 Cに電話をして 「お前がうちの名簿を受け取っているだろう。」と言ったところ、 Cから 「お前が無能で管理できていないだけだ。」と罵倒されたことに激高し、 C方に出向き、 直接文句を言おうと決めた。 その際、 甲は、 粗暴な性格のCから殴られるかもし れないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙(26歳、男性)を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、 丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、 丙を呼び出し、 丙に「この後、Cとの話合いに行くから、 一緒に付いて来てほしい。」と言って頼んだ。 丙は、Cと面識はなく、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も聞かされていなかったため、甲に付いて行くだけだと思い、甲の頼みを了承した。
5甲及び丙は、同日午後9時頃、 C方前に行くと、 甲がCに電話で「今、家の前まで来ているから出て来い。」 と言って呼び出した。 Cは、 C方の窓から甲が丙と一緒にいるのを確認し、甲が 手下を連れて来たものと思い腹を立て、 「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た。 
 その様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がったが、 丙は、暴力を振るわれると考えていなかったため、その場にとどまったところ、Cから顔面を拳 で1回殴られた。 丙は、Cに 「やめろよ。」と言い、 甲に 「こいつ何だよ。 どうにかしろよ。」 と言ったが、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、 その場に転倒した。 
6 甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、 丙にCを痛め付けさせようと考え、 丙に 「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」 と言った。 それを聞いて丙は、 身を守るためには、 甲の言うとおり、 Cを殴るのもやむを得ないと思った。 ちょうどその時、 Cが丙に対して続けて 殴りかかってきたことから、 内は、甲が来る前に立ち上がり、 Cの胸倉をつかんで、Cの顔面を 拳で1回殴った(以下 「1回目殴打」という。)。 すると、Cは、一層興奮し 「ふざけるな。」 と大声を上げた。
7 その頃、丙の友人丁 ( 28歳 男性) は、 偶然、 普通自動二輪車 (以下「本件バイク」とい う。)を運転してC方前を通り掛かり、 丙がCの胸倉をつかんでいる様子を見て、 Cが先に丙を 殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。 けんか好きの丁は、 面白がり、 丙がCを殴り倒した後、 内がその場から逃走するのを手助けしようと思い、 丙に 「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた。反撃しようとしていた丙は、それを聞いて発奮し、なおもCが丙に殴りかかってきたことから、身を守るために、Cの 顔面を拳で1回殴った (以下「2回目殴打」という。)。 丙は、Cがひるんだ隙に、本件バイクの後部座席に座り、 丁が本件バイクを発進させて走り去った。
8 丙による暴行 (1回目殴打及び2回目殴打) によりCに傷害は生じなかった。
[設問2] 【事例2】 における甲、 丙及び丁の罪責に関し、以下の(1)及び(2)について、 答えなさい。
(1) 丙による暴行 (1回目殴打及び2回目殴打) について、 丙に正当防衛が成立することを論じな さい。
(2) 丙に正当防衛が成立することを前提に、 甲及び丁の罪責を論じなさい。その際
①丙による2回目殴打について丁に暴行罪(刑法第208条) の幇助犯が成立するか
②甲に暴行罪の共同正犯が成立するか 
について言及しなさい。 なお、これらの論述に当たっては
ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか
イ 違法性の判断が共犯者で異なることがあるか
についても、その結論及び論拠に言及し、①及び②における説明相互の整合性にも触れること。

解説

第1 設問1
1甲の罪責
(1)検討対象となる行為は①Aの腹部を蹴ってAに傷害を負わせた行為②本件財布を自分のズボンのポケットに入れた行為の2つである。①について傷害罪が成立することは間違いないが、②については強盗罪の成否が問題となる。
(2)強盗罪の成否については、いわゆる「暴行脅迫後の領得意思」が問題となる。Bが現金を欲しくなったのは暴行を加えた後なので、強盗罪の「暴行」に該当するかが問題となる。強盗罪の「暴行」は財物奪取に向けられている必要があるため、本問では強盗罪が成立しないのが原則である。ただし、「新たな暴行・脅迫」が認定できる場合には強盗罪が成立する。
(3)「新たな暴行」については、反抗抑圧を維持継続するもので足りるとするのが判例の立場であるが、性犯罪の場合と異なり、単純な強盗の場合は積極的な行為が必要と解されている。本問では、「この財布はもらっておくよ」と発言しているため、反抗抑圧を維持継続するに足る脅迫が行われたと見ることができる。よって、強盗罪が成立し、傷害罪と併合罪となる。
2乙の罪責
(1)乙の検討対象行為は①Aに刃先を示して暗証番号を聞き出した行為②ATMからAの預金を引き出そうとした行為の2つである。
(2)①については、2項強盗罪を検討することになる(なお、キャッシュカード自体は甲から受け取っているため、1項強盗を検討する余地はない)。その際には、暗証番号が「財産上の利益」といえるかどうか、すなわち財産的利益の具体性が問題となる。判例は、暗証番号を聞き出した場合の「ATMから預貯金をの払戻しを受け得る地位」は「財産上の利益」に該当するとしている(東京高裁H21)。ただし、本問では正しい暗証番号を取得できていないことから、判例の立場に立ったとしても2項強盗は未遂となる。
(3)②については、窃盗罪の成否を検討することになる。不能犯という論点を検討する余地もあるが、簡単に窃盗未遂が成立するとしてしまってもよいだろう。
(4)①と②の罪数は議論の余地があるが、無難に併合罪としてしまって構わない。

第2 設問2
1 (1)について
単純に正当防衛の成立要件を順番に検討していけばよい。急迫不正の侵害は当然認められるし、防衛の意思も存在する。相当性も問題ないだろう。
2 (2)について
(1)甲の罪責
共謀共同正犯の事案なので、客観面に関しては行為者である乙を基準に正当防衛の成否を考えていくしかない。ただし、甲には(侵害の予期+積極的加害意思)があるので、急迫性が認められない。よって、甲には正当防衛は成立しない。この場合、違法の相対性を認めることになってしまうが、制限従属性が妥当しない共同正犯において違法が連帯しないことは問題ない。
(2)丁の罪責
狭義の共犯においては、制限従属性が妥当するため違法は連帯する。よって、丁の主観に関わらず、丁には正当防衛が成立し、丁は無罪となる。


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