初音ミクシンフォニー5周年公演を通じて

 サントリーホールでの公演は、過去に行われた初音ミクシンフォニーの集大成とも言える最高のコンサートでした。

 初音ミクシンフォニーとは、ボーカロイドの歌唱・映像に合わせてオーケストラによって演奏されるコンサートで、今まで開催されたパシフィコ横浜やフェスティバルホール、東京国際フォーラム等で行われてきました。ニコニコ動画やライブで聴いてきた曲があまり馴染みのないオーケストラにより演奏され、ライブとはまた違う調子で手拍子や演奏後の拍手によって演奏者との一体感も楽しめるコンサートだと思います。

 しかし、曲によってはオーケストラとの調和が綺麗に取れたおかげで更に良くなった所がある反面、オーケストラとの調和がとれずに歌唱が蛇足に感じてしまう曲もあり、少し残念に感じるところもありました。ただこの事が必ずしも欠点ではなく、試行錯誤によって生まれたものであり決して無駄なものでないと感じられるのも楽しみのひとつだと感じています。

 今回のサントリーホールでは今まで使っていた歌唱・映像を一切廃し、またPAも通さずフルオーケストラで生演奏をそのまま聴くことができ、過去の初音ミクシンフォニーでも味わいきれなかった魅力を感じられる最高に心地のいい時間でした。普段あまり聴くことがない素人の私でもわかる位に各々の楽器の特徴をしっかり聴くことが出来るのに、一つの曲としてしっかり調和の取れた曲であり、そのままの音なのに小さなパーカッションの音さえも迫力がありました。言い方が悪いかもしれませんが、今までの初音ミクシンフォニーがまだ前哨戦だったのではと感じるほどの出来で、本当に来て良かったと思えるひとときでした。

 しかし、「ボーカロイド」とはこのソフトに歌唱をさせて表現させるものであり、旋律だけで表現するオーケストラは果たしてこのジャンルに合ったものなのか?この「ボーカロイド」を使って表現する人たちからしてみたら、歌唱のないフルオーケストラでの表現は本当に自分の伝えたいことが伝わるのか、と感じている方もいらっしゃるかと思います。

 「知らない曲があっても楽しめたコンサートか、曲を知らなくても演出によってボーカロイドを感じることができる構成だったか。」と言う質問をいただきましたが、これに対する答えは「否」だと思います。

 確かに、曲としてはTell Your Worldやカンタレラ、from Y to Yやメルトなど、この界隈では有名な曲が演奏されていますが、初音ミクシンフォニーを通じて曲を作った人やその背景、またここから「ボーカロイド」に足を踏み入れるかと言われれば絶対にそうではないと思います。メロディが気に入って原曲を聴いてみようと思う方は少なからずいらっしゃるかと思いますが、「元々の形がどのように別の形に変わるか見てみたい」というのがこの初音ミクシンフォニーの醍醐味であると思います。

 「ボーカロイド」と言うのは、歌詞を打ち込んでメロディにのせて表現をするソフトであり、曲を作りそれを発表して表現する事こそが根幹です。昨今は、パッケージのキャラクターを前面に推してイラストやキャラの設定、またはそれを通じて派生のキャラクターを生み出したり、そのキャラクターを用いてライブを開催するなど、ボーカロイドという一本の道筋から様々な分岐を経て大きなジャンルとして成長してきました。
 
 初音ミクシンフォニーとは、「ボーカロイド」という道筋から枝分かれした表現のひとつだと思っています。初音ミクシンフォニー以外にも「ドラゴンクエストオーケストラ」や「モンスターハンター15周年記念オーケストラ」、「トラベリング・オーガスト」などがあり、これらもゲームというジャンルから作られた表現のひとつです。これらに言えることは、ゲームという表現の中にあるBGMを別の形にして表現し、ユーザーを楽しませることを目的としたツールであると認識しています。それこそ鼓童とのコラボレーションが「ボーカロイド」から派生した表現のひとつではないでしょうか。

 私が初音ミクシンフォニーで期待している事は、「今まで聴いてきた曲がオーケストラによってどんな曲として生まれ変わるのか」です。今まで普通の曲を聴いてきた上、オーケストラという馴染みのない演奏で一体どんな風に聴けるのだろうと期待を膨らませてきました。そして5周年を迎えた日まで参加し続けています。

 作詞や作曲をしたクリエイター達にとっては、必ずしもこの派生が自分の理想の形であるとは言えないと思います。これによってクリエイターが放置されて曲だけが一人歩きしていく心配もあるのではないでしょうか。

 元々はメロディも歌詞もクリエイターが表現したいと思った結果であり、必ずしもフルオーケストラで表現したいと思って作った物ではないことです。人によっては、自分が考える物と全く違う物になり果てたと感じて憤りを覚える方もいらっしゃるでしょうし、それとは逆に自分で作った物の新たな一面を見ることが出来たと喜ぶ方もいらっしゃるでしょう。

 ユーザーとしての目線ですが、前述したとおり初音ミクシンフォニーはあくまで「ボーカロイド」から枝分かれした表現のひとつであり、住み分けた上で楽しむなら何の心配もないと思います。一度枝分かれした物を同じ物として扱う必要はないですし、この表現を楽しむ事も「ボーカロイド」を楽しむこととしていいと思っています。

 なので、初音ミクシンフォニーはフルオーケストラの演奏を通して「ボーカロイド」の世界を知ってもらう物ではなく、馴染み深い「ボーカロイド」を通じてオーケストラという新しい道筋を作ることこそがこの本懐だと思っています。
 
 改めて、今回のサントリーホール公演は初音ミクシンフォニー集大成を見せてもらう事が出来て本当に楽しい時間でした。新型コロナウイルス感染症に脅かされている現状の中、振替公演の設定やチケットの払戻し、そして再公演の決定など、私には到底想像することの出来ない苦労があったと思います。今回の公演に携わる皆様、本当にお疲れ様でした。

 最後に、長く拙い感想文で非常に読みづらい文章でも読んで頂きありがとうございました。

 今後もボーカロイドを取り巻く界隈が更に賑わい、そして新しい枝分かれがどんどん増えていき、私達を楽しませてくれる事を切に願います。