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令和5年予備試験刑法参考答案

第1 設問1
1小屋の出入口扉を外側からロープできつく縛り、内側から同扉を開けられないようにした行為について、監禁罪(220)の成否を検討する。
2「監禁」とは一定の場所から脱出できなくすることをいい、上記行為は「監禁」に当たるので監禁罪が成立するようにも思える。
3しかし、監禁罪の保護法益を現実に移動しようと思ったときに移動できる自由とする立場からは、Xはロープを縛ってからほどくまでの間熟睡していたため、場所的移動の自由が奪われている認識がなく、監禁罪は成立しないことになる。
4被害者の認識の有無で監禁罪の成否が左右されるのは不合理であるから、監禁罪の保護法益は現実的自由ではなく、移動しようと思えば移動できる自由、すなわち可能的自由であると理解すべきである。本件では、Xに監禁の認識がなくても、可能的自由が侵害されていたから、監禁罪が成立する。
第2 設問2
1Xの携帯電話機1台を取り出し、自分のリュックサックに入れた行為について、窃盗罪(235)の成否を検討する。
(1)携帯電話機は「他人の財物」に当たり、甲はXの意思に反してその占有を自己の元に移転しているので、「窃取」したといえる。そして、これらの事実の認識もあるため、故意も認められる。
(2)しかし、甲は携帯電話を捨てているため、不法領得の意思が認められないのではないか。
 明文はないものの、使用窃盗や毀棄罪と区別するために、不法領得の意思、すなわち権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思は必要である。
 本件では、権利者排除意思は認められるものの、利用処分意思の有無が問題となる。利用処分意思は厳密な意味での経済的用法に限らず、財物から生じる何らかの効用を享受する意思であればよい。
 本件では、甲の目的は犯跡隠蔽であると同時に、GPS機能を利用することにより死体の発見を困難にする点にあった。犯跡隠蔽は携帯電話機から生じる効用ではないものの、GPS機能は携帯電話機から生じる効用であるため、甲はそのような効用を享受する意思があったといえる。よって、利用処分意思(不法領得の意思)は認められる。
(3)以上より、窃盗罪が成立する。
2Xの財布から3万円を抜き取った行為について、窃盗罪の成否を検討する。
(1)まず、現金3万円は「他人の財物」に当たる。また、Xの意思に反して現金3万円の占有を自己のもとに移転させているので、「窃取」したといえる。さらに、不法領得の意思も認められる。
(2)もっとも、甲はXが死亡したと思い込んでいたため、窃盗の故意が認められないのではないか。そこで、甲の主観を前提に、窃盗罪が成立するか検討する。 
 死者には占有の意思がないので、占有が認められないのが原則である。もっとも、全体的に考察し、被害者を殺害した犯人との関係では、時間的・場所的に近接した範囲内にある限り、生前の占有はなお法的保護に値すると解する。
 甲の主観では、甲はXを殺害した犯人であり、同じ場所で5分しか経っていないため、時間的・場所的近接性が認められ、生前の占有は法的保護に値する。そうであれば、甲の主観によっても、Xの占有する財物をXの意思に反して自己の占有に移転させたから、窃盗罪は成立する。
 よって、窃盗罪の故意は認められる。
(3)以上より、窃盗罪は成立する。
3Xの首を絞めて死亡させた行為について、殺人既遂罪(199)の成否を検討する。なお、その後Xを崖下に落とした行為とは意思の内容が全く異なるので、別個に検討する。
(1)上記行為はXを死亡させる現実的危険性を持つ行為なので、殺人罪の実行行為に当たる。その結果、Xは「死亡」している。また、Xには殺意も認められる。
(2)もっとも、上記行為によってXは気を失ったに過ぎず、その後崖下に落とされたことによって死亡しているので、因果関係が認められるかが問題となる。
 因果関係は条件関係を前提に、客観的に存在する全事情を考慮に入れた上で、行為の危険が結果に現実化したといえるかによって決する。具体的には、1行為自体の危険性2介在事情の結果発生への寄与度を中心に判断する。
 まず、Xの首を絞めていなければXを崖下に突き落とすこともなかったので、条件関係は認められる。
 そして、Xの死因は窒息死ではなく頭部外傷による即死であるため、介在事情の寄与度は高い。しかし、殺害行為に及んだものが犯行の発覚を恐れてこれを遺棄しようとすることはありうることであるから、介在事情は異常とはいえず、首を絞める行為の中には崖下に落とされて即死する危険も含まれていたといえる。よって、実行行為の危険が結果に現実化したといえ、因果関係は認められる。 
(3)さらに、甲はXを絞め殺したと勘違いしているため、現実の因果経過と甲の予見した因果経過が食い違っており、因果関係の錯誤として故意を阻却しないかが問題となる。
 故意とは構成要件該当事実の認識であるため、認識事実と実現事実がいずれも同一の構成要件の範囲内で一致している限り、実現事実に対する故意責任を認めることができる。そこで、行為者の認識した因果経過と現実の因果経過が食い違っていても、そのどちらも法的因果関係の範囲内であれば、その食い違いは重要ではなく、故意は阻却されないと解する。
 前述のように、現実の因果経過は法的因果関係が認められる。そして、Xを絞め殺すという甲の認識した因果経過も十分に法的因果関係が認められるものである。よって、故意は阻却されない。 
(4)以上より、殺人既遂罪が成立する。
4Xを崖下に落とした行為について、客観的には殺人罪にあたるものの、甲には死体遺棄罪(190)の故意しかないため、重い殺人罪は成立しない(38Ⅱ)。
(1)そこで、軽い死体遺棄罪が認められないか。構成要件が異なる場合は原則として故意犯の成立は認められないが、構成要件が重なり合う場合は、例外的に、重なり合う限度で故意犯が成立すると解する。構成要件の重なり合いの有無は、①行為態様の共通性と②保護法益の共通性によって判断する。
 殺人罪と死体遺棄罪の行為態様は共通するものの、殺人罪の保護法益が生命・身体の自由であるのに対し、死体遺棄罪の保護法益は死者に対する宗教的感情であり、全く異なる。
 よって、構成要件に重なり合いがなく、死体遺棄罪は成立しない。
(2)もっとも、通常の注意を払えばXが生きていることに気が付くことはできたから、「重大な過失」があるといえ、重過失致死罪(211後)が成立する。
5以上より、①携帯電話機の窃盗罪、②現金3万円の窃盗罪、③殺人既遂罪、④重過失致死罪が成立する。①と②は包括一罪となり、④は重い③に吸収され、これらは併合罪(45)となる。
以上


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