典型的な東北大学カップル

個別指導バイトを終えて八幡の彼女の家に帰宅すると、玄関脇の狭いキッチンで美穂がフライパンを回していた。

オリーブオイルでニンニクを炙って丁寧に香り付けをしている。まな板の上にはみなさまのお墨付きベーコンと、僕が主体的に買うことは一生無さそうなちょっとお洒落なハーブがパックに入って乗っている。SEIYUの癖にこんな粋な草も売っているのか。

「おかえり、今日パスタだからね」
「すごい、材料わざわざ買ってるしありがとう」
「あ、待ってハーブソルト切れちゃってる。買ってきてくれる?」
「いや、じゃあ普通の塩で良くね?」
「せっかくだからレシピ通りにちゃんと作りたいの」
「分かったよ、スーツから着替えるからちょっと待ってな」

僕今日友達に千極煮干に誘われていてそっちのラーメンを食べたかったのに、好意というウンザリしちゃう隠し味がたっぷり入ったパスタを食べなきゃいけない。バイト終わりで疲れた僕に繊細な味わいを楽しむ脳味噌・舌も、大袈裟に美味しそうなリアクションを取る余裕も残されてないのに。

SEIYUにハーブソルトを買いに行くために、自転車と原付がしっちゃかめっちゃか入り乱れている雨ざらしの駐輪場から原付を走らせた。交差点で、目の前のラクロスラケットを背負った原付がウィンカーを出さずに左折していて少し呆れてしまった。

美穂は経済学部の2年生で、僕は理物の2年生で僕達はサークルの新歓で知り合った。美穂は入学当初から栗色の髪でメイクが施されていてパチッとした睫毛が印象的だった。服もペラペラの安っぽい生地だけれども、きちんと流行が意識されており、この大学なのに垢抜けた子だと最初会った時に思った。結局2人ともそのサークルには入らなかったけれど、基礎ゼミで偶然再開しそこから仲良くなって1年の夏休みの途中から付き合うことになった。

でも、僕は美穂が自分の生活にどんどん侵食してくる事をすんなり好意的に受け入れる事が出来なかった。美穂は可愛いし愛想も良くて、一度僕のイツメン何人かと美穂とで飲んだことがあるのだが、その後みんなから本気で羨ましがられた。

しかし、ひとことで言うと 面倒臭い のだ。僕にとっては必要の無い儀式を美穂は大量に執り行うのだ。今だってお清めの塩はハーブソルトじゃないといけないみたいだし、フライパンから直接食べる事はせずに綺麗なお皿にお店みたいにクルって盛り付ける。そして僕とパスタの写真を彼女の気の済むまで何枚も撮り続けて、Instagramのストーリーにアップロードして今日の儀式は終わる。

美穂はお洒落な店でしか外食をしたがらない。流石に僕は女性を試すチー牛の真似事はしないから、付き合う前や付き合ったばかりの時期にサイゼリアに誘う事は無かった。けれども、付き合って1年近くして商店街のAEONで扇風機を買った後に「サイゼでピザ食べたいな」って言ったら露骨に嫌な顔をされた。結局あの日は定禅寺通りのダジェンナーロって小洒落たイタリアンに行ったんだ。僕は扇風機が入った大きなダンボールを抱えていたのに。誕生日やクリスマスはもう書くまでもないかな。

そんな美穂に嫌気がさしてしまって、先月遂に「(僕の)家の鍵を無くしちゃったから、とりあえず美穂が持ってる合鍵返して貰って良い?」と嘘を付いて彼女から僕の家の合鍵を回収した。彼女が僕の家に勝手に侵入できないという事実が僕を少し元気にした。

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