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ディベロッパー7.x

 どうも。ようやく週末です。エンディングテーマに向けて音楽っす。
 ディベロッパーシリーズ、ふぃろさんの8にていよいよ決戦か?

https://note.mu/otspace0715/n/n29955b6f1356?magazine_key=m11133cae80d6

 今頃どなたかが9を書いているのではないでしょうか。ああ早いものだとマガジンを再読して気づいたのですが……あの人気キャラが出てきていないじゃありませんか。っていうか、全然色気がないですよね。
 ということで、7と8をつなぐようでつながないようなパラレルな9章でございます。整合性とか無視しちゃった。ちょっとだけセクシーあるよ~(笑)

 一応一つの話ですが、掌編が9つある体です。読まなくっても本編に差し支え無いです。お時間のあるときにどうぞ。


お誘いですよ。(企画へのお誘いとルール)

https://note.mu/purasu/n/n6fe82cd24082

目次(過去ログ・参加作品はこちらから)

https://note.mu/purasu/n/nbc86a0a04957

ディベロッパーキャラクター説明

https://note.mu/purasu/n/n15dd6fabeaba

マガジン(全参加作品が収納されてます。)

https://note.mu/purasu/m/m11133cae80d6



7.1 第四のプレイヤー

 ロス市警に暴露データを送りつけて二週間の間に、D&Tシステム幹部たちの警護は様変わりした。ギャング団と警察の共同警護のような不自然な感じから、最新鋭の装備で身を固めたプロの警備会社のガードに変わった。
 送りつけた資料の裏付けが進んだか、または何か俺の知らない内部事情があったのかもしれない。事ある毎にヘリを飛ばす予算が市警にあるとも思えない。事件は毎日起きているのだ。理由が何であれ警察関係者が居なくなってくれるのは都合が良かった。次の一手を打つべき時だ。

 最大の障害があのロボコップ野郎だ。異常な身体能力の高さと攻撃力。ニッポンのカタナ・スウォードの切れ味が噂通りであることを身をもって知った。さらに厄介なのはあの野郎が恐らく俺の同類――化け物だってことだ。
 奴はいったい何者で、狙いは何なのか? ドナルド・アオキを殺したのだから司法関係者でもD&Tシステムの人間でもないだろう。カルデローニ・ファミリーはD&Tとつるんで幹部たちを警護しているのだからこれも違う。
 すると第四の存在、ということになる。このゲームには少なくともあと一人プレイヤーがいるらしい。俺が今出せるカードは一枚きり。ニンジャのカードだ。リンダの叔父さんはかつてニンジャに会う為にニッポンに行った。リンダのママが何か知っているかも知れない。あまり期待はできない。だが何も知らずに同類とやり合っても埒が明かない。止むを得ない。ここは一つトーマスの力を借りることにしよう。
 支度を済ませてドアを開け、薄汚れたソファーに納まっているタキに目をやった。彼女は静かに丸くなって眠っていた。平和そのものだ。ジェームズ・バーキンとして生きていた頃、身の回りはこうした平和に満ちていた。俺はD&TシステムCEOダン・マッケンジーの更なる成功を祈った。

 叩き落すなら、より高いところからの方がいい。


7.2 共闘

 FBI捜査官リッキー・ブリッジスは五年前に起きた『リトルトーキョー爆破強盗殺人事件』の資料を我々SF市警の担当チームと共有し、今回の『D&T社員連続殺害事件』との関連を説明するためにミーティングを開いた。
「このミーティングは合同捜査の為に意識合わせが必要だ、というアルフ・テイラー、ティム・ホワイトの二人からの提案だ」
 全員が俺とアルフを見た。俺は親愛なる同僚に向けて大げさに肩をすくめた。縄張り争いしている場合じゃないだろう? これ以上被害者を増やすわけにはいかない。裏切り者を見るような視線はやがてリッキー捜査官に戻った。やれやれだ。
 まず五年前の凄惨な事件の概要が改めて説明された。三人目の被害者であるドナルド・アオキ殺害に使われた凶器が特殊なナイフ『クナイ』であり、今回の連続殺人事件の容疑者の一人としてジョー・アイザワの名が挙がったあたりから会議室はざわつきはじめた。
「少しばかり変わった形のナイフを根拠に? 死人が蘇った? ばからしい」
「そのナイフならうちの息子が持ってるぜ。ハチマキしたミドリガメのだろ?」
「なぁゾンビにゃ何が効くんだっけ? ニンニクか?」
 しばらくするとリッグス刑事が立ち上がって発言を求めた。ルーキーらしい生真面目さだ。
「なぜ五年も前の事件で死んだ人間を引っ張りだすんです?」
 ブリッジス捜査官は頷くと立ち上がった。
「今回の連続殺人事件について私が最も重要視しているのは、三件の殺人のうち最後のドナルド・アオキだけ直接の死因が異なる、という点だ。そうですねドク?」
「そう。三人とも四肢に被弾しているが致命傷は違う。二人は頭部への被弾。アオキのみナイフによる脳断裂だ」
「アオキだけ直接の死因がナイフだと考えられている。この点について知らないものはいないという認識でいいかな?」
 参加者は一様に頷いた。
「私はこの仕事について二十年以上になる。その間さまざまな死体を見てきた。頭部への損傷は潰す、砕く、切る、穴を開ける、といったところだ」
 ブリッジス捜査官はデスクに乗せた黒い資料保管箱から『クナイ』を取り出した。
「アオキの額に刺さっていた『クナイ』はコンバットナイフよりはるかに小型で軽い。硬い頭蓋骨を軽い小型ナイフで『刺した』というケースは記憶にない。誰かそうしたケースを担当した者はいるかな?」
 誰も挙手するものはなかった。ブリッジス捜査官はニンジャナイフを右手のひらの上に置いて軽く握ると、そのまま素早く肘を伸ばした。ナイフは見えない相手の心臓に刺さった。
「ゼラチンに刺せば簡単確実なのに、わざわざ植木鉢に刺そうとする者がいるだろうか?」


7.3 極秘情報

 トーマス・モーターズに連絡し、店から車で一時間ほどの距離にある倉庫街までレッカー車で来てもらった。牽引を装う算段だ。彼はいつものツナギ姿で現れた。俺は素早くレッカー車の助手席に乗り、頭が出ないように腰をずらして座った。トーマスは俺の車をレッカー車につなぎ終えると運転席に乗り込み、ゆっくりと発車した。
「大丈夫か?」
「悪いな夜中に」
「どうした?」
 どこまで話したらいいだろうか? 何も知らなければ安全だろうか? No。ジェームズ・バーキンは何も知らないのに拷問され殺された。
「頼みがあるんだが……」
「車だろ。当然だ。あんなんじゃ俺のばあちゃんにも勝てねぇ。お前はラッキーだぞジェームズ。セミ・トレイラー・トラックの極上物がある。もうすぐ仕上がる。構想三年のモンスターだ。ギャング共のリムジンなんぞローラースケートだ。思う存分……」
「違うんだ」
 車の話になると相手が女子大学生だろうが死んだ親友だろうがお構いなし。急にハイテンションになったトーマスをさえぎりながら、リンダと二人で初めてトーマス・モーターズに行ったときの事を思い出し、笑いたいような涙が出そうな妙な気分になった。

「俺の葬儀には出てくれたよな?」
 口にしてからこれが変な質問であることに気が付いたが、トーマスは気にも留めずに誇らしげに答えた。
「出たさ。当然だ」
「ママ――リンダの母親には会ったか?」
「忘れられんよ。そりゃあひどい悲しみようだった」
 リンダの母親ベティは俺たちが殺されたことで家族三人を同時に失った。夫、つまりリンダの父親は彼女が三歳のときに亡くなっていた。
「ママはお前の事、覚えてるかな?」
「最近は会ってないが、葬儀の後、彼女を家まで送ったのは俺だからな」
 俺はルームミラーとサイドミラーを見た。付けて来る車はないようだ。
「リンダの叔父さんは知ってるか?」
「リッキーだろ。ベティの兄さんだ。会った事はない。忙しい人らしいな」
「そのリンダの叔父という人物が昔……俺がリンダと知り合って間もない頃だから、五年ほど前か、ニッポンに行ってたはずなんだ」
「へぇ」
「リッキー叔父さんがニッポンに行った時の話を、ママに聞いてもらえないか?」
「なんだいそりゃ? 漠然としてるな。何を聞くんだ?」
「リッキーはニッポンで……」俺はもう一度ミラーを見てから、運転するトーマスの耳元に囁いた。
「ニンジャに会ってる」
 トーマスはこれ以上ないぐらい目を見開いてこっちを見た。車が大きく道を逸れた。トーマスは慌てて車の向きを立て直し、ハンドルを膝で固定すると両方の拳でクラクションをボンボン叩き鳴らし、唾を飛ばしながら叫んだ。
「アメイジング!」


7.4 二死

 参加者たちはリッキー捜査官の言わんとしていることが徐々に分かり始めていた。捜査官は検死官のドクに頷いた。ドクはホワイトボードに図を書きながら説明を始めた。

「現場である倉庫には二階部分がある。被害者の頭部から二階の床までの高さはおよそ七メートル。170グラムのナイフが自然に落下した場合、衝撃力は車のドアを思い切り閉めた時と同じ程度だ。偶然切っ先が真下に向いていて、頭部をしっかりと固定していれば刺さるかも知れん、が」
 ドクはデスクに乗っているナイフを手で押しのけて床に落とした。ナイフはほとんど横になった状態で床に落ちた。
「これが考えうる自然な落下だ。まず刺さらん。従って頭蓋骨に当たった場合はもっとヒビが入る。要するに砕ける」
 ドクはナイフを拾い上げてデスクの上に戻すと、またホワイトボードに向かった。
「ナイフが七メートル落下するのにかかる時間はおよそ1.2秒。死を目前にした人間が、目の前の殺人鬼を無視して、最高のタイミングで上を向き、落ちてくる物体を避けもせずに額で受けたとしても、せいぜい脳挫傷だ。刃の部分が完全に頭に刺さるなんて事は有り得ん」
 ドクはマーカーにキャップをはめた。ブリッジス捜査官はドクに礼を言ってクナイを手に取ると下向きにもって全員の前に掲げた。
「しっかりと握って二階から飛び降り、額に突き立てた。あるいは投げつけた。そう考えるほうが妥当だろう」
「しかしそんな高さから飛び降りたら捻挫じゃ済まんでしょ。倉庫の床はコンクリートだ」
「そう。埃だらけのコンクリート床には二種類の足跡がたっぷりと残っていた。激しく争ったように見えるものだ。アオキのものではもちろん無い。どうだろう? 最初の問いに答えられているかな?」
 五年も前の事件で死んだ人間でなければ、七メートルの高さから飛び降りて一撃で人を殺害し、直後に乱闘をするなんてことは不可能なのだ。だがルーキーのリッグスは食い下がった。
「ジョー・アイザワには弟子がいたでしょう?」
「もちろん。四人ともドクが復元してくれた」ブリッジス捜査官は何度も深く頷くと下唇を突き出した。苦い思い出を味わっている顔だった。ドクが後を引き継いだ。
「完全に元通りとはいかなかったがな」
 その時、会議室をノックする音がした。ブリッジス捜査官は軽く片手を挙げて中座するとドアを開けた。若いFBI捜査官が書類を手渡しながら言った。
「D&Tシステムの社員にジェームズ・バーキンという名の男性がいたことが判明しました」
 会議室がどよめいた。リッキー・ブリッジス捜査官はほとんど掴みかからんばかりに詰め寄った。
「いた? で、今はどこにいるんだ? もう連絡はとったのか?」
「い、いいえ。資料にあるとおり……」若い捜査官は後ずさって首を振った。
「ジェームズ・バーキンは先月死亡しています」


7.5 見えない敵

 無理すれば歩ける程の所でトーマスのレッカー車を降りた。しばらく見守ったが後を付けている車はなさそうだった。俺が出したニンジャのカードに効果が無いとしても、友人が大喜びしたんだ。それで良しとしよう。なんならあいつのモンスターマシンでD&T社のビルごと破壊するのもいいかもしれない。考え事をしながらガレージまであと一ブロック程のところまで戻ったところで妙な気配、いや、気配とも言えないほど僅かな空気のささくれを感じた。

 ニンジャ野郎か……誘ってみるか?

 俺はガレージの五ブロックほど東にある、以前から目をつけていた倉庫まで歩いた。ここの管理人は自分がサボるための搬出用ドアを確保している。南京錠をかけているがロックしていないのだ。そのうえ敷地は広く、ちょっとぐらい騒がしくしても隣の倉庫までは聞こえない。人がいないのを確認すると、搬出用ドアの鎖を外し、中に入ってドアを閉めた。

 どうだ。クソッたれのニンジャ野郎。

 待ち伏せできるはずはない。思い付きだからだ。気付かれずに入ってくることはできない。入り口はここだけだからだ。どっから来ようが必ず音がする。そうしたら即座に全弾叩き込んでやる。銃をドアに向けながら、全体を見渡せる場所までゆっくりと後ずさった。

 突然、背後から左腕に衝撃が加わった。
 右手の銃を左脇の下から後ろに向けて発射するのとほぼ同時に、今度は右腕に衝撃が加わった。俺は体をねじってしゃがみ込んだ。

 バカな?

 両腕への衝撃はかなりのものだった。たぶん骨が折れた。だがこの程度の骨折ならすぐに治る。問題は誰が、どこから入ったか、最初から居たとしたらなぜ、そしてどこに居たのかだ。夜明けは近い。いつまでも待ってはいられない。本人に聞くしかなさそうだ。俺が立ち上がると同時にそいつは――こともあろうに真正面に――姿を現した。

 上背はせいぜい俺の胸ぐらいまで。ブロンドの髪。薄暗い倉庫の中でも分かる異常に白い肌。その顔と身体的な特徴を一口で言うならこうだ。

 小娘。

 俺が「誰だ?」と言うのと同時に、小娘は宙に浮いた。さっきの両腕への衝撃はこいつの蹴りだ。左右から信じがたい早さで蹴りを飛ばしてきた。まるで空中に浮いているように見える。ジャブみたいなもんだが効果的ではある。ガードしなければそこそこのダメージはあるし、銃を構える暇がない。
 超高速で蹴りを出しながら、小娘は徐々に間合いを詰めてきた。コーナーに追い詰めてストレートか。俺は間合いを保って後ろに下がりながらフィニッシュブローを待った。左の踵が固い、材木か何かに当たった。俺は相手を誘うように、わずかに上体を反らした。

「ハッ!」


 小娘は甲高い発気と同時に一段と高く跳び、空中で上半身をねじった。

 後ろ回し蹴り。

 待っていた大技に合わせて仰向けに床に倒れこみ、小娘の真下から三発ずつブチ込んだ。小娘はまるで体重がないみたいに、弾丸に合わせて身を捩り、宙を舞い――バコンガラガランと妙な金属音をたてて床に落ちた。

 こいつもロボットか?

 俺は上半身を起こして床に横たわる物体を確認した。ひしゃげたガロン缶があった。俺は立ち上がってガロン缶を拾い上げた。たった今銃で打ち抜かれた穴が開いていた。
「体に頼り過ぎだが、及第点だ」
 声のする方を見た。積み上がった材木の上に、撃ち抜いたはずの小娘が腕組みしてこっちを見下ろしていた。
「わたしに力を貸せ。相沢譲を処刑する」


7.6 思い出の品

「やぁベティ。元気?」
 本日トーマス・モータースは臨時休業、今日の俺はメカニックじゃない、ジャーナリストだ。ジェームズから教わったとびきりビッグなニュースの裏を取るぜ。ニンジャの真実を暴くんだ。
「まぁー久しぶりねトーマス。会えて嬉しいわ」
 インタビューの相手はジェシー・ブリッジス。彼女の娘は俺の親友ジェームズの妻で、二人は不幸な目に遭った。だが今日はその話じゃない。
 彼女の兄リッキー・ブリッジスは、実はニッポンでニンジャに会った重要人物だったんだ。まったく驚きだぜ。
「ちゃんと食べてる? お腹空いてない?」
「もちろんだよ」
 空腹のままベティを訪ねる勇者はいない。料理が致命的に下手なのだ。あらためてベティを見た。元気に溢れているようだし、声は朗らかだし、丸っこくて艶のある頬のせいで太って見えるが、ハグをするとそうでもないのが分かる。かわいそうに、やっぱりまだ本調子じゃないんだ。俺はジェームズが生きてることを教えてやりたかった。だがあいつはそれを嫌がった。

 ――娘の夫が化け物になったと知ったらもっと悲しむだろ?

「ところでさ、ベティに聞きたいことがあるんだ」
「まず上がんなさいよ」
 俺はベティの後ろにくっ付いて上がり込んでコーヒーを淹れた。ベティは冷蔵庫から紙箱に入ったアイスクリームを取り出してリビングテーブルの上に置いた。
「聞きたいことってなぁに?」
 テーブルに座るとベティが聞いてきた。
「ベティの兄さんの事なんだ。前に話してくれたろ?」
「リック? ええ」
「リックって、ニッポンに行った事あるんだよね?」
「ニッポンだけじゃなくていろんなとこ行ってる。必ずお土産を買ってくるの。メモみたいに」
「お土産? ニッポンのもある?」
「ええ。見る?」
「いいの?」
 ベティはにっこりと微笑んでベッドルームに案内してくれた。窓を除いた部屋の壁は全て棚になっていて、おびただしい数の民芸品が飾ってあった。
「すごいな。これ全部リックが買ってきたの?」
「他の人からのも少しはあるけど。ニッポンのお土産は……ああ、これこれ。どう、綺麗でしょ?」
 ベティは棚から吊るされた凝ったプリント地の布を体に押し当ててみせた。
「キモノだね」
「そうよ。あと人形とか扇とか」
「これ……ねぇベティ。これは?」
「なんだったかしら? ああ、それはつい最近のよ。バカらしいジョーク品!」ベティは突然大笑いし始めた。つられて笑ってしまうような豊かな笑い声だった。
「キャンディか何かが包装してあると思ったの。リボンを解いて包装紙をほどいていったら……最後まで包装紙だったの!」
 ベティは俺の肩にもたれて笑った。「包装紙と芯だけ。リックったらきっと自分がやられて悔しかったのよ! まんまとひっかかっちゃった」
 なんてこった……そうじゃない。ベティはアニメを見ないから知らないんだ。俺はもちろん知っていた。これは巻物……ニンジャ・ドキュメントだ。
「これ、借りていいかな?」
「もちろんよ」
 何が書いてあるかはさっぱり分からないが、取り合えずジェームズに渡そう。何かの役に立つかもしれない。俺は急いでドアに向かった。
「ありがとうベティ。なるべく早く返すから」
「慌てなくてもいいわ。ずっと忘れてたんだもの……ああそうだ。思い出したわ。昨日アップルパイ作ったの。食べてから帰ってね」


7.7 名を継ぐ者

 ガレージのドアを開けるとタキが素早く寄って来て、俺が連れてきた客――謎の小娘――に猛然とアタックを仕掛けた。


「あんたらだったか」
 新聞の切り抜き、弾丸、銃のパーツ。段ボール箱をドアの前に置いていたのはこの小娘だったのだろう。俺は横倒しにした冷蔵庫に座った。しゃがんでタキを撫でていた小娘はこっちを見て頷くとガレージを見回した。
 客を歓迎するような物は何一つ無い。そもそも歓迎しているわけでもない。好きにすればいい。小娘は立ち上がり、タキ・ソファーの横の一脚しかないスツールに、妙な具合に足を曲げて座った。
「勝手にしゃべってくれ。知りたい事が多過ぎる」
「わたしは白雲斎の名を継ぐものだ。相沢譲は伊賀の忍でありながら雇い主に不義理を働いた。よって処刑する」
「やっぱり質問させてくれ。知らない単語が多過ぎる」
 どうやらハクウンサイという名前らしい小娘はうなずいた。
「あんたらはいったい何者だ?」
 ハクウンサイは単語を選びながらゆっくりと説明を始めた。
「日本には歴史ある特殊部隊がある。わたしはそこのリーダー。組織の決まりに従わない裏切り者がいる。始末するためにこの国に来ている。ここまではいいか?」
「良く分かる。続けてくれ」
「裏切り者はジョーだ。わたしの組織は一つの組織と契約する。二つは許されない。ジョーは別の組織と仕事をしている。裏切りは処刑する」
「なぜ俺を利用した?」
「お前は我々が作った」
「なんだと? どういうことだ?」
「五年前。ジョーはこの国にいた。免許皆伝、マスターだからだ。フィジカルな忍術を広めるため。暗殺ではない。だがそれが油断した。それで死んだ。殺したブラウザー・カンパニーはジョーを蘇らせ、操った」
「操られてるんじゃ裏切りじゃないだろ?」
「わたちたちは寝返らない。自害する。スーサイドだ。油断して殺された時点で失策だ。操られるなど最も恥だ」
 どうもシビアな話だ。まぁそういう職業なんだろう。
「だが死人を蘇らせるのはブラウザーの技術だろう? なぜお前たちにできるんだ」
「五年前、一人のアメリカ人が来た。彼はサワムラ老師――わたしの師匠――にインタビューしに来た。伊賀忍術の事だ。その男は先月また来た。彼は我々と取引を望んだ。彼は伊賀忍法の奥義書を欲しがった。代わりに彼が持ってきたのが……」
「死者蘇生術って訳か」
「そのアメリカ人はジョーの処刑にお前が適任だと言った。ジョーの依頼主を憎み、罰せられることがないと言った。わたしたちはお前を蘇生させ、お前は期待通りに働き、ジョーが姿を現した。次はわたしも行こう。ジョーを処刑するためだ」
 ハクウンサイは座っていたスツールから降り、ゆっくりと俺の上に馬乗りになると、両手で二の腕を掴んだ。
「最初の蹴りで骨が折れる予定だった」
「折れたよたぶん。だが軽い骨折なら一瞬で治る。ニンジャ・スウォードで切られた時は酷かった。一晩中呻き通しだった」
 目の前にはハクウンサイの大きく開いた胸元があった。この辺りのスペックは小娘とは呼び難かった。生きていればさぞかし喜ばしい眺めだったろう。彼女は上半身を押し付けてきた。驚くほど柔らかい体だった。
「特殊な体に頼っていてはスキルが上がらない」
 戦闘のアドバイスにしては無駄にセクシーだ。これがニンジャ流か。ハクウンサイはほとんど色素の無い顔を俺の顔に近づけて囁いた。
「わたしと楽しむか?」
「死んでもいいぐらい光栄なお誘いだが、あいにく死んでる」
 ハクウンサイは笑顔を見せると俺の上から床へしなやかに滑り降りた。
「わたしと手を組むか?」
「俺はD&Tのお偉いさんを処刑、あんたはニンジャを処刑。問題ない」
「他に聞きたい事はあるか?」
「あんたらを訪ねてきたアメリカ人の名は?」
「リキ、と名乗った」
「リキ? リキじゃなくリッキーじゃないか?」
「どう違うのだ?」
「LとRが……いや。それはどうでもいい。そのリキは二回来たんだな? そして二度目、先月来た時に死者蘇生術を……あんたらに教えたんだな? 奥義書と引き換えに」
「そうだ」
 ……いったいどういうことだ? リキってリッキー・ブリッジスの事じゃないのか?
「その奥義書には何が書いてあるんだ?」
「特に習得が難しい術についての指南書、ガイドブックだ」
「例えば何ができる?」
「基礎がない人間では、読んでも何もできん。そもそも外国人には読めないだろう。だが、例えばこんな事ができる」
 ハクウンサイは薄く笑った。その小柄な背が徐々に、さらに低くなった。
「……?」
 違う。背が低くなっているんじゃない。ガレージの床に身体が沈んでいってる。腰まで床に入ると、また全身を現した。
「生物の影に潜って一緒に動ける」
 それで倉庫に入れたのか……こいつも化け物だ。
「じゃ俺が撃ったのは……」
「変わり身か。あれは初歩だ。ジョーを処刑に行く時にお前の影に潜む。いいか。できる限りジョーに近づき、動きを止めろ。わたしが首を落とす」
「OKだハニー・ビー。勝手にやらせてもらう」
「何だハニイビイとは?」
「この国ではパートナーをニックネームで呼ぶんだ。本名がバレないようにだ」
「符丁か。よかろう。おまえの事は何と呼ぶ?」
「そうだな……」ハクウンサイと呼ぶのが面倒で適当に言っただけで考えてなかった。化け物っちゃあどいつもこいつも化け物だし……前職、生きているときの肩書きでいいだろう。
「ディベロッパーだ」


7.8 慰労会

「今日はありがとう。大いに助かった」
 リッキー・ブリッジス捜査官がさぞかし高級であろうシャンパンを注いだグラスを掲げ、俺たちは乾杯した。
「しかし参りましたね。明日からはいったいどうなるんです?」
 容疑者の一人と思われたジョー・アイザワに続き、暴露文書を送りつけてきたジェームズ・バーキンも死んでいた。会議は中止となり、ジェームズ・バーキンの死について再調査が行われた。事故によって妻、子供と共に死亡。葬儀も執り行われ、特に不審な点はなかった。誰かD&Tシステムの社員がふざけて送ったのだろう、ということになった。
「私にも分からない。一度ペンシルベニアに戻ることになるかもしれん」
「しっかし立派な家ですね」
「私の家ではないよ。FBIに借りてるだけだ」
 サンフランシスコの海を一望できる高級マンション。FBIの捜査員がこんなにいい暮らしをしているとは知らなかった。
「借り物だろうがおとり捜査だろうが、俺たちのわび住まいよりいいよなぁティム?」
 ティムはシャンパングラスをゆらゆら揺らして俺に賛同した。
「どうした浮かない顔して? やっかい事が終わるんだぜ?」
「なんかね、違和感があって」
「違和感?」
 ティムは夜景を見ながらぼそぼそと語り始めた。
「ミスター・バーキンは事故で死んだ。家族も一緒だ。もし、もし仮にだ、バーキンが事故でなく殺されたとしたら? そして死なずに生きていたら? あの暴露文書が本物だとしたら? あれを公表しようとして殺されたんだとしたら? バーキンの直属の上司が殺され、幹部クラスが二人殺された。一番の容疑者だろ」
「生きてさえいればな」疲れと寝不足と普段口にしない高級シャンパン。平常心を失っても仕方のない状況だ。
「死んだ人間しか登場しないんじゃ俺たちの出る幕じゃない」
 俺は相棒をなだめた。だがそれを聞いていたブリッジス捜査官は興味深げに話を掘り下げた。
「君の考えでは五年前の、ジョーの件とはどう絡んでいるんだね?」
「絡んでるわけじゃないです……」ティムはブリッジス捜査官の差し出したシャンパンを自分のグラスに受け、一口啜ると続けた。
「暴露文書が本物ならジョーは無関係だ。バーキンがD&Tに復讐してる。三件目も主犯はバーキンでしょう。ジョーはいなくてもいい」
「確かにその通りだ。しかし残念なことにジョーのような特殊な痕跡がない。監禁、拘束、殺害。猟奇殺人としては珍しくないケースだ。非常に強い動機を持った、死人だ」
「そう。逆にジョーは動機が分からない。どういう役割なのか。倉庫には争った後があった。アオキは椅子に拘束されている。当然バーキンとジョーが格闘した跡でしょう?」
「死んだバーキンと死んだジョーだティム。落ち着け!」
「落ち着いてるよ。ジョーはバーキンを始末したいんだ」
「ほう。なぜ?」
「それが分からんので違和感があるんです」
 ブリッジス捜査官は細かく頷くと「君もどうだテイラー」と俺のグラスにもシャンパンを注いで言った。
「知りたいかね?」


7.9 虚虚実実

 俺たちは息を飲んだ。
「なぜジョーはバーキンを狙うか、知りたいかね?」
「知ってるんですか?」
「五年前、私はニッポンに行った」
 捜査官は唐突に切り出した。
「そこで私はサワムラというニンジャのレジェンドと出会い、ニンジツとは何かを調べた。彼らのスキルは暗殺術だ。私の追っていた『死の商人』たちと手を組めば大事に至ると考えマークしていた」
「ところがスカウトを受けるはずのジョーは殺された」
「実は『死の商人』が必要としたのはニンジツではない。ジョーの肉体だ」
「はぁ?」
 ティムと俺はブリッジス捜査官の顔を見た。
「どういうことです?」
「つまり『死の商人』は死体を蘇生させている」
「ゾンビ・ソルジャーとしてジョーを選んだってことですか?」
「絶対服従の、不死の兵隊だ。無敵な上に資源は無尽蔵だ」
「戦争をする。死人が出る。兵隊が増える、か」
「世界を征服することも可能だ」
「じゃ同じ方法でバーキンも?」
「いいや。だとしたら争う理由がないじゃないか」
「その通りだ。そしてこのような馬鹿げた話は誰も信じない。パーティを盛り上げるための話題だ」
 ブリッジス捜査官は快活に笑うと俺たちにまたシャンパンを注いでくれ、それでボトルは空になった。
「FBIの上官ももちろん取り合わない。だが私の頭の中には強くこびりついていた。死者を蘇らせる可能性というのが」
 俺たちは捜査官の顔を見て、互いの顔を見合わせた。何かがおかしい。
「ブリッジス捜査官。何を言って……」
「ずっと言おうと思っていたんだが、リックと呼んでくれて構わない。さて、先月ジェームズ・バーキンとその家族が無くなった。気の毒な事故だ。子供はまだ一歳の誕生日を迎えたばかりだった。妻には母親がいた。夫と別れた彼女にとって、娘の結婚と孫の誕生は夢のような幸せだった。一年。たった一年ですべてが奪われてしまった。母親には兄がいたが、忙しくてろくに会いにも来ないダメな兄だ。さぞかし無念だったろう。後悔してもし切れるものじゃない。そこでダメな兄は思い付いた。自分にできることを最大に活用して復讐をしようと」
 景色がゆがんで見えてきた。捜査官の声が妙な感じに響いた。
「男は五年前からずっと組織に張り付いていた。男は職権を乱用し、指示も無く組織に潜入すると、死体蘇生術の方法を盗み出し、急いでニッポンに向かった。ニンジャの里へだ。彼は知っていたんだ。例え何があろうがニンジャは裏切り者を許さないことを。そして裏切ったとされるニンジャがこの国にいることを。彼はその情報を伝え、裏切り者を処刑する手助けをする、と持ちかけた。自分と同じように無念で、そして決して裁かれないであろう男を選び、この世に蘇らせた」
「リック、あんた、何言って……俺に、俺たちに何を……」
「ジョーを作った組織は、誰が自分たちの技術を盗んだか知りたい。当然だ。この技術は特許が取れない。力で独占するしか無い。競合他社がいたら価値は暴落する。そのために死んだバーキンに話を聞きたい、という訳だ」
 もうブリッジス捜査官の言っている意味が分からなかった。音だけが耳に入ってきた。
「安売りをし過ぎると逆に怪しまれる。だから奥義書と引き換えということにした。ほとんど読めなかったが、カンポーという製薬方法だけは解読できた。驚くことにドクが資料を持っていたんだ。君たちは一時的に錯乱する。発言は取りざたされなくなる。もちろん捜査からも外される。なに、三カ月もすれば元に戻る」
 目の前が暗くなって身体がしびれてきた。ティムはとっくに床に倒れていた。俺は踏ん張ろうとしたが腰が抜けたようになって膝を付いた。
「君たちは極めて優秀だ。この件が済んだらペンシルベニアに来られるよう推薦しよう。その為にも今はゆっくり休んでくれ。おやすみ」













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